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平凡な幸せがずっと

 アルゼレアという少女がいる。彼女はアスタリカ帝国の国立図書館で働くちょっぴり有名な司書だ。

 一方、フォルクスという医者がいるけどこっちは特に何でもない。ただの街医者。そして別に本が大好きというわけでもないけどアスタリカ国立図書館にはよく通っている。

 図書館の出入り口に立ち、肩に少し乗った雪を払った。傘なんて持ってくるほどでもないと思ったけど空模様はまちまちだ。バス停からの短距離で雪が強まるなんてびっくりだよ。

 さあ、と踏み出して、僕は図書館の従業員室の小窓を覗いた。そこではすぐに席に座った女性と目が合う。酷い目つきで僕を睨んだら、よっぽど嫌われているのか席を立ってバックヤードに消えてしまった。

 誰もいなくなった作業員室の前で、どうしたものかと僕はウロウロしている。するとバックヤードから人が出てきてパタパタと絨毯を踏んで掛けてくる音が僕の元へ来た。

「フォルクスさん、こんにちは」

 声をかけてもらえて嬉しくて僕は彼女を見るけど、相変わらず笑顔で駆けて来てくれるなんてことはないんだ。

「やあ、アルゼレア。ごめんね仕事中なのに」

「いえ。大丈夫です」

 やっぱりここでも、はにかんでくれないのかと思うのはいつものこと。僕はすぐに持ってきた封筒を彼女に見せた。

「結果が来たよ」

 出来るだけ嬉しそうには言ったつもりだ。

 封筒を開けようとするとアルゼレアから腕を引かれた。「ちょっと場所を変えましょう」とのことだ。でも外の広場は雪が降っていて紙を眺めるには適してなかった。


 業務用のエプロンを置いてきたアルゼレア。彼女と図書館の一角にある学習スペースの机に並んで座る。それから封筒の中身を取り出した。

「あー……。やっぱりだ」

 短い文章で書かれた紙だから『不合格』という文字は見つかりやすかった。

 これは僕が受けた国家試験の結果だ。かなり勉強をして、トリスさんやオクトン病院の医院長から経験を積ませてもらっても、やっぱり合格には届かないんだよ。

「難しいですね」

 実はもう二度落ちている。これが三度目だった。

 僕はさすがにこたえていた。机に突っ伏して溜め息だ。

「違うよ。これは深呼吸」

 アルゼレアに訂正をしておくけどあんまり意味なんかない。

「このままじゃ僕、おじいちゃんになっちゃうよ……」

 本当に少し泣きそうだ。内科医なんて諦めて精神医ひと筋でも十分にやっていけるはずなんだけど。ちょっとそういうわけにはいかなくなっているから困っている。

「もう一度兄と話しましょう。というか私からもっと話します。フォルクスさんがこんなにも頑張っているのに。意地を張っている兄が悪いんです」

「……はぁ。君は優しいよ」

 こんな不甲斐ない男を恋人として置いておいてくれるところもね。

 アルゼレアの優しさをひっそりと胸に抱きしめていると僕の頭は撫でられた。最初は戸惑ったけど、不思議なことにアルゼレアにこうされることで大概のストレスが一気に癒される……。

「いや。ダメだ!」

 撫でられてとろけている場合じゃない。僕は頭を上げる。

「次こそ合格しないと!」

 書類を紙袋に直して今すぐにでも家で勉強をしないといけないだろう。勇ましく席を立ってアルゼレアにさようならを言うつもりだった。だけど彼女にこの手を引かれてしまった。そう強い腕力でもないのに僕は椅子から立てなくなった。

「駆け落ちしますか?」

「……え?」

 至って真剣な顔で言われている。

「おじいちゃんになっても私はフォルクスさんが好きですけど、私がおばあちゃんになったら……どうだか分かりません」

「どうだかって?」

「若い女の人の方を好きになってしまうかもしれませんよ」

 これは彼女にとってかなり真面目な心配事みたいだ。でも残念ながらそんな心配はする必要がなくって、僕は彼女への気遣いもせずに笑い出してしまった。

「本当ですよ? 笑い事じゃなくです」

「笑い事だよ。僕が君以外を好きになるわけがないじゃない」

 好きという言葉を言っても、ここではアルゼレアは顔を赤くしなかった。それよりも不安が勝るみたい。

 僕がどれだけアルゼレアを愛しているのか証明する方法はいくつもある。でも言葉よりも実現させたい未来はひとつだけしかない。……結局エシュを守って世界が滅んでいなくても、その未来を実現させるには足らなかったんだけど。

「試験は絶対合格するよ。それとお兄さんにも話しに行こう。『このままじゃアルゼレアが僕と駆け落ちしてしまいます』って話したら、今度こそ結婚を許してくれるかもしれない」

 僕にはちょっとした希望が見えていた。それをアルゼレアはよくよく噛み締めたらしかった。

「わかりました。それでいきましょう」

「えっ、本当に!?」

「本当です」

 話に乗られると僕は我に返る。途端に、すごく悲しむお兄さんの顔がすでに浮かんだ。

 するとアルゼレアがフフッと笑った。冷淡で感情を見せないことから、ある時には『閉架な少女』と呼ばれた彼女がだ。

「今、兄の悲しむ顔が浮かびました」

 意地悪く笑う顔を僕に見せた。まるで春の突風が吹いたように時々訪れる幸せで間違いない。見惚れている間に僕は彼女に手を引かれる。椅子から立ち上がるんだと促された。

「今から行きますよ」

 出会った時から持っていた彼女の突飛な行動力は今も健在だ。僕を突き動かしてくれたこともあったけど、どっちかっていうと巻き込んだ方が大きかったかな。

 彼女のせいで僕は困難に遇い。彼女のせいで大変だった……。

「いや、やっぱりダメだよ。お兄さんに心配をかけちゃいけない」

 逆に僕からアルゼレアを引っ張って一旦彼女を椅子に座らせる。僕はこうした慎重な男で相変わらずなんだ。

 言い合う二人の問題はまだまだ残っているんだけど、この問題というのは嬉しい悩みだ。逃げたくなるようなものじゃないし、死を覚悟するようなこともない。

 警察沙汰にならず、潜入なんてせず、もちろん人に銃口を向けるなんてことも無い。ずっと望んでいた平凡な幸せって呼べるものだと思っている。

「はぁ。君のおかげだね」

「……はい?」

「いや。なんでもない」

 幸せのため息が出てしまった。またアルゼレアを勘違いさせてしまうかも。

「アルゼレア」

 好きだよ。と、言おうとした時。彼女のくしゃみに遮られた。

 僕が上着を貸そうかと気にしている。人目につくと恥ずかしいからとアルゼレアが全力で嫌がっている。それでも上着を貸したくて口論するちっぽけな僕に、世界なんて救えるわけがない。

「そうだ! 私の余命がわずかだと言うのはどうでしょう!」

 人の親切を聞かないで、また突飛なことが浮かんだらしい。

「もう。……アルゼレア?」

  僕はちょっと叱るという意味で、彼女の鼻を指先でちょんと突く。僕らの日常なんてこんなものさ。

(((長編小説二作目!!これにて完結です!!

(((最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました!!


9/29『閉架な君はアルゼレアという』完結

9/29 短編小説『絵の具と切符とペンギンと』連載開始


(((これからの予定は上記の通りです。

(((詳細は活動報告をご確認ください。


そして、新連載の短編小説完結より、年内の投稿は休止させていただきます。

再開日は未定で。来年からまた長編小説・短編小説の毎日投稿を目指して小説を書き続けています!

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