殿下から婚約破棄を皆の前で宣言されました。理由は私がスパイ?寝言は寝てから言ってくださいまし。後から泣きつかれても、もう遅いですわ。
「ミーナ=ブラウン! キミが僕を嵌めようとしているとは思わなかった。婚約破棄をさせてもらうよ。理由はキミならもう分かっているだろう。」
ガリレア帝国の第一皇子──ウィリアム=ガリレアは私の婚約者だ。ウィリアム殿下が高らかに婚約破棄を宣言した。
今は帝国学園の入学パーティの立食会中。当然、先生や生徒、それに帝国のお偉い様、多くの人が居る。皆の視線が痛いほど私に突き刺さる。
「理由が分かりません。説明してください。」
ウィリアム殿下の目は今まで見たことがないほど冷たい目をしている。いつもは春風のような心地の良い雰囲気を感じたウィリアムだったが、今は鬼の形相で怒っていてすごく怖い。
「ミーナは共和国のスパイなのだろう! 僕を騙して帝国を乗っ取ろうとしていたのか。」
「………そんなことありません。」
私も言い淀む。理由は単純。私は共和国のブラウン公爵の令嬢だ。
帝国には留学で来てからちょうど1年経つ。帝国と共和国が10年前まで戦争をしていたのだ。共和国出身の私をよく思わない人間は帝国に多い。先生や生徒含めて嫌がらせをしてくる人は多かった。それでも父上の希望で学園の寄宿舎で生活をしていた。
私が帝国出身のことはウィリアム殿下は顔合わせの時から知っているはずだ。
「言い返せないのかミーナ。そなたが婚約者などと考えるだけで身震いする。共和国の策にハマるところだった。ずっと僕の身分だけを求めて婚約者になったのだろう! なんて卑怯な人間なんだ! カミラが教えてくれなければ気がつかなかった。」
カミラは帝国の伯爵令嬢。学園内で私のことを目の敵にしている同級生だ。入学式の挨拶を私がしたことをずっと根に持ち、嫌がらせをしてきた。
最近カミラがウィリアム殿下とよく二人きりで話していたことは知っていたが、気にも止めていなかった。
「そうですか。殿下は私の意見を一切聞かずに、カミラの言い分を信じるのですね。」
私はカミラを見つめる。カミラはウィリアム殿下の横に立ち、私に対して勝ち誇った顔をしている。
口元を扇で隠しているが笑っているのだろう。
ウィリアム殿下は私を睨んでいる。
「当然だろう。裏切り者は出て行け。」
「……私の一存で学校を辞めることは出来ません。」
「そうか。このまま帝国で生活できると思うなよ。」
「見に覚えがないことで脅迫されても困ります。陛下は…陛下は婚約破棄のことをご存知なのでしょうか。」
私の父とガリレア王は古くからの友人だった。それがきっかけでガリレア王の強い希望で私が婚約者になったのだ。婚約破棄をするならガリレア王から我が家に連絡が入るのが筋なのだけれど。
「陛下には今度報告する。その時に、新しい婚約者カミラを紹介するつもりだ。お前の戯言はもう聞きたくない。今、この場で婚約は破棄させてもらおう! 」
カミラが何かしら私のことを吹き込んだのだろうが、陛下も知らないとなると後々大きな問題になるだろう。
私は生まれてからブラウン家のために生きることを義務付けられている。
自由恋愛をして好きな人と結婚が出来るわけがないのだ。
ウィリアム殿下のことは嫌いではないが、こんなひどい仕打ちを受けてはブラウン家が馬鹿にされているのと同じだ。こちらから願い下げだ。こんな人と私は結婚したくはない。
「分かりました。婚約破棄の件、ブラウン家の代表としてお言葉を賜りました。」
「ふん。分かればいいんだ。分かれば。」
「本当によろしいのですね? 」
「くどいぞ。何度も言わせるな。」
ウィリアムは間違いなく勝手に婚約破棄をしたことをガリレア王に怒られるだろう。
だけど私にはもう関係のない話だ。
「わかりました。お元気で。ウィリアム殿下。これからも活躍と、ガリレア帝国のご発展をお祈り申し上げます。」
「ふん。早く帝国から去れ。誰もそなたのことを良く思っていない。」
私は会場を去ろうとあるき出す。
ウィリアムを通り過ぎた時、カミラの口が「ざ・ま・あ・み・ろ」と動いた気がした。
理不尽に辱められたのだ、泣きたくもなるが私はブラウン家の看板を背負っている。
公衆の面前では笑みは絶やさない。それに上品に気高く美しく振る舞う。
「それではウィリアム殿下お元気で。私は先に失礼させていただきます。」
