吹雪の土地2
中は暖かく、店主の「いらっしゃい」という言葉にも温かみがある。
やっぱりアルゼレアには本の印象が強い。好きは人を引き寄せると言うから、こういう場所をあたった方が良いんじゃないかと思えた。
「……そうですか。ありがとうございます」
まあ。優しそうな店主でもアルゼレアの事は何も分からないと言われてしまうんだけど。
ジャッジの宝探しをサボるつもりじゃないけど、せっかく暖かい場所だから軽く本棚を見て回る。
分野ごとに札が挟まれた親切な本棚だ。医療系のところはひとまず通り過ぎて、僕は政治関連の棚を見上げた。
「あった」
スティラン・メーベル。同じ本だ。
製本年を見ると割と新しいらしかった。
その本を取り出して開ければ、やっぱり家系図が現れてその次に目次となっている。
ちなみに、僕が忘れた名前はもう自力じゃ思い出せないだろう。
ここでは忘れた人のことを考えるよりも、このメーベルがどんな人物だったのか読んでみることにする。
……スティラン家は、セルジオ国土にて衰退した貴族だったらしい。メーベルはその七人目の姫君だったとある。
王と貴族の裕福だった時代から急降下で落ちぶれていき、彼女が生まれた年には立て続けに起こる戦争でそれどころでは無かったと悲惨な人生を語っている。
まあまあ有りがちな悲劇だなと僕は捉えていた。
しかし「メーベル」の名が本のタイトルになるほどだ。彼女は王家を追い出された後に狂気的になったとある。
「実母と、四人の兄姉と、二人の妹と、十六人の元召し使いを刺し殺した。これをメーベルは二晩のうちに実行し、十五年暮らした屋敷の各部屋に遺体を集めた……」
彼女が十六の年齢で起こしている。
ひとりで、短時間で、こんなことが出来るわけがない。僕が思った事と同じで、この著者もそう綴っていた。
「メーベルの動機は復讐心。彼女の頭脳は幼い頃から周りを超越しており、迫害や差別を受けて育つ。その傷ついた心と優秀な計算は結びつき、天才はあらぬ方向で発揮されてしまったのだろう……」
そこからは著者が推理する犯行手段などの考察だった。
少し構えつつページをめくってみるけど、やっぱり僕には苦手な描写が多すぎた。
薄目で考察箇所を通り過ぎると本は閉じた。だけど途中で挿絵の写真があった気がして、また少しばかり戻ってみた。
そして対面した。
スティラン・メーベル本人の写真だ。
「……普通の人だ」
集合写真から切り出したものらしかった。日差しで眩しそうにしている普通の少女でなんにも狂気的なんかじゃない。
ふと気になってメーベルの最後の日にちを確認する。それは百年以上も前のこと。とりあえずはこの時勢にそんな殺人鬼が居なくてよかったと安堵した。
もう一度写真のページに戻って僕は少し考えた。
どんなに辛い気持ちになったら、こんなにも人をたくさん殺したくなるんだろう。
この写真を撮った時、彼女はいったい何を思っていたのかな、と。
宿で過ごす四日目の朝だ。今日こそはさすがに僕だけでも家に帰りたい。
カフェスペースでサービスの朝食セットを食べながら、僕はジャッジに告げるタイミングを測っている。
もうこんな極寒の地で頭はよくよく冷やされた。元の街に戻ったら、その足で警察署に行って深く謝罪しようと思う。
全てを話してそれで僕に罰が下されるなら、もうちゃんと真摯に受け入れて生きて行く覚悟はできたつもりだ。
「あのさ」
言いかけたところで他の宿泊客の声が邪魔した。
ジャッジには僕の声が聞こえていなかったのか、何も変わらずクロワッサンにかぶりついていた。
「……」
とりあえず僕も自分の食事を一口頬張って咀嚼する。さっさと言い出せばいいのに、何かが僕を引き留めているような感覚が若干胸を締め付けてきた。
目線の先では女の子が母親と一緒にトレイを手に取る後ろ姿を見ていた。年齢で言うと十五当たりかな。ちょうどメーベルと同じくらいなんだろうか……。
「あのさ、ジャッジ」
「ん? アルゼレア見つけたか?」
「違うけど。……あのさ、スティラン・メーベルって人、知ってる?」
ジャッジは少しの間もぐもぐと噛み締めたままでいた。
そして飲み込む前に「知ってる」と言う。正直僕は驚いた。
じゃあもしかして僕が思い出せない名前も知っているかもしれないと考えた時だ。
「息子の名前を言うのはやめとけよ?」
ジャッジが制した。
「息子?」
僕が見た家系図ではメーベルは未婚だったはずだけど。
「詳しいのか?」
「いや別に。前の客がそれ系の職業だったから話を聞いただけさ」
それ系?
ジャッジはなんでもないみたいに言うけど、僕はますます分からなくなった。
「知りたきゃ良い場所に連れてってやろうか」
いつもならドヤ顔を決め込むか、品のないニタニタ顔で言うようなセリフだ。しかしこの時だけは大真面目な顔が向けられていた。
(((次話は明日17時に投稿します
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