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07.恐慌に陥ったんだが

 サードウェーブ、フォースウェーブを真白たちは無事に乗り切ることが出来ていた。

 レベルは桃華だけが六で、他の者は七まで上がっている。


 現れた魔物は今までと変わらない。ゴブリンとオークだ。

 サードウェーブではそれが同時に現れた。ゴブリンが二十匹、オークが三体である。さらにフォースウェーブではその数を増やした。ゴブリンが三十匹、オークが五体だ。

 特にフォースウェーブは厳しかった。

 その戦いで一番活躍したのは当然陽炎であるが、全員の協力がなければ攻略は難しかったかもしれない。

 真白がホーリーライトで敵の足を止め、桃華がウィンドカッターで敵の数を削いだ。あとは男四人で乱戦を何とか耐え凌いだのだ。


 その乱戦でチンピラ二人が怪我を負ってしまった。その手当てのため、真白は魔力を使い果たしてしまったが、レベルアップしたおかげでMPを全快することが出来た。

 問題は桃華である。

 桃華はレベルアップを果たせなかった。魔法を使える回数は、ファイアボールにせよウィンドカッターにせよ、残り一回が限界のようだ。


「桃華、魔法は一応とっておけ。まずは俺たちで様子を見る」


「うん、でも無理はしないでね。必ず一緒に生き延びようね、真白君」


 真白は頷く。


 桃華には感謝している。できれば桃華と一緒に帰りたかった。

 しかしそれより重要なのは自分自身が生きて帰ることだ。生きて帰り、茜の無事を確認したい。


 休憩の間に、生き残ればどうなるのかをライアンに確認していた。

 スマホの妖精の話では、生き残った者は褒美を与えられ、元いた世界、全く同じ場所に返してもらえるらしい。

 元いた場所に戻されるということは、ゴブリンの群れの真ん中に戻されるということなのだが、ライアンの話では報酬の中には強力な武器もあり、ゴブリンくらいどうとでもなるということだ。

 ちなみに元いた世界の時間は、現在止まっているわけではないが、非常にゆっくりになっているそうで、戻った時には一秒しか進んでいないそうだ。もちろん、戻れればの話であるが。


「さあ、ファイナルウェーブ開始だよ!」


 ライアンが叫んだ。


 すぐには何も起きない。

 真白は森をじっと睨んだ。

 ライアンの話では、今度現れるのはオークよりさらに強い敵らしい。オーク一体の強さはさほどではなかったといえ、ゴブリンとあれだけの数が現れた時は苦戦した。今回も間違いなく苦戦を強いられるだろう。

 だからと言ってもちろん負けてやるつもりはない。生きて帰らなくてはいけないのだ。だが、その地響きが起きた時、真白は自分たちの勝利を疑い始めていた。

 森が、地面が大きく揺れる。何か巨大なものが森から姿を現そうとしているようだ。

 やがてそれは、木々の間からゆっくりと姿を現した。


 体長五メートル、否もっとあろうかという巨体、まるでアフリカゾウのようなそれが二足歩行でゆっくりと姿を現してきている。

 布を腰に巻いただけの粗末な服装、一応人型ではあるが、顔は醜悪で、口は大きく裂け、鋭い牙が何本も並んでいる。そして巨大な棍棒を引きずっているそれは、ファンタジー世界でトロールと呼ばれる化物だった。


「……あんなの無理だ」


 オールバックが絶句してそれを見上げていた。


 真白も正直なところ同感だった。

 しかもトロールは一体だけではない。一体現れたすぐ後ろから、ドスンドスンと足音を響かせて、もう一体がやってきている。計二体のアフリカゾウ並みの巨体が迫って来ていた。


