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放っておいてください。

 夏日の日差しに照らされながらマーカスさんの運転でとある場所に到着する。

「え。ここですか?」

 車が停車する前に、その建物の地下駐車場へ入って行くから僕は聞いた。運転上手なマーカスさんは器用にハンドルを返しながら答える。

「雰囲気は大事かと思いましたので」

 バックミラー越しに見えるマーカスさんの顔はサングラスの奥でにこっと微笑んでいた。地下の暗がりだったとしても明るい表情で間違いない。

 車は駐車スペースに止まらずにエレベーターホール手前で一時停止した。

「アルゼレアさんは二階に居ますから。場所が分からない時は係の方に聞いてください。こちらで話は回してありますので、良からぬことは起こりませんよ」

「マーカスさんは付いて来ないんですか?」

「ええ。お二人の仲に水を差したくありませんので」

 気を遣ってくれているのかな。だとしても優しさだとは素直に捉えられないんだけど。「身なりは平気ですか?」と聞いて、上着の埃取りを貸してくれるのも、なんだか怪しいと考えてしまう。

「アルゼレアにオソードを手放すように伝えれば良いんですよね?」

「そうですね」

 ……それ以上の要望やアドバイスを期待して待ったけど、マーカスさんは何も言わなかった。車を降りると、テールランプを数回点滅させて去っていくだけだった。

 僕はひとつため息をつき、エレベーターホールへ行く。地下であっても掃除はきっちりされているし生花も大きな壺に飾られている。エレベーターに乗っても上品かつ甘いような香りで満たされていた。


 二階の扉が開くと、そこは地下とは真逆の明るい世界が広がっている。花壇や小さな噴水もあるエントランスに、オブジェクトとして大きな女神像が目立っていた。誰もが知っている愛の女神マソの像だ。

「いらっしゃいませ」

 スタッフの人が僕に気付いて全員で頭を下げていた。全員同じ角度で同じ姿勢だ。僕は彼らに歓迎されるようなお客じゃないのに、なんだか悪い気分……。

「あの、人と待ち合わせをしていて」

「ええ、伺っております。こちらへどうぞ」

「はい……」

 マーカスさんとホテルで会った時もそうだったけど、なんだか周りの対応が手厚いとソワソワしてしまう。しかしこの場所はホテルと違ってお客は僕の他にいない。休日でもなかったら人は集まらないか、と納得はできた。

「こちらでございます」

「あ、ありがとうございます」

 案内してくれた扉はどう見たってただの部屋用のものじゃない。両手開きの大きな扉。この向こうにあるのってもしかして……。

「入っても良いんですか?」

「もちろんです!」

 快く笑顔で伝えてくれる。じゃあ……いつの日かの見学っていう意味で受け取っておいて、扉を開けることにする。本来、両家の名前が書かれるはずのプレートは真っ白なままだし。

 そして扉を開けると美しい景色が広がった。大きなすりガラスの窓から光を入れていて、軽く水を流してあるようだ。まさか僕らのために用意したわけじゃないよな。沢山の生花とその香りで充満している。

「アルゼレア?」

 縦に並ぶライトブラウンの座席の端に、ひとり座る後頭部が見えていた。呼びかけるとその人は振り向いた。こんな場所で見るとますます意識してしまいそうになる。

「あ、こんにちは」

「こんにちは」

「……」

「……」

 僕もアルゼレアもぎこちなかった。どちらかから話すとしたら僕からだ。

「良い場所だね。明るいし、静かだし」

「そうですね」

 短いやり取りはいつもの通り続かず。それが気まずくなって僕はアルゼレアの隣に座る。だけどそれも落ち着かない。こんな場所で急にオソードのことを話題に上げるなんて事は難しいよ。

「そ、そうだ。お兄さんの結婚式には参列したの?」

「はい。ここで」

「あっ、ここで!? そ、そうなんだ!」

 自然な流れで話を盛り上げようとしたのに失敗だ。まさかこの場所にゆかりがあったなんて。偶然だとは思えないし絶対にマーカスさんの意思だろう。いったい何を考えているんだ、あの人は。

「フォルクスさん」

 急に名前を呼ばれるとドキッとする。

「何かな?」

「ごめんなさい……」

 結婚式会場や僕との未来の話じゃなくて、それか……。でも仕方がない。アルゼレアが悩んで俯いているのは、この空間に慣れない以前にもっと大きな問題ごとを抱えているからなんだよね。

