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MySweetDying  作者: ぐるぐるめー
16/17

短編番外 溺死

 死にたがりゴシック少女エミリーは、エルディと結婚するため市民プールにやってきた。ここで限界まで素潜りして溺死する算段である。

 そもそもエミリーの死にたがりの元凶は両親の存在であった。

 エミリーはリビングのソファに一定時間以上座ったりくつろいでいたりすると、邪魔だ消えろと追い立てられ、食器洗いや洗濯、掃除などの家事を少しでも放置すると怒鳴られ、風呂トイレから自室の電気に至るまで徹底的に親の決めたルールに従うよう強制されていた。ある真冬の夜はエミリーの部屋のブレーカーだけを落とされ、真っ暗な部屋で暖房をつけることも許されずに凍えていたこともある。食事はいつも冷たい惣菜と硬い食パン一枚。無論ジャムやバターを塗れるのは両親の特権で、エミリーは少量のオリーブオイルと塩のみでパンをかじっていた。これがエミリーの日常である。

 家庭に居場所のないエミリーは、常に人の顔色を窺ってびくびくしているため、学校でもいじめの的にされることが常だった。

 エミリーは栄養失調と不眠とストレスにより常に顔色が悪かったため、死んだ魚、死神、ゾンビなどと揶揄されバイ菌扱いをされて虐められていた。エミリーに心休まる場所などどこにもなかった。彼女が自死を渇望するのも無理からぬことである。

「今度こそ死んでエルディさんと添い遂げる……」

 エミリーは学校指定の競泳水着に着替え、プールの隅に陣取りじっと潜り続けた。

 しかし、エミリーは意外と肺活量があり、なかなか息の限界が訪れなかった。身体もプカプカ浮いてしまい、一見すると素潜りの練習をしているようにしか見えない。ついうっかり足をついてしまい、体を伸ばせば余裕で顔を水面に出せてしまう。

(え、なにこれ?これじゃ私ただ楽しく一人遊びしてるだけじゃない)

 せめてもっと監視員に心配されてみたいものだ。監視員に熱視線を送ってみるが、監視員は明後日の方向を見ていてこちらには目もくれない。

(ふ、フン!絶対死んでみせるから。せいぜい自分の職務怠慢を呪うがいいわ!)

 エミリーは何度も呼吸の限界まで潜り続けた。しかし身体は生きようとするものだ。ついうっかり空気を求めて息継ぎしてしまう。何度も低酸素状態を作り出していたエミリーは、次第に具合が悪くなってきた。

(あ、なんか気持ち悪くなってきた)

 プールの端の段差に腰掛け、鼻と口だけを出して水の中に沈んでいると、やがてエミリーは眠くなってきて、音もなく沈んでいき、溺れた。


 次に目を覚ました時、真っ暗な世界にエミリーとエルディだけがいた。

「エルディさん、迎えに来てくれたんですね!」

 ぼうっとする意識が次第にはっきりしていくのを感じながら、夢見心地のエミリーがエルディとの再会を喜んだ。

「エミリー、どうして溺死なんかしようとしたんだい?」

 エミリーは責めるようなエルディの視線に怯みながら、おずおずと理由を語った。

「私、家族に愛されてないから……。もう針のむしろなんです。最低限生かしてもらってるけど人権なんかない。私の居場所なんてどこにもないんです。死にたいなって思うのは自然なことじゃないですか」

 エルディはエミリーのことをよく承知している。死神なのだから当然だ。だが、暴力らしい暴力を振るわれていない分、デライラよりはましなように思えるのだが、そういうものでもないのだろうか?

「親御さんは逆らわなければ何も言ってこないんでしょう?」

「とんでもない!!」とエミリーは否定する。

「うちの親は狂ってるんです。何も文句をつけられないようにしたことも勿論あります。でも、そうすると両親が同士討ちを始めて大喧嘩して、その八つ当たりを私にぶつけてきて理不尽に責められるんです。あの人たちは誰かを責めないと気が済まない人たちなの。私に文句なくなったら、どうでもいい事ほじくり出して罠にかけてでも責めてくる。私のことを悪く言わないと生きていけない人たちなの。もう気が狂いそう」

 それは確かに針のむしろだろう。エルディはエミリーが気の毒になった。しかし、エミリーはこのまま死ぬ運命にないのである。言いにくいが、せめてアドバイスをしようとエルディは考えた。

