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アルゼレアを探している

 第二次神話戦争という20年間も続く大きな戦争があった。

 戦った国はアスタリカ帝国、セルジオ王国、エシュ=ネザリア神都。勝敗が付かないまま停戦条約が結ばれている。100年間の立て直し期間を設けようという条約だった。

 その間、技術の進歩がすこぶる進む。おかげで病院はいつでも春のような暖かさだ。そして大型モニターに毎朝のニュースを映していた。

 なんでも今日は、停戦条約からちょうど120年が経ったという喜ばしい日なんだそうだ。

 歴史を振り返ったり、平和について考えるようなコメンテーターとの会話が繰り広げられている。

 でももう120年だ。まさかこの時代に大戦争を体験した人なんて生きていない。

 長寿な患者でさえも大型モニターを眺めながらあくびをしていた。

 若者に至っては、由縁の知らない記念日みたいなものだと捉えているだろうな。

 そんな視聴者の冷たさを知らずに、画面の向こうの報道者は真面目な顔で僕らに平和を訴えかけていた。

「約束された平和を100年越え、さらに自力で20年間も平和を維持できた。この事を賞賛し、今後もこのような平和を続けていくために我々に何ができるのか」

 問いかけに患者らは足を止めたけど、またすぐに歩き出す人がほとんどだった。

 ……ニュースは天気予報に変わる。

 夜は大雪になると笑顔の素敵な報道者が告げた。大型モニターにはこのアスタリカ帝国の雪景色が映されていた。多分去年の映像なんだと思う。

 モニター前に集まる人々は雪景色を見て口々に感想を言っていた。

 僕も遠目で眺めている。

 するとすぐ近くでお婆さんの声がした。

「あんなもん、大雪のうちに入らんわ」

 お婆さんはケラケラと笑っていた。そして流れるように僕の視界の中にカゴを置いた。

 ぼんやりと椅子に座っていた僕は思い出して立ち上がり、そのカゴの中の物をレジに掛け始める。

「雪国に住んでいたんですか?」

「いいや。北の方は山でね、ずいぶん積もるのよ。都会の人は雪だけで大騒ぎできて面白いねぇ~」

 お婆さんの買い物はタオルや歯ブラシといった生活用品。しかし後の方になってくると、野菜チップスだったりミントのキャンディーが現れた。

「……これはちょっと、やめておきませんか」

 目をつぶっていた僕だったけど最後の缶コーヒーで告げた。

 お婆さんは肩をすくめて、ちょっぴり舌を出している。近くで内科の先生が歩いて来るのを見つけると、今買おうとしている菓子類をその身で隠していたりもした。

 僕はため息をついた。

「先生に言われているでしょう。カフェインは控えてくださいって」

「ほんのすこーし飲みたくなるのよ」

「お気持ちはわかりますけど……」

 ここでこの患者から購入品を取り上げる権利は僕には無い。

 なぜなら僕はただの売店の店員だったからだ。医師免許も停止になっているなら尚さら自粛したほうが良い。

 とは言え、このお婆さんの体に毒となるものを与えるのは心が痛む以外無かった。いったい僕はどうすれば……。

 スキャナーの手がもう少しで缶コーヒーのバーコードを読み取ろうかという瞬間だ。別の手が商品を奪い取る。

 お婆さんが「ああっ」と残念そうな声を上げた。

「ミザリーさん。コーヒーは完治してからのお楽しみにしておきましょうね」

 さっき現れていた内科の先生だった。通り過ぎたと思っていたけど引き返していたみたいだ。

 生活用品と少しのお菓子を抱えて逃げるようにお婆さんは去っていく。それを微笑ましく内科先生は見守り、自分の買い物も済ませていた。

「先生が居てくれて助かりますよ」

 これは本来僕から告げる言葉のはずだけど、この場所では内科先生が僕に掛けた言葉だ。

「先生なんて呼ばないでください。今は資格も無い身なので」

「そんな謙遜しないで。医者とは心でしょう?」

 内科先生はきっと僕よりも歳下だ。

 栄養価の高いビスケットとブラックコーヒーを購入したら、僕を激励して颯爽と白衣をひるがえした。

 彼の激励は、心臓のところを指で突っついてウインクを投げかけることだ。それで僕に何かを示したかったらしい。

「心でしょう?」そう告げたかったらしい。僕としては、たった一つの取り柄を奪われた傷心を慰める方向で接して欲しかったけど。

「絶好調な彼には難しいかな……」

「何が難しいって? フォルクスさん?」

 内科先生が消えていくのを見ていたら次のお客さんが来ていた。と、思ったらこの売店のオーナーで僕はドキリとなる。

 オーナーは売り上げに手厳しい人だ。病院の売店で売り上げなんか気にしないで欲しいけど。

 それに関しても、僕から物を言える資格はそれこそ全く無い。


 シフト上がりから屋外に出たところで「先生!」と声を掛けられた。

 嬉しそうにやって来るのは本日二度目の内科先生で、誘い文句が無くても同じ道を歩いて帰ることになる。

 売店アルバイトと上級職業者の帰り道だ。いったい何を話せば良いんだと僕は思う。

 もう周りは夜の景色で飲み屋が明かりを煌々と付けていた。まさかこれから一緒に飲もうなんて誘われでもしたらとヒヤヒヤした。

 だけど無事に飲み屋街を抜けて内科先生の話も熱気が収まる。

「じゃっ。私は逆方向なので」

 彼は仕事への熱意を僕に聞かせたら、そう言って来た道を引き返して行った。

