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密会‐オソードの秘密‐

「おかしいよ。だってアルゼレアはここに来るまで白銀の妙獣もオソードのことを知らなかったし、ロウェルディ大臣とだって初対面だ。会見の内容は全部嘘だらけじゃないか」

 アイスコーヒーを片手にしても僕の怒りは収まりそうもない。だってあの嘘は大臣がアルゼレアに言わせたものに決まっている。そもそも僕はあのふたりが一緒にいること自体にも快く思っていないし。

「落ち着いてください。確かにあれは大嘘かもしれませんが。逆にマスコミ相手に本当のことを語るのは馬鹿ですよ」

「馬鹿……?」

 まるで僕のことを言っているみたいで少し腹が立つな。

「正直なことを話したところで、マスメディアでは話題性を出すために捏造されるだけです。あなたの経歴がデタラメに書かれたのと同じように」

 マーカスさんは新聞をめくってテーブルに置いた。アルゼレアを取り巻く関係者の情報が連ねてあるページだ。書かれてあるのはジャッジと僕のこと。ただし僕のプロフィールは資産家の落ちぶれ。ジャッジの方は真実に沿った酷い経歴が書かれてある。

「情報は憶測で良いのですよ。話題になればころころと変わっていくものですから」

 熱い紅茶をゆっくり飲むマーカスさん。やっぱりお城の軍人だと、こういう事態には慣れているんだろうか。彼だけがのんびりとティータイムを楽しんでいるかのよう。僕は同じようにはなれない。

「ところで。フォルクスさんは、我が国でアルゼレアさんに何があったのかと聞きましたよね? 実は私の方からもお尋ねしたいのですよ。アスタリカでアルゼレアさんに何があったのかを」

 細いストローから口を離す僕。これだけではマーカスさんが何を聞きたがっているのかイマイチ分からない。

「オソードが消失した件の前後です。白銀の妙獣が現れたらしいではありませんか。もしかしたらフォルクスさんは妙獣とアルゼレアさんの関係を何かご存知なのではと思いまして」

 ピンときた僕はグラスを置いた。

「アルゼレアは白銀の妙獣なんかじゃありません」

「……疑っているわけではありませんよ。ただ、アルゼレアさんが少々オソードに対して感心を持ちすぎていないかと心配になっています」

「アルゼレアは元々本が好きですから普通ですけど」

「そうだと良いんですけどね。古い文献なら膨大な数がありますが、よりにもよってオソードに関わろうとする行為は穏やかではいられません」

 やっぱり僕には分からない話だ。同時期に「よく分からないと言いたげですね」と言い当てられてしまう。


 オソードという古い書物はエルサ教における聖典。考え方や行動の基礎となるものだっていうのは分かるけど。どうしてそれに関わることが穏やかじゃないんだ? 理由を話す前にマーカスさんは僕にこう聞いた。

「フォルクスさんは神様の存在を信じていますか?」

 至って真剣な表情で切り出された。別に僕は宗教が嫌だというわけではないんだ。だけどいきなりオカルト的な感じがする。それには好感が持てない。

「うーん……信じていますよ、一応。御伽話のひとつとして」

 進化論の方が圧倒的に好きだけど。別に神様の有無について反対を叫ぶほどでもないから。

「そうですか。まあ、そうですよね」

 マーカスさんの整った顔立ちが、やや下を向く。

「先ほども言いましたが、マスコミは話題性のために真実をねじ曲げる行動を度々するのです。これは現代のみならず、相当昔から行われていたもの。王族の時代にも、それ以前の神の時代にも……」

 語りながらナイフとフォークを持ち上げた。レアチーズケーキの先を上手に切り離して、いったい何をするのかと僕は黙って見守っている。

 表面からゼリー層を切り取って隣に置いている。続いてクリーム層も同じように。ベリーのソースもフォークで拭っていた。分解されたケーキは最後のタルト生地を残した。茶色の生地部分を差して言う。