「でもね、エミリー、君はまだ死ねない。誰かが君を助けて、今君は病院にいるんだ。そう簡単に死ねないものなんだよ。でも、君の苦しみはよく解った。だから、一ついいことを教えてあげよう。未来に起きる素敵なことを掴むための、一つのヒントさ。よくお聞き。僕の言うとおりに行動したら、きっと君に幸せな生活が待っているよ」

 そしてエルディはエミリーに生きるヒントを伝授した。


 目が覚めると、白い天井とそびえる点滴のポール、視界を四角く切り取るカーテンとカーテンレールが見えた。どこをどうしてこんなところで寝ているのかしばし考えを巡らせたが、そう言えばさっき、エルディが「君は生きている」と言っていた気がした。となると、ここは病院か。

 カーテンをちらりとめくって、看護婦が様子を見に来た。

「あら、エミリーさん、気が付いたのね。待ってね。親御さん呼ぶからね」

 そう言って看護婦はすぐに立ち去ってしまった。呼び止める間もなかった。親御さんなんて呼んでほしくないものだ。なんと文句を言われるかわかったものではない。そして案の定、嵐の夜のように雷を落とされた。

「またあなたはなんて馬鹿なことをするのエミリー!お金がいくらかかると思ってるのよ!この病院代はあとでアルバイトして返してもらうからね!まったく。世間体を考えなさいよ!近所の人にまた何か言われるでしょう?なんであなたはこんなバカなことしかしないの!ろくに役にも立たない癖に面倒なことばっか増やして!いい?病院代はきっちり返してもらうからね!」

 エミリーの無事よりもお金と世間体のことしか考えない親の態度に、エミリーは毎度のことながら傷ついてしまう。死ねなくてごめんなさい。次は失敗しないから許してください。エミリーは心の中で懺悔した。

 エミリーが退院して自宅に帰ると、エミリーの目の前に求人募集の紙が置かれた。

「ここ、見つけてきたから明日からここで働きなさい。今すぐ履歴書書いて面接受けて来なさい」

 エミリーは言われるままに履歴書を書き、指定された時間に面接を受けてきた。親の口利きのため即採用され、彼女はコンビニエンスストアで働くことになった。

 コンビニエンスストアは学生でもできる簡単な仕事と言われているが、実際はマルチタスクを要求される頭脳労働と、重いものを運ばされる肉体労働である。メンタルとフィジカル両面から酷使される苛酷な職業であり、客の民度も低いため、犯罪に巻き込まれたりクレームを受けたりストーカー被害に遭ったりする。一カ月ほど必死に働いたエミリーは過労のあまり仕事を辞めたくてたまらなくなっていた。だが、今日は念願の給料日である。親に金を渡して余った金でゴシック服を買おうと算段していた。

 エミリーが親に給料袋を見せると、親はエミリーの頬をひっぱたいた。

「あなたサボったんじゃないの?なんでこれっぽっちしか稼げないのよ!病院のお金に全然足りないじゃない!このお金は全額いただきます。来月はもっとシフト増やしてもらってきなさい」

 頑張ったのに報われないどころか叱られて、有り金全て巻き上げられる。エミリーの心は限界だった。

(エルディさんの言ったこと、今こそ実行しよう。行動しよう。もうこんなところ沢山だ)

 エミリーは部屋で大事なものをできるだけ大きなバッグに詰め込み、家を飛び出した。スマートフォンでDVシェルターを検索して電話し、道案内を聞きながらそこへ飛び込んだ。

 辺りはすでに日が落ち、真っ暗闇である。施設の職員は懐中電灯を照らしてエミリーを迎え入れた。

「ようこそ、エミリー。よく頑張ったわね。今日からここが、しばらくの間はあなたの家よ」

 菩薩のような職員の言葉に、エミリーの涙腺が緩み、止めどなく涙がこぼれてきた。エルディは言っていた。

「DVシェルターをスマホで検索するんだ。親御さんに耐えられなくなったらそこに相談して、逃げ込みなさい。二週間は匿ってもらえるし、家に帰りたくなければ施設も紹介してもらえる。幸せを掴みたければ行動するんだ、エミリー。情報を調べて行動すれば、手を差し伸べてくれる人は必ずいるし、どこかに必ず手段はある。八方塞がりに見える時はね、情報を知らないだけか、その手段を選ばないと、君自身が選択していることに他ならない。八方が塞がっても十六方探せば抜け道はある。選択肢はできるだけ探して、どれなら効果があるか、君自身の手で選択するんだよ。どれを選んでも、君自身の選択だ。何も手段がないと考える前に、情報を調べて、君の足で行動して、幸せになる方法を見つけるんだ。失敗しても、生きてさえいればやり直せるし、どの手段を選んでも、生きてさえいれば道は拓ける。希望を見失わないで。生きるんだ、エミリー」