「謝ることは何もないよ。それより僕は君がすごく心配だ」

「私は大丈夫です。ロウェルディ大臣もいらっしゃいますし」

「いやいや、それが一番心配なんだよ」

 彼女から大臣の名前が出てくるだけでも信じられない。あれだけ酷く扱われたのに、どうして一緒にいられるのか。

「大臣に何か言われた?」

「……何か?」

「セルジオから本を盗んで来いとか」

「えっ?」

 顔を上げたアルゼレア。だけどちょっと彼女は寝不足だ。目の下にくまが出来かけている。

「大臣はそんなことを言いませんよ」

「そうかな。じゃあ君にどんなことをしてくれるの?」

「資料を見せてくださったり、インクを運んでくださったり、紅茶も時々入れてくださったり……」

 その時アルゼレアの横髪が頬にかかって、僕の愛しい横顔を隠した。だけど掬ってあげる指は動かない。だって、結構距離が近いんだね、って衝撃的だったから。僕なら怖くてその紅茶は飲まない。

「仲良くやってるんだね」

「どうでしょうか。本の修復にはとても貢献してくれます。古代の言葉が読み取れない時でも、ロウェルディ大臣は詳しいんですよ!」

「……そ、そうなんだ」

 アルゼレアから大臣との生活について語られる。まさか同じ部屋で寝泊まりするなんてことは有り得ないけど、オソードの修復をするときは結構付きっきりになってくれるんだって。

 食事を一緒にしたり歴史書類を探したり、大臣と資料館へ出かけることもあるって。それを楽しそうに話すアルゼレアは好きな本を語るのと同じ熱量で話す。

「アルゼレアさ、大臣と一緒にいるのって本ありきのことなんだよね?」

 彼女は最初その意味がよく分からないと首を傾げていた。だけど自分なりに考えがまとまったみたいで「そうです」と答えた。その割には大臣のことを話す君が嬉しそうなんだけど……とは、僕が妬みを露出するみたいだし言わないけどさ。

「オソードを修復するんだったら、もっと図書館の人と協力してやったら良いんじゃないかな。大臣よりも経験があるだろうし。知識のある人だっているよ」

「でも、とても関心を寄せてくださるんですロウェルディ大臣は。私のしたいようにして良いと言ってくれますし」

 ……それなら僕だって君にそう言ったよ! とは……うーん。

「君がしたいことは分かるんだけどさ、ひとりで抱えるのは良くないんじゃない? あんまり眠れていなさそうだし」

 僕は彼女の目元を覗いてみる。アルゼレアは恥ずかしそうにして自分の手で覆った。それに顔も背けてしまった。

「今夜はしっかり寝る予定なんです」

「そういうことじゃなくってさ。もっと周りの人を頼った方が良いんじゃないかなって思うよ。本を直すことなんて君以外の人でも出来ることだろう?」

 だからアルゼレアが背負う必要はない。会見なんて開かなくちゃならない事態になるくらいだったらオソードから離れた方がいい。そう続けるつもりだったんだ。

「放っておいてください」

 突然そう言ってアルゼレアは僕の言葉を止めた。

「放っておくって……。できるわけないよ。僕は君の安全を考えているから」

「私は安全です。だからご心配は要りません」

 そのまま席を立とうとするから、待ってよと腕を持って引き止める。その場で留まってくれたけど僕の方は向きたくないみたい。

「ごめん。怒ったなら謝るけど。でも君がオソードと関わっていると問題が起こってしまうんだ」

「……どんな問題ですか」

「それは」

 言葉を止めたのは、こんな公の場所で話すには少し気が引けたからだ。それに上手く伝えるためには、神様の有無から確認をとっていかなくちゃいけない。

「とにかく重大な問題なんだよ。君や僕の命に関わることなのかもしれないんだ。話はここではしにくいから」

「分かりました」

 アルゼレアが僕を見る。ただし無表情でも機嫌が悪そうに眉をしかめている。

「フォルクスさんは関わらないでください。そうしたらフォルクスさんは安全ですよね」

「い、いや。違うよ。僕は君が心配で」

「大丈夫です。大臣に守ってもらいますから。どうぞフェリーで戻ってください」

 そしてコツコツとアルゼレアの靴の音が遠くなっていく。引き止める気持ちも起こらなくなったけど。扉を開けて出て行かれる前に、僕が思っていることはちゃんと伝えた方が良いかなって気になった。

「君って酷いことを堂々と言うんだね。きっと僕みたいな凡人とは格が違うんだろう」

 返事は無くて扉がガチャリと開いた。しかしアルゼレアの声は別の形で届いた。

「誰ですか」

 その一言では僕は顔を持ち上げず。直後に大勢の足音が鳴ってから初めてアルゼレアが去った方を見る。すると知らない男が僕の側まで迫っていた。

「アスタリカ警察だ。フォルクス・ティナー。同行してもらう」

 こんな袋小路の結婚式場で、こんな気分の悪い僕が抵抗して逃げるなんてことを選ぶはずがない。


(((次話は明日17時に投稿します


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