「……この、底辺にある情報の土台が重要なのです。さすがのマスメディアでも変えてしまうということは出来ないところです」

「は、はあ。なるほど……」

「オソードにおけるこの底辺。一体何だと思いますか? 我々エルシーズが生きるための糧にしてきたオソードですが、本当に以降の人間のために書かれたものだと思いますか?」

 僕が悩む隙もなく「違うんですよ」と教えてくれる。

「あれには秘密があるんです。そのことをアルゼレアさんがどの段階で気付いたのか。もしくは白銀の妙獣がアルゼレアさんに気付かせたという事になれば、一層事件性は高まります」

「じ、事件性……」

 エルサやエシュのことはよく知らないから置いておいたとしても、事件と聞くのは確かに心が穏やかではいられないかな。

「アルゼレアは何も知らないんじゃないでしょうか」

「知らない? 証拠はありますか?」

 サングラスなのに僕を見つめているような気がする。そんな、証拠なんてあるわけない。ちょっと否定したかっただけだ。

「アルゼレアさんが何かを悟った証拠ならありますよ」

「え?」

「セルジオで。彼女はとある本を持ち出したようです」

「あ、アルゼレアが!?」

「はい」

 まさかアルゼレアがそんなことをするはずない……と、思いたいけど。彼女ならそれぐらいのことをしかねない。本に対する熱量でどんな危険もいとわないのが彼女の情熱だから……。

「アルゼレアがすみません……」

「いえいえ。怒ってはいないのです。ちゃんとアルゼレアさんは私に許可を申請しに来てくれましたから。認めたのも私ですし」

 ……よかった。無断で持ち出したんじゃなかったのか。よかった。

「あっ。それが僕に話したい事だったんですか」

「そうです。アルゼレアさんが何かに勘付いて古い本を持ち出した。『これでオソードを修復できるかもしれない』と言っていました。それがどうにも気になっていて」

 難しく考えているようなマーカスさんだけど、僕にはスカッと晴れたような心地になれている。なんだそんなことか、とでも言った具合。だってアルゼレアがオソードを直したいのは普通のこと。

「オソードを直したい理由なんてないですよ。仮に理由を付けるとしたらオソードが本だからです。アルゼレアにとって本の言葉は過去からの手紙なんです。失いかけた言葉が取り戻せるなら、彼女は危険なこともしてしまいます」

 するとマーカスさんは少し驚いたようだ。だけどその後はフッと笑っている。

「信じていらっしゃるんですね。アルゼレアさんのことを。確かに彼女の意図に裏があるとは考えにくい」

 しかし明るく話してくれたのはここだけ。「ただし」と続く。

「懸念しなければいけないのは、アルゼレアさんの熱意を利用する者が現れていないかというところですよ、フォルクスさん。会見をご覧になったでしょう? 無条件でオソードを修復するだけのアルゼレアさんと一緒に会見していたのは誰です?」

 ロウェルディ大臣。それと、イビ王子に見せられたアルゼレアと大臣の写真のことも、今どうしてか脳裏をよぎった。ドキンドキンと心臓が応えている。

「オソードの秘密を暴けば、この世界を牛耳ったものと同じ。軽々と世界を破滅させられる力まで手に入れられるのです。何故なら神は実在するからで、オソードは神に近付こうとする糸口に最適と言えるでしょう」

「……」

「なので、フォルクスさんはアルゼレアさんを」

「待ってください」

 マーカスさんの言葉を遮った。少し耳鳴りがするのもあったけど、何より僕はアルゼレアを疑えって言われているみたいで嫌だった。

「すみません。僕にはあなたの仰っていることがよく分かりません。もしも頼み事があるならジャッジに言ってください」

 アルゼレアのことは心配だ。うんと心配だ。だけど状況を探ったり疑ったりするのはもう結構。僕はアルゼレアのことだけを応援したいし、必要ならアルゼレアだけを救うので良い。

 大臣や妙獣の陰謀があるかもしれない。エシュって人が神様なのかもしれない。神様に近付いて何をするって? そこまで僕が考えないといけないことなのか? オソードを直したらそれだけで良いじゃないか。


(((次話は明日17時に投稿します


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