私が会場を後にすると静まり返っていたホールからざわざわと話し声が聞こえていた。
◇
私が部屋に戻ると、父からの手紙が届いていた。
『愛しのミーナへ
ブラウン家は何者かによって狙われている。私も言われのないことで投獄されそうになり、資産が凍結された。ミーナは帝国の学園にいるから心配ないと思うが、十分に注意するように。―――父ハロルドより。』
父上が思っていた以上のことが既に起こりましてよ。
「こんな状況の父上を頼るわけにはいきませんね。」
私の婚約破棄は主賓の帝国貴族から帝国中に広がるだろう。
明日からは帝国内でより生きにくくなることは目に見えている。
私の顔を見る毎にコソコソと陰口を叩かれ、今まで以上に嫌がらせもされるだろう。
それでも父上の願い。帝国学園を卒業するという約束を果たす義務が私にはある。
このまま、のこのこと学園を辞めて共和国には帰れません。
部屋の扉がノックされる。
「どうぞ。鍵はかかっていませんわ。」
「ミーナ。こんばんわ。」
そこには学園の親友ソフィアが立っていた。
ソフィアは帝国に来てから唯一私に優しくしてくれた。
ソフィアも帝国自治領から留学で学園に来ており、立場も少し似ていてお互いに馬が合う親友だ。
「ミーナ。」
ソフィアが泣きながら私を抱きしめた。
泣きたいのは私なのだけれど、立場上、泣けない私のために泣いてくれているだ。
本当にソフィアはいい子。私の友人にもったいないくらいにいい子だわ。
ソフィアの頭を撫でる。ソフィアは泣きながら部屋まで来てくれたのだろう、目が真っ赤に充血している。
「泣き止んでソフィア。私は大丈夫だわ。」
「あんな仕打ち…ひどすぎるよ。ミーナが何をしたっていうの。」
「そうね。私はなにもしていないのだけれど。とりあえず紅茶でも飲む? 」
「もう、こんなときに…そうね。私がいつまで泣いてもしょうがないから、いただこうかしら。」
紅茶を注ぎソフィアに振る舞う。ソフィアも泣き止んでくれたようね。
「私、あの後にウィリアム殿下に訴えたのだけど、聞き入れてくれなかったわ。」
「ありがとうソフィア。いいのよ。」
「ねえミーナ、学園辞めたりしないよね? 」
「当然ですわ。このまま屈して共和国に帰ったとなればブラウン家の恥です。これから先の生活は、厳しい環境が待ち受けているでしょうが、私は負けません。」
「よかった。私はもちろんミーナの味方よ。親友ですもの。嫌がらせするやつからは私が守るわ。」
ソフィアは細い腕い力を入れて力こぶを出すような仕草をした。
こんなソフィアの優しさが一番の癒やしの時間ですわ。
「ソフィア、いつもありがとう。」
「急に辞めてよ。私の方がいつもミーナにはお世話になっているんだから。試験前にミーナが居なかったら私進級できていないもの。」
「そうね。ソフィアはもう少しだけ勉強に精を出せばもっと素敵な淑女になりますわ。」
「もうミーナったら。そうだ。昨日美味しい洋菓子のお店を聞いたのよ。今週末に行きましょう。」
「いいですわね。でもいいの? ソフィア、今週からダイエットするんだって張り切っていたじゃない。」
「いいの! 今日ドレスが入ったからご褒美よ。私は好きなだけ食べるわ。」
ソフィアと話していると元気が出てくる。
ソフィアがいれば楽しい学園生活を送れる。どんな嫌がらせにも絶対に負けませんわ。
「そろそろ消灯の時間ね。おやすみミーナ。また明日ね。」
「おやすみなさい。ソフィア。また明日。」
ソフィアが自分の部屋に戻っていった。
消灯して、父上とガリレア王宛に手紙を書く。ブラウン家として事の顛末だけでも報告する義務があるわ。
手紙を書いていると扉がノックされた。
(ソフィアが忘れ物でもしたのかしら。消灯時間を超えて部屋を出るのは罰則があるからそれはないかしら。)
警戒しながら扉を空ける。床には封筒が落ちていて、誰も居なかった。暗くてよく見えないが、遠くに走って逃げる女子生徒の足音だけは聞こえていた。
嫌がらせだろうけど、これは何かしら。
折りたたまれている封筒を開けて手紙を読む。
『裏切り者、帝国から出て行け! 共和国の犬には裁きの鉄槌を。』
封筒の底には果物ナイフが入っている。これで自害でもしろということかしら。
古典的な嫌がらせね。
私に誰も仲間が居なければ心が折れていたかもしれないけど、私には親友のソフィアがいるもの。
これくらいでくじけていては異国の地で生活は送れませんわ。