 だが、と真白は考え直す。

 圧倒的な耐久力と破壊力はあるのかもしれない。

 しかし俊敏性はどうだろうか。考えるまでもない。あの怪物は間違いなくアフリカゾウ以下だ。普通に戦えばあいつらの攻撃が当たることなどそうそうないだろう。

 現に陽炎は戦意を喪失していない。むしろ体から闘気を溢れさせていた。


――やれる。アイツらを()って茜の下に帰る。


 真白はそう決意を固めたのだが、他の三人は違ったようだ。桃華とチンピラ二人は完全に戦意を喪失してしまっていた。


「下がってろ。俺たちでヤる」


 真白はそう言うと前に出た。


「無理だ。ありゃあ無理だ」


 スキンヘッドは真白の声が聞こえているのかいないのか、よろよろと後退していく。オールバックも同じである。


「真白君、ピンチになったら最後の魔法使うからね」


 桃華は怯えているが、それでも最後まで一緒に戦おうとしてくれていた。本当は逃げ出したいのを堪えているのだろう。


 一方で陽炎は嬉しそうだった。


「兄貴、俺は人生の中で今が一番調子いいんスよ。体がいつもより速く動くし、殴りも蹴りも速く重くなってる」


 おそらく格闘家のレベルアップにより、瞬発力が上がったおかげだろう。

 真白も耐久力が上がっているはずなのだが、いまいち効果は感じられない。

 もっとも耐久力がどんなにあったところで、あの巨体に踏み潰されればひとたまりもないのだろうが。


「それに恥ずかしい話、誰かと肩を並べて戦うなんて初めてだけど、悪くねぇな、って」


「ふん」


 真白は軽く笑った。


 それは真白も思っていたことだ。誰かと一緒に戦うのも悪くないと。

 結局最後には茜を優先するだろうし、極力人と関わらないようにしたいと思っているが、今この瞬間は確かに楽しい。

 命のやり取りをしている感覚も、誰かに命を預けている感覚も。


「森から完全に出てくる前に行くぞ」


 真白は笑っただけで何も言わず、地面を蹴った。


 陽炎に言いたいことはない。一緒に戦えば、それで十分分かり合える気がする。


「応っ!」


 先に走り出したのは真白だが、すぐに陽炎が追い抜いていく。


 近付いて来る陽炎にトロールが気付いた。

 トロールは片足を上げて陽炎を踏み潰そうとするが、当然間に合うわけはない。

 陽炎は足元をすり抜け、一体目を無視し、二体目目掛けて突っ込んでいった。


 そこからどうなったのか、真白には見えなかった。

 見る必要もないし、見ている余裕もない。

 陽炎が奥のトロールを相手にするなら、当然手前のトロールは真白が相手するしかないのだ。


 真白は振り下ろしたトロールの足を駆け抜けざまにナイフで斬りつけた。

 思っていた通り敏捷性は大したことないが、やはりその皮膚は分厚く、傷は浅い。トロールが気付いているのかさえ分からないほどのかすり傷にすぎないようだ。

 やるならやはり目を狙うしかなさそうだった。

 問題はどうやって狙うかだが、方法は思いつく限り二つしかない。


 一、トロールの体を駆け上っていて、顔にしがみつく。


 二、木に登ってトロールの顔面に飛び移る。


 一は不可能だ。

 それこそエルフといったファンタジー世界の住人なら可能なのかもしれないけど、真白は普通の人間である。そもそも真白は喧嘩こそ強いが、運動神経は並か並以下なのだ。そんな芸当は出来るわけがない。

 それでは二しかない。

 木に登って飛び移る。これならいくらかマシな作戦に思えた。

 恐怖がないわけでないが、やらなければ死ぬなら、やるしかないのだ。


 真白は覚悟を決めると、「ホーリーライト」と唱え、まばゆい光の玉を生み出した。

 トロールには効果が絶大だったらしい。


「グォオオオオオ!」


 オークやゴブリンに食らわせた時よりも、遥かに苦しそうにトロールはのたうち回った。


 そんなに辛いのか、と疑問に思うが、上手くいっているなら問題はない。

 真白はトロールが苦しんでいる隙に木登りを始め、トロールの視線の高さまで登った。


 地面が遥か下に見えるほど非常に高い位置だが、もうやるしかないだろう。

 トロールにしがみつけずに落下すれば最悪死ぬかもしれない。そうならないように、最低でも首辺りにはしがみつく必要があった。


 トロールは未だ目を押さえている。やるなら今しかない。

 真白は思い切って飛んだ。


 しかし最悪のタイミングで、トロールの動きが変わった。

 持っている棍棒をぶんぶんと振り回し始めたのだ。さらに立っていることすら辛くなったのか、トロールは膝を着こうとしていた。

 どうやら魔法の光がよほど弱点だったようだ。


 跳ぶ必要なんてなかったのでは? 真白がそう思った瞬間、振り回していた棍棒が運悪く直撃した。

 刹那、意識が吹っ飛んだ。


 ………………。

 …………。

 ……。


 どれくらい気を失っていたのか、真白は激しい頭痛を感じながら目を覚ました。

 頭痛だけではない。体中が痛い。


 起き上がることすらままならないが、何とか右手を自分の体に当て「ヒール」と唱えた。

 体の痛みが随分マシになっていく。真白はさらに「ヒール」と唱えた。


 ようやく起き上がることが出来ると、周りの状況の確認を始めた。

 今いるのは森ではない。砦の前だ。こんなところまで転がってきてしまったらしかった。それでいて無事なのだから、レベルアップ時に獲得した『耐久』の効果はちゃんとあったようだ。