 しっかりと寒い夜の道だ。コートを着込んでマフラーを巻いても屋内へ急足になってしまうような時期なのに、内科先生は僕にそこまでして自語りを聞かせたかったのか。

 それが内科先生の優しさだったんだろうか。

「ううっ、寒い……」

 湿った風が吹いてくる。

 大雪にはならなくても、そろそろ上から降って来そうだった。

 帰り道の大通りからふと横道を見ると、奥に少し雰囲気のあるアーケードがある。

 屋根が古いものでサビ色だ。たぶん地元の人達で盛り上げようとしているような場所なんだと思う。

 今夜はそこで小さなお祭りを開いているみたいだ。何度か大通りから見ていたはずだけど、お祭りになっていなかったら見過ごしていただろう。

 煌々と光るランタンの灯の元では、人形焼とアップルサイダーを売るお店があった。アーケード内は近所の人達がお客として集まっていて賑やかだった。

「……」

 車の走る通りから足を止めてじっと眺める僕の白い息と、歩行者天国で鍋から上がる白い湯気が重なっている。

 せっかくなら少し覗いてみても良いかなと僕は思った。冷えた日には暖かい飲み物を飲むのも悪くない。

 アーケードに入るまでのわずかな夜道。街灯が一本だけで照らしている暗がりの道の上だった。

「そこの君」

 僕の行く方向にトレンチコートの二人が現れる。

「アルゼレアを探している」

 二人のうちのどちらかが僕にそう告げた。

「ア、アル……え?」

「アルゼレアだ」

 ぶっきらぼうに言う男達だった。灯りと逆光になっていて顔まではよく見えない。

 路上で僕に話しかけて来るなんて思いもしない。最初は上手く聞き取れなかったけど、二回目にしてその名前をしっかりと聞くことが出来る。

 でも僕は知らない。それに彼らの言い方はただの人探しとはどこか違う。

「申し訳ないけど僕には分からない」

「この少女だ。見覚えが無いか?」

 引かない男達は僕の目の前に写真を突きつけた。

 赤毛の少女。吊り目でぶっきらぼうな表情に僕は見覚えがあった。しかし。

「いや、やっぱり知らないな」

「そうか。では、スティラン・トリスは知っているか?」

「そっちも僕は分からない。実はこの国に来て浅いんだ」

 そう言うと男は写真を仕舞った。

 行きすぎる車のフラッシュライトが照らした男達の顔は、どちらの男も髭をしっかり剃ったビジネスマンに見えた。

 ただしその目は少し冷酷さを帯びているように光っている。恋人や我が子を探しているような必死さもまるで無かった。

「失礼」

 男達は僕の前から去る。このまま消えていくかと思えば、少し離れたところの人物にも同じように聞き込みをしていた。

 ……アルゼレア。僕と同じフェリーに乗ってこの国で別れた女性に間違いない。彼女は知らない言語の本を解読するために国を渡ったんだった。

 でも別にそれ以上は彼女のことを何も知らない。

 きっと彼らが僕に居場所を尋ねたことも偶然だったと思う。

「アップルサイダー、温まるよ?」

 真横で店主が言う。

 僕は最初それを買いに行くつもりで歩いていた。けれど男達の事が気になっていて、自然とさっきの彼らの後ろを追って前進していただけだ。

 男達は僕に同じように様々な人から情報収集をしている。独り身、家族づれ、男性、女性、子供、特に見境はないようだ。

 すると彼らが一人の女性に声を掛けた時。何やら女性にアルゼレアについての情報があったものと思われる。

 情報を述べる女性の眼光が開いて口を大きく開けるから、そうかもしれないと思っただけだ。アーケードの中は人の声が大きくて、話す内容まで聞き耳を立てられない。

「いや、待てよ……」

 僕はゆっくり前進していた足を止める。

 アルゼレアが何者なのかは分からないにしても、例えばあの女性がアルゼレアと同じフェリーに乗っていたとしたら。

「少女の側には若い男がいましたよ」と、そんな情報が上がるのはそう難しいことじゃ無いだろう。

「そうそう。確かあんな風な男でした」と、僕を振り返ったらどうする……。

 漠然とした不安がよぎる時、男達が不意に後ろの僕を振り返ろうとした。

 それが僕を見つける瞬間になるのを恐れて咄嗟に物陰に隠れた。アップルサイダーの甘い香りが近くでする。だけどそれどころじゃない。

「アップルサイダーはいかが?」

「すみません。今日は大丈夫です」

 男達はただの小話に付き合わされただけなのかもしれない。すぐに前へ向き直って女性と別れ、また別の人への聞き込みを開始する。

 その隙を見て僕はそっと大通りへと引き返した。

「やばい……やばいぞ……」

 鼓動がどんどん早まるし、足もだんだん空回りしそうになる。

 ランタンやキャンドルを売る出店が一段と眩しく見え、それらを綺麗だと思える余裕がまるで無い。

 頭の中では様々な意見が飛んだ。

 僕はもしかして、とんでもない罪人と一緒に居たんじゃないだろうか。

 いいや。そう決めつけるのは良くない。アルゼレアにはアルゼレアの事情があったんだ。

 でも僕も指名手配になってしまったら。また裁判を受けなくちゃならないのか。そしたら次はきっと最上階での本物の裁判なのか。

 ……お祭りから離れると人だかりは無くなる。アパート街に入れば街灯の間隔は離れて暗い道が多い。

 しんしんと降り出す雪の雰囲気も素通りだ。僕がそこをどんなに恐れて小走りでいたか。それは家に帰ってから汗でびっしょりな全身が物語っていた。


(((次話は明日17時に投稿します


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