翌日からミーナに対する嫌がらせはエスカレートしていった。
ソフィア以外の生徒から無視をされて、挙げ句の果てに見知らぬ生徒から生卵を投げられた。
毎晩のように殺害予告が数件届く。
ここまで嫌がらせが続くと気が滅入るが、ソフィアが励ましてくれるのだから負けるわけにはいきませんわ。
ソフィアとお菓子を買いに行く約束していた週末になった。
寄宿舎で生活する生徒は制服で外出しなければならない。
ソフィアと洋菓子店に向かう。
最近新しくできた噂の洋菓子店の内装は美しかった。シャンデリアにおしゃれな展示品。
展示されているお菓子は宝石のようで、どれも食べてしまうのがもったいないように感じる。
ソフィアは何個も買い、部屋で紅茶を入れて食べようと寄宿舎に戻る。
道中、見知らぬ男に話しかけられた。
「おまえ、ミーナだろ。共和国の。」
「ええ。そうですわ。あなたは誰ですの。」
「お前に名乗る名はねえ。帝国に害をなすやつは片付けないといけないな。」
白昼堂々と男は剣を抜く。
道行く人達は悲鳴を上げて逃げた。私とソフィアは戦闘経験がなく弱い。
走って逃げることも考えるが男からは逃げ切れないだろう。
「ウィリアム殿下を誑かした女狐め。死んで償え。」
私は死を覚悟して目を瞑った。
鈍い金属音が響き渡る。恐る恐る目を開けると、鎧を来た殿方が男の剣を弾き飛ばし男を無力化した。
誰かが報告してくれたのか、憲兵が騒ぎを駆けつけて男を連れて行った。
殿方が助けてくれなれば私は殺されていた。
安堵して腰が抜ける。ペタンと地面に座り込んだ。
「大丈夫。ミーナ。」
「ええ。びっくりしました。恥ずかしながら腰が抜ました。」
殿方が私に手を差し伸べてくれた。
「大丈夫ですか、お嬢様。怪我はありませんか。」
「ええ。怪我はしておりません。ありがとうございます。」
「このまま騒ぎになってもいけません。私の家でほとぼりが冷めるのを待ちましょう。歩いて数分の距離です。安心してください悪い人間だったらあなた地を助けませんから。」
起こした殿方が私を背負ってくれた。
殿方が案内してくれた家は豪邸と言える大きさだった。恐らく貴族なのだろう。立派な部屋だ。大きなシャンデリアに掃除の行き届いた高そうな家具。居心地の良い空間。庭には様々な種類の花がたくさん咲いていた。
部屋には大きな肖像画が飾っており、ポーン家当主と肖像画の下に書かれている。
「ポーン家…どこかで聞いたことが有りますわね。」
「ミーナ、ポーン家は帝国の四大貴族よ。長男はギルドマスターで勇者。次男が次期当主だったはず。」
どこかで見たことがある名前のはずだ。いつかのパーティで挨拶した気がする。
ソフィアと案内されたソファーに腰掛けて話していると殿方が戻ってきた。
「お待たせ。お飲み物は紅茶でよかったかな。」
「ええ。助けていただいた身なのに、お気遣いいただきありがとうございます。」
「いいんだ。僕も紅茶が好きだから。二人に振る舞わせてもらうよ。座っていてくれ。」
殿方が紅茶を入れてくれた。すごくいい匂いだ。今まで飲んだことがない味。
体が恐怖で震えていたけど、落ち着いて来た。
「そういえば、殿方のお名前、お聞きしても? 」
「ああ。僕の名前はロイドだ。ロイド=ポーン。よろしく。」
ロイドさんが跪いて私とソフィアの手に挨拶のキスをした。
「私はミーナ、こちらが親友のソフィアです。」
「二人とも素敵な名前だね。その制服は帝国学園だね。実は、数日前に行われた帝国学園の入学パーティに僕も参列したんだよ。」
「そうなんですね。」
私とウィリアム王子の婚約破棄の現場も見ていたということだろう。
それでも私を助けてくれたということはロイドさんは良い人なのかもしれない。
「仕事で遅れて行ったからすごく校長には怒られたけどね。久しぶりに母校に顔を出したけど楽しかった。」
「ロイド様は私たちの先輩なのですね。」
「様なんてつけないでくれよ。ロイドで良い。そうだね一昨年卒業したから二年ぶりの学園だったんだ。」
ロイドさんは遅れて来たから婚約破棄の事を知らなかったのかもしれない。
「ロイドさんは婚約破棄のことを聞きましたか。」
「ああ聞いたよ。殿下は間違えている。帝国にだって悪い人はいるし良い人だっている。共和国だって同じことだ。人の身分や出身で差別するのは間違えている。ミーナさんとは小さい頃にあった事がある。決してそんな企みをするような子ではない。」
