プロローグ
生きていこうと思った。
生きていかなければいけない。
白く甘やかな小さな指先はTシャツの襟ぐりを強く握りしめその命の全てを私の胸に預けきっていた。
母の帰りを待ち焦がれ何度となく陥りかけた睡魔の底に今しがたようやく落ちたところだった。
「伸びるって。」
笑って言ったつもりだったのにぷっくり緩んだ愛らしい頬に零れたのは涙だった。
「大丈夫。」
言いながら涙は次から次に溢れ視界がぼやけていく。
抱き締める腕に力を込める。
「きっとまた会えるよ。」
いつか。この業を携えた長い道程のその先に。その終わりに。ご褒美に。
その日まで私は守らなくてはいけない。
髪をすいっとかきあげてみる。
柔らかなうぶ毛。
これは私に似ているところ。
つるんとして少し主張の強いおでこ。
これは姉。
耳たぶはない。これは両方。
私も姉もお金には縁がない。
もう一度強く抱き締めた。
夜の病院は静かだ。静謐な、けれど抗いがたい残酷で無慈悲な空気を閉じ込めている。
その壁に。床に。全ての白に。
命が凍りつくならここしか無いというように。
「裏口にお車の用意できてます。」
看護師に促されエレベーターに向かう。
あぁと構える。
ここを出たら全てが現実になる。