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密会‐嘘だらけの会見‐

 一流ホテルのラウンジに怪しい人物が現れている。だったらそれが僕だ。こんな暑い季節にも関わらず秋冬コートを襟まで立てて着込み、帽子を深く被ってサングラスをかけている。

 しかし一流ホテルというのは良い場所だった。季節に反する無理をしたコーディネートでも、どこかの御曹司だろうかと噂をされるだけだ。もしくは高飛車に見えてか、誰も僕と関わろうとしてこない。

「お客様」

 ただしスタッフ以外は。

「あ、あの……これは……」

「マーカス様とのお約束でしょうか」

 声をかけてきたスタッフはとても理解のある人だった。僕はここに到着するまでもあらゆる言い訳を考えていたけど、手短に小さく何度も頷いた。すると特別室に案内してくれるらしい。

「コートをお預かりしましょうか」

「は、はい」

 外を出歩くのは怖いだろうからと、マーカスさんが車を寄越してくれていたんだ。だから出版社からホテルまでは一歩も外を歩いていない。だというのにコートの中は汗でぐっしょり。

 個室の談話室からひとつ扉を抜けるとスタッフ専用の廊下につながっている。こんな場所をお客が通って良いのか? と思っていたら、事務的な空間にひとつだけ派手な扉が見えた。

 金と宝石で飾られた扉だ。この一流ホテルのテーマには一致していない。昔ながらの派手さだと僕は思った。飾りを施せるところは全て隈なく職人の腕が光らせてあるようなものだった。

「かつては王室御用達の間でした」

 そう言いながら扉が開かれると、広い部屋の中にポツンと丸テーブルがひとつ。音に気付いてマーカスさんが振り返った。

「ど、どうも」

「ええ。こんにちは」

 サングラス姿なのは僕もマーカスさんもだ。マーカスさんにはこんな風に普段見えているのか。必要なくなったところで外すと、薄暗さが飛んで一気に煌びやかな色が目に刺さってくる。

「ずいぶん変装なさって来たんですね。マスコミから外見の情報は出されていなかったでしょうに。逆に目立ちませんか?」

「確かにそうですけど。こんな状況で悠々と歩けませんよ」

 僕もテーブルにつく。顔を上げたらちょうど正面にマーカスさんがいて、彼を挟むようにある黄金の花瓶と真っ赤な花が目に入ってきた。とっても賑やかだ。……いやいや見惚れてる場合じゃないよな。集中しないと。

 じっとマーカスさんを睨むけど、相手は静かにポットからお茶を注いで、ふんわり湯気を上げていた。

「落ち着いていらっしゃるんですね。電話の時もそう感じました」

「……落ち着いているように見えますか」

「見えますよ。数々の出来事で肝が鍛えられたのではないですか?」

 うっ。確かにそれはそうかもしれないけど。

 まずは飲み物でもとドリンクメニューを向けられた。そんなの見なくてもアイスコーヒーでいいし、それより大事な話を聞かせてもらうことが優先だ。

「セルジオで、アルゼレアに何があったんですか」

 電話での要件がそれだったから僕は来た。数々のアクシデントで僕にどれくらいの度胸がついたかを測る、って言われたんだったら来ていない。

「まあまあ。話す時間はゆっくりありますから焦らずに」

「でもアルゼレアが有罪に」

「なりませんよ。そのためのロウェルディ大臣ですから」

「え?」

 僕のテーブルセットにマーカスさんが腕を伸ばした。空の取り皿に小さなビスケットを二枚置く。どこから出てきた手品なんだと思ったら、マーカスさん側に軽いティーセットがあった。そこのお菓子だった。

 とにかく落ち着いて、という心遣いだろう。彼はビスケットを指差して「私は気に入りました」とだけ告げる。正直喉がカラカラなんだけど、僕は二枚のビスケットを一気に口の中に放り込む。

「あ、ほんとだ。美味しい」

 しかしマーカスさんの満足げな微笑みが見えると、やっぱり普通のビスケットだと自分の味覚に言い聞かせた。



 *  *  *



 会見は、質問に答えるという方法で行われたそうだ。答えたくないものには答えなくても良いみたい。それと、ロウェルディ大臣とアルゼレアどちらが答えても良いみたい。

 発端はオソードのことについて。

「オソードは現在誰が所持しているんですか」

「私が管理しています」と、ロウェルディ大臣が答えた。

「ロウェルディ大臣は司書アルゼレア氏にオソードの修復を指示しているということですか」

「厳密には、彼女からオソードの修復にあたりたいと強い要望があり、私は確認と許可をあたえている身です」

 質問記者が変わると質問内容もガラッと変わる。

「白銀の妙獣は見つかったのでしょうか」

 アルゼレアがマイク越しに声を出した。

「お答えできません」

 これがアルゼレアの初めての発言だったため、カメラのフラッシュや記者のどよめきが大きくなった。

 無表情で無口な彼女が『閉架な少女』と言われ、一部で密かに注目されつつあったものが、この会見翌日の記事ではデカデカと『書架は開かれた』と見出しになる。それくらいの影響があったらしい。

「では。白銀の妙獣と近しい関係なのでしょうか。消失していたオソードを発見したのはアルゼレア氏であるとアスタリカ国立図書館館長から聞きました。何故いち早く在処を特定できたのでしょうか。理由と経緯をお話しください」

 いやらしい記者だ。マイクの調整を行う席を見て「アルゼレア氏、おねがします」と言葉を続けた。

 アルゼレアはロウェルディ大臣に渡ったマイクを取って答えた。

「白銀の妙獣にオソードを狙うようにと伝えたのが私だからです。その後のオソードの行方も私が指定した場所だったので、誰よりも先に見つけ出すことができました」

 より大きなどよめきが起こる。ペンとメモの擦れる音もテレビの向こうに聞こえるほどだっただろう。

「申し訳ないが。アルゼレア氏。私はさっき『白銀の妙獣は見つかったのか』と質問をしました。まるで……それにもお答えを頂いたように思うのですが、私の勘違いでしょうか」

「それはお答えできません」

 進行役によって質問者を変えられる。その記者は舌打ちをしながら座席に座った。次の質問者候補には多くの手が上がる。みんなその話題に続いた。

「白銀の妙獣の計画に関わっていたということですか」

「はい。全て関わっていました」

「その『全て』とおっしゃるのは、これまで白銀の妙獣が起こした数々の難解な事件も含みますか」

「はい。含みます。その全てに私、ベル・アルゼレアが関与していました」

「……ロウェルディ大臣はそのことをご存知だったと」

 大臣がマイクを取る。

「黙認しています。また一部では私からも助言を貸すことがありました。今回のオソード消失の件は、私とアルゼレア氏が主犯の行動です」

 それから質問は一旦止んだ。誰もが整理する時間が必要だった。そして、ひとつの疑問に行き着いた若いカメラマンが手をあげる。質問をするのは大体記者だけど、他に質問をしたい人がいなくて進行役は彼に発言権を与えた。

 カメラマンは今の絵を映しながら問う。

「白銀の妙獣の正体がアルゼレア氏……もしくはロウェルディ大臣だったということは、ありませんか?」

 しんと静かな会見室で、一斉にふたりに注目が行った。答えたのはそのままロウェルディ大臣だった。

「お答えできません」

 少し頭も下げながらだった。



 *  *  *



 ざっと出来事をさらった後、僕は憤怒した。

「おかしいよ。だってアルゼレアはここに来るまで白銀の妙獣もオソードのことを知らなかったし、ロウェルディ大臣とだって初対面だ。会見の内容は全部嘘だらけじゃないか!」


(((次話は明日17時に投稿します


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