どうやらロイドさんは私が婚約破棄された張本人だと気がついていない。
少し話をしただけでもロイドが素敵な方なのは分かる。
「その言い辛いのですが、私がそのミーナです。」
ロイドさんは紅茶のお代わりを入れようとしていたが驚いて紅茶をこぼした。
「おっといけない。そうか…キミがミーナか。10年ぶりだね。」
私にはキョトンとした顔をしてしまう。私にロイドさんと会った覚えがなかった。
ロイドさんがこぼした紅茶を拭きながら私との思い出を語ってくれた。
「どうやらその顔は覚えていないみたいだね。戦争が終わった頃、ブラウン家のパーティに呼ばれてね。父上に連れられて僕もパーティに参列したんだよ。嵐の日だった。覚えていないかい。」
嵐の日でピンときた。ちょうど10年前の記憶だ。停戦協定が結ばれて友好関係を築く目的で帝国の貴族も私の5歳の誕生日会に呼んだ。嵐の中で探してくれた少年がいた。それがこのロイドさんだったなんて。
「あの時のロイドさんですか。」
「そのロイドさ。あの後、ポーン家でも色々とあって疎遠に鳴ったけど。10年ぶりの再会だ。奇麗になったね。ミーナ。」
面と向かって奇麗と殿方に言われると恥ずかしくて顔が赤くなる。
「あの、私用事がありますので、先に戻ります。」
ソフィアが席を立ちロイドさんにお礼を言う。ソフィアにこの後、用事なんてないはずだ。
「ミーナはまだ時間がありますので二人でお話してください。ロイドさん、時間がありましたら寄宿舎まで送ってあげてください。ミーナも門限までには帰ってくるようにね。」
ソフィアを見ると私に「が・ん・ば・れ」と口をパクパクして伝えてくれた。
「紅茶ご馳走様でした。これ話題の洋菓子店のお菓子です。二人で食べてください。」
ソフィアが去っていった。気を使わせてしまった。帰り道に洋菓子店に寄ってお土産を買わないと。
10年ぶりに話したロイドさんは昔と変わりなく優しかった。
私は5歳の誕生日会の日、父上に反抗して家を飛び出して庭で隠れて泣いていた。
見つけてくれたのは普段から世話をしてくれているメイドではなく、ロイドさんだった。
「あの時のキミは、泣いていて驚いたよ。」
「今思い出しても恥ずかしいですわ。」
「そうかい。幼いミーナは可愛かったけどね。」
嫌味もなく歯の浮くような言葉をロイドさんは言う。
私は恥ずかしくて言葉が出ない。
「あの時話した内容をキミは覚えているかい。」
「いいえ。失礼ながら覚えていません。」
「そうか。昔の話だもんね。」
ロイドさんが言うと寂しそうに笑った。何を話したのだろうか。
「もしよろしければうちの庭を案内させてくれないか。ミーナは花が好きだっただろう。」
「ぜひ。先程は緊張していましたが、綺麗な花がたくさん咲いていたのは見えましたわ。」
ロイドさんは私の手を引いて庭園を案内してくれた。きれいに咲き誇っている花たちを紹介してくれた。
ウィリアム殿下は自然にはまったく興味がなかったからこんなデートはしなかったな。
これはデートではなく、ただロイドさんが好意で案内してくれているだけだけど。
「少し歩き疲れたかな。座って話そう。こちらにどうぞ。」
「ありがとうございます。」
ロイドさんが椅子を引いてくれた。なんて思いやりがある殿方なのだろう。
心地よい風が吹いている。後一時間もせずに日が暮れるだろう。
お昼ごはんを寄宿舎で食べてから洋菓子店に向かったから、数時間以上二人で話をしていたみたい。
二人の間は沈黙が続くが、その沈黙は私は不快ではなかった。
「ミーナは立派な淑女になった。」
「そんな…ロイドさんこそ格好良い殿方になられましたわ。」
ロイドさんと目が会い二人で笑った。
「そう言えば、先程ロイドさんが仰っていた、昔、話した内容って何だったんですの。」
「…それは、そうだね。なんと言えば良いのだろう。」
先程のまでのロイドさんとは打って変わって歯切れが悪い。
「実は、僕はミーナからプロポーズされたんだ。」
発言したロイドさんの顔は真っ赤だ。それが気にならないくらい私は驚いた。
「そっそうなんですね。」
「ああ。もちろん子どもの冗談だとは思うよ。でも、ミーナの言っていたことに感銘を受けたんだ。」
その頃の私は父上に反抗ばかりしていた。
当時は貴族が奴隷を雇うことは当たり前だったのだが、私は強く反対していた。
同じ生命なのに獣人だからといって差別されるのはおかしい。