 今なら解る。助けてくれる人はここにいた。こんなに近くに、手を広げて待っていた。彼女はアルバイトを続けながらシェルターで生活し、やがて児童施設で生活を始めた。

 アルバイトの給料で身の回りの物を整え、ようやくこの生活にも慣れてきたところで、一人の男子が声を掛けてきた。

「やあ、君、その服カッコいいね」

 エミリーは男子に声を掛けられたのが記憶にある限り初めてだったため、一メートルほど飛び退った。

「え、ああ、どうも」

 男子はその驚きように驚いたが、ぷっと噴き出して笑い始めた。

「君、面白いね。名前は確か、エミリーだったよね?」

「あ、はい」

「僕はリック。よろしく。僕も好きなんだ、ゴシック」

「えっ」

 エミリーは驚きのあまり思うように言葉が紡げない。知らない男子と口を利くことに慣れていないため、挙動不審になってしまう。

「昔からゴシック好きなの?」

「あ、はい。私、死神と結婚するの夢なんです」

 リックは腹を抱えて笑い出した。

「笑わないでください。私、本気なんですよ。私の担当死神のエルディさんっていう人が、めっちゃかっこいい人なんです」

「本気で言ってるの?」

「会ったことあるんです。死のうとしたときに」

「それじゃ本物かもしれないね」

 リックは右手を差し出した。

「ねえ、僕と友達になってよ。僕、まだこの施設で友達いないんだ。君となら仲良くなれそうな気がするなって、ずっと気になっていたんだよ」

 エミリーはポーッと顔を紅潮させた。愛の告白みたいだと思った。

「わわわ、私でよかったら、ぜぜ、ぜひ」

 エミリーも右手を差し出し、二人は固く握手した。

 その様子を水盤から見つめていたエルディは、満足そうに微笑んだ。

 カフィンが横で彼を誉める。

「なかなかいいことをしたじゃないか、エルディ。これで彼女は死なないだろう」

 エルディはそれに少し異を唱えた。

「そう簡単なものでもないんだよ、カフィン。彼女のように長年死を願い続けて生きてきた子はね、死にたいという願いが染みついていて、なかなかその癖を辞められないんだ。彼女はこの先もしばしば死にたがると思うよ。それは誰にも止められないと思う」

 カフィンにはその心理が理解できない。カフィンは必死に生きることにしがみついて生きてきた。死にたがりの心理など知りたくない。顔を不満げに曇らせるカフィンに、エルディは笑ってみせる。

「でも、彼女はこれで生まれて初めて愛を覚えると思うよ。人に愛されるということに、少しずつ触れていくんだ。最初は怖がるかもしれない。でも、きっと彼女は幸せを、愛されるということを『覚えて』いくと思うよ。よかったね、エミリー」

 カフィンは死神らしくなったエルディの様子に、満足そうに目を細めた。

「お前も、ようやく死神らしくなってきたじゃないか」

 エルディの読み通り、エミリーはやがてリックと交際することになる。決して順風満帆とはいかなかったが、臆病だったエミリーは一つずつ人間らしい感情や振る舞いを覚えていき、やがてファッションモデルとして誌面を飾ることになる。度々自殺を企図する癖はなかなか抜けなかったが、顔色も見違えるように生気を取り戻し、羽化した蝶のように美しく成長した。

 エミリーは回顧する。

「あの時、エルディさんの言うことを聞いて行動してよかった。どこにも行けないと自分の可能性を潰して引きこもっていたら、世界がこんなに素晴らしいって知らずに死んでいたかもしれない。エルディさん、私にも、愛される未来が確かにあったよ。いつかあなたが迎えに来るまで、私、生きる」

 END.


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