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滑稽な友人

 植栽の影からひとりの男を見守った。色黒の肌をよれたシャツから出していて、すっきりと切った髪の毛を真っ黒にした男だ。服装のことは残念だけど、肩より上はちょっとはマシな姿になったらしい。

 ジャッジを迎えに行くのは競艇場や質屋かと思っていたけど、まさかココナツの香りが漂う若者向けのカフェになるなんて。しかも異国テイストを取り入れた話題店だ。

 あの男がココナツの香りを好むなんてあり得ない。カフェに出入りすることも基本的に嫌がるくせに、今日は店内席でニコニコ笑いながら店オリジナルのココナツコーヒーを飲んでいるなんて。あり得ない。

 僕は同じ席にアルゼレアが居ながらも、椅子ごとジャッジの方を向いていた。ジャングルに生えていそうな大きな葉っぱで茂った植栽に隠れているから向こうからはバレていない。

「フォルクスさん、あの人が社長さんの言っていた人でしょうか?」

「うん。たぶんそう」

 ジャッジの席はひとりじゃなかった。もちろん誰かと話が弾んでいるからジャッジはニコニコしているんだ。それは背中をパッカリと開けたワンピースが目立つ女性だった。もちろん僕の知り合いじゃない。リサでもない。

「あれは相当夢中だね」

「……そうですね」

 友人の惚れた顔なんて見ていられるものじゃないさ。ニコニコニコニコ笑顔を絶やさないで、女性にたくさん質問を投げかけているらしい。話す内容は聞こえていないけど喋るのは女性の方が多いみたい。

 良い男は聞き役って言うけど、ジャッジが実践しているとなんだか気持ち悪いな。

「ああいうのってきっとハニートラップって言うんだよね」

「ハニートラップ?」

 アルゼレアには知らない事だったみたい。あえて教えてあげるのは止めておいた。「それにしてもさ……」と、ため息を吐きながら別の話題に切り替える。

「ジャッジに鍵のことが分かるのかな? 結構問い詰めたけど何にも知らないって感じだったんだよなぁ」

 ぼんやりと見つめる先。ジャッジは自分の腕時計を聞かれて紹介しているみたい。慣れた手つきで外して女性に持たせたりなんかしている。あんな良い時計を一体どこから拾ってきたんだか。

「ジャッジさんって、鍵を失くしたと仰っていましたよね?」

 不意にアルゼレアが小さな声で言う。僕はあまり気に留めずに「そうだよ」と答えた。ジャッジの腕時計の出どころが気になっていた。

 構わずにアルゼレアが話を続けている。

「あの時ジャッジさんのコートのポケットからライターが出てきましたよね」

「あっ、それだ!」

 僕の頭上に電球がついたみたいだ。

「きっとあの時のライターを売って腕時計を買ったわけだな。確かにビンテージ物って感じがしていた。高値で売れたんだ」

「いえ、そうではなくて。ジャッジさんは鍵を失くしたんじゃなく、鍵がライターに成り変わってしまったんじゃないでしょうか」

 それを聞いてから、すぐに僕の電球の灯りが消えた。

「ん? どういうこと?」

 腕を組んで考えているアルゼレア。彼女は腕時計の話はしていない。

「鍵がライターになったって言った?」

 やっぱり、どういうこと? となる。

「社長さんに見せていただいた資料は確かに鉄クギでした。でも『エリシュの鍵は持ち主を選ぶ。資格のある物には扉を開ける器具に成り代わる』という言葉が本当なら、ジャッジさんに必要だったものはエシュの間への鍵じゃなく、高値で売れるライターだったんじゃないでしょうか」

「じゃあ鉄のクギで撮られた時は、持ち主が鉄のクギが必要だったからその器具に鍵が化けたって?」

 そんなの……知らないうちにどこかに打たれでもしたら一生見つからないじゃないか。

「いや、でも。ジャッジはライターを拾ったって言ってたよ?」

「鍵を落とした際に地面の上でライターに成り変わったんです。それなら鍵を失くしてライターを拾った説明がつきます」

「本当に……?」

 再び植栽ごしにジャッジのいるテーブルを見る。ニコニコとした男は幸せそうだ。

 僕は、あの男が嘘だけは付かないって決め付けている。それ自体を見直すべきなんじゃないかと思ったりもしていた。だって普通に考えたら、エリシュの鍵なんて手に入れちゃったら誰にも言いたくないものだ。

 鍵がライターに? そんなのはまるで……そう。魔法じゃないか。「現実的にありえません」だろう?

「……君は僕と同じじゃないのか」

「はい?」

 聞こえても構わないと呟いたんだ。ジャッジを見守ることはやめて、目線はアルゼレアの方じゃなくって外の街へと向ける。

 賑わうアスタリカの街。ひとりで歩く商人は自分の将来について夢中で、電話を探して歩き回っている。恋人同士で歩く二人は当たり前だけど二人だけの世界だ。団体で歩く人たちは観光客。住民の顔色よりもビルの塗装ばかり見ている。

 良い街だとは言えない。でも悪い街だとも言えない。少なからず人情はあるし、何より夜も明るくて便利な場所だ。

 魔法とか、不思議な骨董品なんて、一体誰が信じるもんか。

「……」

 ふと明るい日照りの道に、大きな岩が動いているように見えた。しかしそれは人だった。暗い迷彩模様のマントで全身を覆っていて帽子までかぶっている。こんな暑い季節に肌をひとつも露出しない格好が、まるで石のように見えたわけだ。

 商人も恋人も観光客も、怪しいあの人物に気付かないんだろうか。明らかに街に浮いているんだけど。誰も声をかけたり話題にしたりしないみたいだ。

「フォルクスさん」

 まるで一人だけ宙に浮いて移動しているみたいに見える。足は二本で動かしているけど地面を滑っているみたい。一体なんだろう。幽霊なのかな。

「フォルクスさん、ジャッジさんが」

「えっ、ああ。ごめん」

 アルゼレアが椅子から立ち上がっている。ジャッジの方を指差しているから見てみると、何やら騒動が起こっているみたいだ。体格の良い男にジャッジが連れて行かれるところだった。

 でも僕は一方で街の中に見た人物も追いかけたい。もしかしたらあれがエリシュなのかもしれない。ひょっとしたらエシュなのかもしれない。しかし……。

「ジャッジさんが行ってしまいます、追いかけましょう!」

「う、うん。そうだね」

 怪しい人物はまだ日照りの中をするすると歩いている。

 僕とアルゼレアは急いで店を出た。男に抱えられたジャッジの後ろ姿が見えていた。その方角へ走るともれなく男達と鉢合わせになって危ないだろう。……とは、ひとつの理由付けとして。僕だけはちょっとさっきの日照りの街を振り返っていた。

 当然岩のような人はもう居なくなっていた。追いかけるにしたって、街中探すのは無理だ。アルゼレアにお願いするのも難しい。危険な人物だという可能性もあるわけだし。

「こっそりジャッジを追おう」

 友人は幸運の持ち主だから死にはしないと思う。だからじゃないけど、ちょっとくらい痛い目に遭ったら良いとも思う。でも……どうやらあの男たちは本物の極悪人のようにも見える。


(((次話は明日17時に投稿します


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