奴隷ではなく通常の人間として雇わないならパーティには出席しないと主張したたらしい。
「それは…言ったきがします。」
私に心当たりがあった。
その頃世話をしてもらっていたメイドのラースは獣人だった。
同じ仕事をしているのに給金の金額や待遇が違うことに私は納得できず、父上に抗議をしていた記憶はある。
「ミーナは戦争やそういった種族差別がなくなる国を作りたいって言っていたよ。」
「徐々にですが奴隷制度も撤廃されていますから、良い時代になってきていると思います。」
「僕も初めての共和国で怖かったんだ。戦争が終わったとはいえ、未だに帝国を恨んでいる人は多いと思ってね。そんな時に、ミーナの発言を聞いて驚いた。国が違うだけで全員が悪い人じゃないんだって気が付いた。」
「そうだったんですね。」
「それで、僕は帝国で頑張る。ミーナも環境を変えるために頑張ろうって話になったんだよ。」
話をしていた記憶が戻ってくる。だけど、そこからプロポーズには結びつかないわ。
幼かき頃の私はなんて言ったのかしら。
「二人が大人になって結婚すれば、もっと帝国と共和国は仲良くなるし、世界を良くしていけから結婚しましょうってミーナが言ったんだよ。」
恥ずかしくて顔から火を吹きそう。鏡がないから確認のしようはないが、私の顔は真っ赤なはず。
「そうでしたの。それはその、ご無礼をいたしました。」
「いいんだ。僕は嬉しかったんだ。思わずミーナからのプロポーズを受けてしまうくらいにね。」
ロイドさんが微笑む。
10年前も優しい笑顔を私に向けてくれて慰めてくれた。
こんなに優しい笑顔をするのは人生でロイドさんにしか会ったことがない。
「それがあったから僕は頑張った。今では出世して、国を良くするために帝国議会で働いている。いつか会いたいと思っていたが、まさかミーナが帝国にいたなんてね。驚きだよ。」
「ロイドさんに婚約者はいますの。」
「僕はあまりそっちは得意じゃなくてね。どうも貴族の令嬢は欲深くて、鼻息が荒くて苦手なんだよ。」
ロイドさんがはにかむ。恥ずかしそうに話すのがかわいくて体の奥が温かくなる。
「そうなんですね。ロイドさんはポーン家ですし引く手あまたでしょう。」
「毎週毎週、誘われるんだ。断れば噂が立つし、うんざりだよ。」
ロイドさんが舌を出して笑った。こどもみたいで純粋でかわいい。
それから二人で庭園を眺めていた。二人の間に会話はなかった。
ロイドさんと一緒にいる空間は話をしなくても不思議と居心地が良かった。
ふとした瞬間にロイドさんと目が合う。
「ミーナさん、10年ぶりの再会で言うのも恐縮なのですが、僕と結婚してくれませんか。」
ロイドさんの顔は真剣そのものだった。
先程の優しい表情とは違う、覚悟を持った殿方の顔をしている。
「私はロイドさんのことが好きです。ですが……ウィリアム王子との婚約破棄されたばかりですし、ロイドさんやポーン家にまで迷惑がかかってしまいます。」
私は10年ぶりにロイドさんと話をしたが、話せば話すほど次第に惹かれていた。
だけど、ウィリアム王子からすぐに帝国公爵のポーン家の次男と婚約なんてすればロイドさんに迷惑がかかる。
「僕が守りますよ。それに、今すぐに答えをいただかなくていいですから。10年前はミーナからプロポーズされたから、今回は僕からしておきたくてね。」
「お気遣いありがとうございます。」
「もうこんな時間だ。寄宿舎まで送らせてもらうよ。大事なミーナが襲われたら嫌だからね。」
ロイドさんに手を引かれて屋敷に戻った。
ソフィアへのお土産を買い、ロイドさんに寄宿舎まで送ってもらった。
「もし嫌じゃなければ、来週の休日にお茶会を誘ってもいいかな。」
「ええ。予定はありません。喜んで受けさせていただきます。」
寄宿舎の前に着く。名残惜しいが門限の時間だ。
「あの、この手紙を渡せって言われました。」
ロイドさんと別れの挨拶をしようとすると、見知らぬ女子生徒が話しかけてきた。
「ありがとう。」
手紙を開くと『ソフィアは預かった。裏の広場に来い。』と書かれていた。
私は慌てて駆け出す。この文字は見覚えがある。犯人はカミラだろう。
親友のソフィアになにかあったらと思うと私は冷静ではいられない。
力のかぎり急いで走り、帝都学園の裏の広場に着く。
そこにはソフィアがロープで縛られて気絶している。
「ソフィア! 大丈夫ですの。」
