神が存在するとした上で聞く話2
「その秘密っていうのが、手紙だったということですか?」
「手紙であり、実はエルシーズに向けて書かれたものではないのです。あれはエシュへの手紙。つまり神へ送るための言葉が書かれたもの。地上での出来事を神へ報告するために綴られています」
それだけではまだ「へえー」くらいのもの。真面目に聞きつつ、そこまで重要に感じていない僕にマーカスさんは「侮ってはいけない代物です」とひとりで呟いた。その理由はこれから話される。
「ナヴェール神殿が大戦争の後に建てられた弔いの館であるとお知りになりましたよね? 大戦争とはエルサとエシュの戦いです。勝利したのがエシュでした。オソードには戦いの記録や作戦が全て書かれてエシュに献上された。そのはずがどうしてか、敵陣であるエルサ側へと渡って今日に至ります。……キーポイントとなるのは三つ。ひとつ、エシュは決して世間に晒される事が無く謎が多い。ふたつ、エシュ城内部は難解な設計であり部外者を寄せ付けない。みっつ、エシュとの接触はエリシュのみに許され一つの鍵で守られている」
続きの話があるようだけど「エリシュ」と「鍵」とを聞いた僕は黙っていられなくなった。
「ジャッジが持っていたエリシュの鍵……!?」
マーカスさんはご名答とは言ってくれない。違うとも否定しなくて静かに唸るだけだ。真剣な真顔だけど顎に手を当て悩み抜いた末に一言。
「おそらく」
ジャッジが鍵を受け取ったのはニュースでも持ち上げられたように事実だった。マスメディアはそれが『エリシュの鍵』という特別なものだと騒ぎ立てている。知り合い出版社の丸メガネ社長だってそう信じ切っているんだ。
だけどジャッジが……。アイツが何にも覚えていないと言うなら証拠はない。ただの酔っ払いのおじさんから間違って家の鍵を受け取った可能性だってある。だからマーカスさんは渋っていた。
「キーポイントのひとつめ、ふたつめは、オソードを読み込めば解決するでしょう」
「そうなんですか!?」
「オソードは嘘のない内容です。あの書物にはエシュにまつわる秘密が赤裸々に綴られているので。あとは鍵さえ揃えばエシュと出会え……事件は起こせるでしょう」
……事件。
「誰が起こすんですか」
アルゼレアなわけがない。神様をやっつけてしまおうなんて地位や名誉が欲しい人がするんだろうと想像する。だとしたらロウェルディ大臣。それともゼノバ教皇。もしくはアスタリカの王族の人。セルジオ王国だって例外じゃないだろう。けど。
「マーカスさんは……世界平和を望んでいるんでしたっけ」
この運びで考えたらおかしなことだ。
「はい。結果的には平和を望んでいます」
「結果的には?」
「白銀の妙獣がオソードを焼失させた件。ロウェルディ大臣に投げた脅しの文句とも合わせて考えると、妙獣は両成敗を目論んでいたのではないかと思います。しかしそれでは詰めが甘い。問題を先送りにしても選択は近々繰り返されるだけです。一気に片付けてしまった方が解決という点で平和を得られます」
外で鐘が鳴る。夕食の時間だと知らせる鐘だ。でも、それに気を取られるほど僕はこの話を軽い心で聞いていない。
「解決って、勝敗をつけるって意味ですよね?」
「はい。エシュに絶対的な勝利を与えること。そしてオソードの所有権を再びエシュに戻すこと。これだけが『争えない未来』にする方法と考えます」
「……」
争えない未来が平和。
叶えるためにエシュを守り切らなくちゃいけない。
だからエリシュの鍵とオソードを悪党に渡らないように。
……そのオソードを修復しようとするアルゼレア。
「アルゼレアには何も関係ないことなのに……」これは僕の独り言。運命というものを神様が決めているなら、いっそのこと僕がエシュをやっつけてしまいたくなる。
「フォルクスさん。アルゼレアさんにオソードから手を引くようにお伝えください」
そんなの了承するしかないじゃないか。難しそうだけど。
「マーカスさんはセルジオ王国の軍人なのに、別の国が勝っちゃうことには何とも思わないんですか?」
相手は聞かれたことに特段驚きもせず、相変わらず冷え切った真顔でいる。
「思いません。エシュ神都なら」
僕が首を傾げているとマーカスさんは付け足した。
「私にも守りたいものがあるのです」
その時マーカスさんは俯いたけど、暗がりの中で初めて微笑を浮かべた気がした。笑顔を見たとまで確かなものじゃない。でも、確かに一瞬表情が暖かくなった気がしたんだ。
僕は少し間違えたことを考える。マーカスさんの守りたいものが彼の家族のことだったら良いなと。この愛を持たなさそうな人が話した家族のことが、全て偽りじゃなかったら嬉しいなって、なんとなく思ったんだ。
(((次話は明日17時に投稿します
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