速報2
「どうしてくれるんですか!!」
丸メガネの社長がテレビを思いっきり叩いた。テレビは後ろにずれて壁と台の間に傾いて挟まった。
どう……って言われても。僕の背後では電話対応が鳴り止まないみたいだし。
「すごく。儲かってるってこと?」
「ふざけないで下さい!! これがうちの独占だったら百倍……いや、一万倍は行ってたんですよ!?」
彼女は苛立ちを抑えきれなくて、その辺の観葉植物をなぎ倒していた。ソファーにもかじり付いていた。こんなに本気で怒っている人を久々に見た……。
「ふぉ、ふぉるくしゅ……」
弱々しい声が目立ってそっちを見る。そこはダンボールが積まれた場所だったけど、絶対的に場違いな四角形の檻が置いてあった。中には人が入っていた。小さくまとまってメソメソ泣いたジャッジだった。
「は、はあ!? 何やってるの!?」
駆け寄る僕の後ろには、怒りの念に取り憑かれた社長が迫った。
「かくまっているんですよ……。もうこれ以上問題を起こしてくれないように……」
ひいいいっ、とジャッジは震え上がっている。僕も身がゾッとした。女性を怒らせると怖い。檻の中に入れられる。剣でも持っていれば僕の首をチョンと切ってしまいそうな勢いだ。
……でも、待ってくれ。ジャッジが問題を起こさないようにって言った?
「ジャッジが何かしたの?」
本人は怖がって首を振るだけ。だったら恐ろしいけど彼女の方に尋ねた。
「ええ、そうですよ。この男が金目にくらんでライバル出版社に身を売ったんです。おかげでこっちのカードは泥! 泥ですよ! 金貨が泥に変わるとはまさに私たちのことです!」
ギロっと向く目はジャッジの方に。だったら僕のせいだと責められるのは違うよな。しかし、そうでもないと社長の目が言っている。今度ギロリと見られているのは僕の方だからだ。
「今、自分は関係ないだろ。って思いませんでした……?」
恐ろしくて逃れようとすると逃げ道を塞がれる。そしてピンと立てた指の爪を僕の眼球に当てるみたいに突きつけられた。
「お兄さん、尾行されていたんです」
「尾行……。そ、その出版社の人が?」
だから自宅に押しかけてきたのか。腑におちた僕だったけど、社長の方は落ち着いていなかった。
彼女は自分の手帳から数枚の手紙を僕に披露した。それは盗撮されていたもの。アルゼレアと楽しく過ごしたエシュの料理店での写真だった。
僕とアルゼレアの席。それから僕たちが写っていない席……とは言っても人物は知っている。ロウェルディ大臣だった。大臣と知らない男がコーヒーを飲んでいる席の写真。
「誰? この人」
「エリシュです。知りませんか? エシュ神都で最も偉い『人間』です!」
彼女は熱烈に言いつけた。対して僕はあまり状況が飲み込めていない。あの店でロウェルディ大臣も食事を取っていたのかー。ぐらいにしか思えない。エリシュって人はすごい人なんだなぁ。としか思えない。
それだから彼女の怒りをますます煽ってしまった。
「ほんっとに、お兄さんは危機感が皆無!!」
殴りつけるみたいに言いつけられると、社長は何かの裏紙を拾って文字や矢印を書きながら説明してくれる。
「証言者Jの暴露。それを受けてターゲットをお兄さんへも移行。情報を得るための尾行。そしてお兄さんはエシュで『海のビストロ』に入りましたよね」
「お店の名前までは覚えてないけど。海鮮ドリアがあるって話をしたっけな」
「そこに居合わせていたんです。ロウェルディとエリシュ。アルゼレアも含んだ四名は密かに暗号を交換したとあります」
「暗号?」
大手新聞社の記事を見せられた。ありもしないことがつらつらと書かれている。フォルクス・ティナーが資産家の落ちぶれであり、アルゼレアに近づいたのはロウェルディ大臣のコネを得るためだって書いてある。
「何これ。僕ただの一般人なんだけど」
ジャッジでもこんな大嘘はつかない。捏造記事だと彼女は言うけど、さすがにこんなに事実を捻じ曲げて良いものなのか。しかしその職に付く社長は今、僕の目の前で「別に構わない」と言っている……。
「暗号のこと。これは真実じゃないんですね?」
「うん。何のことかさっぱり分からない。だって大臣とエリシュ……さんが、同じ店にいるだなんて知らないもの。お店を選んだのだってただの偶然だったし。アルゼレアと居たのも偶然。本当に何もかもが偶然だよ」
弁論を図ってもここでは無意味。僕もアルゼレアみたいに記者会見を開く必要があるんだろうか。アルゼレアが無罪だってことも主張しなくちゃならない。
「でもお兄さん」
そっと肩に手を置かれる。
「お兄さんは確実に死罪ですよ」
「……え?」
テレビから「新しい情報がまた」と聞こえた。それほど意識を向けていなかったけど、最も身に覚えのある名前が流れたら、全員そっちを見た。
「新しい情報がまた入りました。先ほどお伝えしたベル・アルゼレア氏の共謀人物がもうひとり、アスタリカ警察によって情報開示されました。名前はフォルクス・ティナー。職業は精神医。ただいまは免停中とのことです。セルジオ王国においてスティラン・トリスをアスタリカ警察より誘拐し、当時セルジオ国王ラルフエッドへ献上した主犯人物であると判明しました。なお、フォルクス・ティナー氏は、リンガーベル・ジャッジとも大学同期関係であり、エリシュの鍵に関しても関与されるものと考えられます。一部報道陣によりますと、先ほど自宅より逃走したとの情報も出されています」
「えっ……」
何度か恐れていたことが思ってもみない大事になってしまっている。確かにこの犯罪じゃ死刑になってもおかしくなさそう。
絶望中の僕をよそに、社員が社長を呼ぶ声があったみたいだ。しかし、用事は社長にじゃなかった。
「フォルクスさん。お電話ですが……」
さすがにこの場に居た全員が固まった。
「え。僕に……?」
居場所がバレている。相手は誰だ。
「マーカス・トワイラーンからです……」
風なんか吹いていないのに、まるで嵐の中にいるみたいだ。
(((次話は明日17時に投稿します
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