私は叫んだ。ソフィアのことが心配で冷静では居られない。
「ソフィアは無事よ。でもあんたは無事で返さないけどね。」
カミラがいつの間にか私の横に立っていて、私の頭を固いもので殴った。
私は衝撃で倒れ込んだ。
「ミーナ、あんたいつ共和国に帰るのよ。王様にまで手紙を送って女々しいわ。」
「ソフィアは関係ありません。離してあげて。」
「あんたがいるから王様も私とウィリアム王子の婚約を認めないのよ! あんたたちやっていいわよ。」
ソフィアの周りをごろつきの男たちが三人囲む。ソフィアの服に手をかけた。
「やめて。お願い。なんでもするから。」
「言ったわね。ほらこれを書きなさい。」
紙を一枚私の顔の前にカミラが落とす。
紙を見るとそこには退学願と書かれていた。
「こんなことして許されるわけがありません。カミラ辞めて。」
「お高く止まって生意気な女。はやく共和国に帰れよ! 」
カミラが私のお腹を蹴った。痛いが表情には出さない。ソフィアはもっと怖かったはずだ。
「カミラ、目立つところには攻撃したらダメだろ。」
暗くて見えなかったが、ウィリアム殿下も居るようだ。殿下は笑っている。
「ミーナ、お前が父上に余計な手紙を送ったからオレとカミラの婚約は認められなかったんだ。お前が邪魔をしなければうまくいったのに。この共和国の女狐め。」
「私は事実を伝えただけです。決して二人の邪魔をしようとした訳ではありません。」
「嘘をつくな。このアバズレ! お前は私が羨ましいんだろ! 」
カミラが倒れている私を何度も何度も蹴る。
「そこまでだ。」
この声がロイドさんだ。
ロイドが魔法を放ち、ソフィアを囲んでいた男たち三人を瞬きもせぬ間に気絶させた。
「ウィリアム殿下、あなたがやったことは言い逃れ出来ませんよ。」
「お前は、ロイドか。ポーン家のロイドがなぜここにいる。二年前に卒業したはずだろ。」
ロイドの顔を見たウィリアムは驚いている。
「ええ。今では帝国議会で働いております。帝国議会のメンバーには、逮捕権があることはご存知ですよね。」
ウィリアムの様子が変わる。暗くて表情がよく見えないが慌てふためいている様だ。
「違うんだ。これは遊んでいただけなんだ。なあそうだろカミラ。ほらっミーナを起こしてやれ。」
「なんでよ。ウィリアム。あなたがミーナを痛めつけて追い出そうって言ったんじゃない。」
「良いから言うことを聞け! カミラ! 」
カミラは渋々私を起こす。カミラはまだ事態が飲み込めていないみたいだ。
ロイドさんは汚れた私の制服の上にローブをかけてくれた。
「彼女も犯行の首謀者は殿下だと言っていますし、素直に認めたほうが罪は軽くなりますよ。」
「くそっ違うんだ。オレはやっていない。ソフィアは眠らせただけだし。…そうだ! ミーナ、婚約破棄はなしだ。オレと仲良くやろう。これはミーナとカミラの痴情のもつれなんだ。」
なんて愚かな言い訳なのだろう。新しい婚約者にしたはずのカミラすらもすぐに見捨てる。
殿下は人の婚約を何だと思っているのだろうか。
考える暇もなく答えは決まっている。
「殿下、婚約破棄は既に決まったことです。今更戻ることは出来ません。殿下が言うには私は共和国のスパイなのでしょう。そんな女と婚約してはいけませんわ。」
「そう言わないでくれ。僕はカミラに騙されたんだ。僕は悪くない。父上にも怒られるし、僕が何をしたっていうんだ。」
困ったら父上の名を出し、悪いことは全て他人のせいにする。
自分がこんな男と婚約者だったことを考えるとゾッとする。
「そうなんですね言い訳は後で聞きます。ウィリアム殿下とカミラを拘束します。動かないでください。」
「待って。ロイドさん。私は何もされていません。」
ロイドが驚いて振り返る。私を見つめる。
「ミーナ、庇う気持ちは分かるが、殿下やカミラがしたことは立派な犯罪だ。」
「ええ。分かっています。ですが、ソフィアは魔法で眠らされているだけで無事みたいですし、私も転んだだけですわ。」
「………そうか。ミーナがそう言うなら被害者は居ないわけだ。逮捕するわけにもいかないな。」
ロイドさんは私を見つめて言った。
「分かってるじゃないかミーナ。婚約者じゃなくてもいいから、オレの女になるってことだろ。」
自分が逮捕されないと分かるやいなやウィリアムの様子が変わる。
「父上には土下座してでもミーナを連れてこいって言われたんだ。でも僕はカミラの方が胸も大きくて好きだし、妾としてミーナはオレのそばにいれば良い。そうすれば帝国にミーナもいられるじゃないか。ミーナにとってもいい話だろ。」
私は絶句した。ウィリアム殿下がここまで最低な男だとは思っていなかった。
ここまで無神経な発言を出来るのは尊敬に値する。情けなさすぎて笑いが出てくる。
どうせ何を言っても殿下は良いように解釈するのだ。何も言う気にはなれない。
ロイドさんが私の肩に手をおいて、発言した。
「殿下、一言述べてもよろしいでしょうか」
「ロイドはもう関係ないだろ。さっさと学園から出ていってくれ。話の邪魔だ。」
「殿下、私は関係者なんですよ。」
ウィリアム殿下は怪訝な顔でロイドさんを見ている。
「殿下が再度婚約を申し込んだミーナは既に私と婚約しております。帝国では重婚は禁止されておりますので、ご容赦ください。」
ウィリアムが目をパチパチさせながら驚いている。
「でまかせを言うな。僕が婚約破棄してからまだ数日だろ。まさかミーナ、お前はオレがいながらロイドと関係を持っていたのか。」
「違います。私とミーナは本日10年ぶりに再会しました。私がミーナに婚約を申し込んだのは今日です。」
「ばっ…ばかな。僕のミーナが取られただと…。」
ウィリアムが手で地面を叩きながら叫ぶ。
自分から婚約破棄をしておきながら怒り狂うなんて、もうただの不審者にしか見えない。
「殿下、落ち着いてください。ミーナは私の婚約者です。これ以上ちょっかいを出すのであれば、ポーン家に対して行った事だとみなします。そこのキミもわかったね。」
カミラは戦意喪失して膝から崩れ落ちた。
自分がしたことの重大さがやっとわかったみたいだ。
「うそだ。うそだ。うそだ。僕のミーナが取られるだと。ミーナ、嘘だと言ってくれ。僕は信じないぞ!」
「信じないと言われても事実ですから。そうだろミーナ。」
ロイドさんが私にウインクをした。
「ええ。そうですね。先程ロイドさんに婚約を申し込まれました。」
「嘘だー!ミーナは僕のものだ。」
「ミーナはものではありませんよ、殿下。いい加減にしてください。皆の前で散々恥をかかせて、挙げ句の果てに妾になれ。こんなことガリレア王が聞いたら怒るだけではすみません。」
「……うるさいうるさいっ、僕はミーナと話しているんだ。ミーナは僕の妾になるだろ? 僕は王になるんだ。欲しいものは何でも買ってやる。悪い条件じゃないだろ。」
ウィリアムは立ち上がり私の肩を両手でつかむ。
「痛い。やめてください。」
「頼むよ、ミーナ。僕とミーナの仲だろう。」
私の婚約者だったウィリアム殿下は悪い人ではなかった。………だけど人の本質は悪い状況で出てしまいます。それは決して繕えるものではありません。
ウィリアム殿下は私を政治の駒の様に見ていたのでしょうね。ブラウン家の令嬢には興味があったが、私には興味はなかった。それだけのこと。
一方で、ロイドさんと過ごした時間はすごく短いが私を大事にしてくれた。
それにロイドさんと過ごす時間はありのままの自分でいることができた。
今回だって、危険を顧みずに私を助けてくれたのだから―――。
「ウィリアム殿下、申し訳ありませんが私はロイドさんの婚約者です。お断りさせていただきます。」
「嘘だっ嘘た! 」
このまま押し問答しても無駄だ。
ウィリアム殿下をどうにかして納得させるしかない。
「ロイド様、先程のポロポーズ、返事をさせていただきます。」
「………はい。」
「私、ミーナ=ブラウンをロイド様の人生のパートナーにしてください。」
「もちろんです。ミーナ。」
ロイドさんは膝をついて私の手にキスをした。ロイドさんは嬉しそうに笑っていた。
「僕よりもロイドが良いって言うのかよ。ミーナ! 」
「ロイドさんはブラウン家の令嬢としてではなく私を見てプロポーズしていただきました。殿下は私のことを駒としか考えていないのでしょうが、それでは父も婚約を認める訳がありません。既にロイドさんの婚約者になりましたから、妾の件もお断りいたします。」
「嘘だ…」
ウィリアム殿下は糸の切れた人形のようにうなだれてブツブツと言っているがなんと言っているか聞き取れない。
憲兵が数人来た様だ。ロイドさんが呼んでいたのだろう。
「キミたち、ウィリアム殿下は乱心しているようだ。城まで連れて行ってくれ。そこで伸びている男たちは牢屋に入れてくれ。後のことは私が処理する。」
ウィリアム殿下は心ここにあらずだ。憲兵に連れられていった。
「ミーナ、良かった。」
ソフィアが私に抱きついてきた。
「私のせいで巻き込んでごめんなさい。ソフィア。」
「ううん。私は眠らされていただけだもの。謝らないで。また後で部屋で話しましょう。今は二人だけの時間を楽しんで。」
ソフィアが立ち上がり、虚ろなカミラを連れて寄宿舎に戻った。
広場にはロイドさんと二人だけになる。
「ミーナ、すまない。助けるのが遅くなった。最悪の場合を考えて、憲兵を呼ぶ手配をしてから向かったんだ。傷は大丈夫かい。」
「いえ。助けていただきありがとうございます。ロイドさん。これぐらい平気ですわ。」
「気にしないでくれ、それにプロポーズを受ける演技をさせてすまなかった。」
「謝らないでください。あれは本心ですから。」
「えっ。」
ロイドさんが驚き私の顔を見つめる。
「ロイドさんとの結婚です。謹んでお受けさせていただきます。」
「それは嬉しいけど、僕たちは再会してからそう時間は経っていない。」
「時間は関係ありません。正式な結婚は私が卒業してからになると思いますが、その…すごく嬉しかったんです。ロイドさんといると私はありのままの自分でいられるんです。」
「では本当に?」
「もちろん。」
嬉しそうにロイドさんが笑った。私は自分で言った言葉ではあるが恥ずかしくて真っ赤になった。
◇
その日は、ソフィアが消灯時間を過ぎてからも部屋に来て、ずっと質問攻めにされた。
私の恥ずかしがる顔を見てソフィアは喜んでいるようでした。
それからウィリアム殿下とカミラは帝国学園を退学したらしい。殿下は噂によると異国に留学という形を取ったらしく、カミラの行方は誰も知らなかった。
私に対して行われていたいじめも徐々に下火になっていった。
それから毎週、ロイドさんの家に呼ばれてお茶会をしていた。
今回は、ソフィアも誘ったのだけれども断られた。「幸せになってね。」と言われて、私の顔が真っ赤になるのをソフィアに茶化された。
私は生涯付き合う大事な友を持ったと思う。ロイドも大事な人だけどソフィアも私にとって大事な人だ。
時が過ぎる中で、ロイドとはお互いに下の名前で呼びあうようになっていた。
私たちも最上級生になり、卒業までの時間も僅かに迫っていた。
いつものように庭園でお茶をしているとロイドはソワソワしている。
どうも様子がおかしい。
「どうかしまして、ロイド。」
「実はその…ミーナに渡したいものがあるんだ。目を瞑ってくれないか。」
「よろしくてよ。」
私は目をつぶる。なんだろう。良い匂いがする。
「これを受け取って欲しい。」
目を開けると私の大好きな赤い薔薇が3本ロイドが手に持っていた。
「素敵なお花。ありがとうございます。」
「ミーナが好きな花だ。それにこれも。」
ロイドが片膝を付いて箱を開けた。
中には銀色に輝く指輪が見えた。
「あの日は言葉だけだった。ミーナももう学園を卒業だし、これを受け取って欲しい。ミーナ僕と結婚してくれ。」
私は微笑み返事をした。
「もちろんです。私のパートナーはロイドしかいませんから。これからもよろしくお願いします。」
「よかった。昨日から緊張で眠れなかったんだ。」
ロイドのこういうところがかわいくてたまらない。
「嬉しいです。でもまだ足りませんわ? 」
「なにがだい。ニーナ。ブラウン家への挨拶のことか。」
「違います。誓いのキスです。」
ロイドは真っ赤な顔になる。
「実は僕は女性とキスをしたことがないんだ。うまく出来るかどうか。」
「奇遇ですね。私も異性としたことはありません。」
ロイドが真剣な眼差しで私を見つめていて、私は目を閉じた。
唇にロイドの温かい唇が触れる。
「どうかな。」
「そういうことは淑女に聞くものではありません。でも…すごく幸せです。」
恥ずかしくて顔を真っ赤にして笑う私をロイドは強く抱きしめた。
「困ったな。このままキミを返したくない。」
私とロイドは共和国と帝国の貴族同士で初めての結婚をした。
お互いの国の友好と奴隷制度撤廃のために活動している。
あの時、殿下に婚約破棄をされて、襲われたところをロイドが助けてくれたから出会えた。
あれからカミラやウィリアムの邪魔もあったのだがそれはまた別のお話
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