 森の方を見るとまだ騒々しい。戦闘は終わっていないようである。

 そしてなぜかすぐ近くからも悲鳴が聞こえている。悲鳴は「真白君!」と聞こえた。


 慌てて振り返ると、地面に転がる三つの人影があった。

 一つは首から上がない。


「は?」


 意味が分からず声を上げてしまった。


 よく見れば、それはオールバックの体らしかった。

 頭はどこへ行ったのか、どうして頭と体が泣き別れしているのか。

 しかしそんな脈絡のないことを考えている暇はなかった。

 もう二つの人影、それは地面に仰向けに倒れている桃華と、それに覆いかぶさっているスキンヘッドの人影だったのだ。

 状況は一目瞭然、桃華がスキンヘッドに襲われている。


 真白はすぐにオールバックの死体の近くに落ちていたダガーを取ると、二人の方へ走って行った。

 そしてオールバックの身に何があったのかわかってしまった。自分がこれからスキンヘッドに対して、何をしようとしているのか理解した瞬間に。


「おい、クソガキ。もういい加減観念しろ。お前は俺の仲間を殺した。だから俺に犯されなきゃなんねぇんだよ。それにどうせ死ぬんだ。俺もお前も。お前の彼氏みたいにぺっちゃんこになって。だったらよ、最後はせめて楽しもうぜ。なぁ?」


「いや、助けて、真白君……」


 真白はスキンヘッドの肩に手をかけた。


「なっ!?」


 スキンヘッドが驚いて振り返る。


 真白は躊躇しなかった。スキンヘッドが振り返ったと同時、目を丸くしているスキンヘッドの眉間に、持っていたダガーを突き刺したのだ。

 皮膚を、肉を貫く感触、頭蓋骨を割る感触、そして最後に柔らかい感触が真白の手に伝わった。

 すでに同じ感触をゴブリンで体験している。

 しかし今度のは魔物ではない。さっきまで一緒に戦っていた、いわば仲間、同族の、人間のものだった。


 真白は命を奪うその感覚に、打ち震えていた。

 そこには嫌悪も恐怖もなかった。命を奪った、その感動だけがあった。ゴブリンやオークの時以上に。

 命を奪い、生き残る。これが本来生きるということなのだ。


 今まで真白は生き物を糧にして生きてきた。

 手を合わせ「いただきます」と言い、目の前の命を食べた。

 しかしそれは命を食べたのではない。『食べ物』を食べたに過ぎないのだ。自分で殺しもせずに簡単に手に入る『食べ物』。それはもはや命とは呼べない。そんなものを食べて命を食べた気になっている自分は、家畜と変わらないのである。

 そもそも糧にする生き物に感謝するのはおかしい。そんなのは命を冒涜しているのと同じだ。例えば茜がオークに喰われるとき、オークが「いただきます」と言ったら許すのだろうか。断じて否だ。もしそんな場面に遭遇したら、真白は間違いなく「ぶっ殺してやる」と答えるだろう。


 真白はダガーを引き抜きながら理解していた。自分が生きているということを。

 人間は本来、同じ人間を殺すことを禁忌としている。一部の人間を例外として、脳にストッパーが掛けられているのだ。

 真白も当然そうだった。人を殺そうと思ったことは、おそらく一般的な人間より多いだろうが、実際に殺したことはない。先ほどまでは。

 こんな状況のせいで脳のストッパーはほとんど壊れかけていたのだ。自分が悪だと思った者を殺すのを、躊躇しないくらいに。

 そして脳のストッパーが完全に壊れところで、真白は生を理解し、自由を得た。

 もう社会と関わっていくのはやめた。自分が思うように、好きなように生きればいい。


 真白はスキンヘッドの死体を桃華から引き離した。

 桃華は無事だった。おそらく。

 また上着を剥がされ、白く滑らかな柔肌が露になっているが、パンツまでは脱がされていない。スカートがめくれているのですぐ確認できた。


「ありがとうございます」


 思わずお礼を言ってしまった真白だが、桃華から非難されることはなく、むしろ彼女は起き上がって真白を抱き締めてきた。


「真白君、私、私、人を……殺し……」


 真白は桃華の頭を撫でた。


「大丈夫。そんなの大した問題じゃない。俺だって殺したしな」


「私のせいで……ごめんなさい」


 泣きじゃくる桃華を離し、真白は真っ直ぐ彼女の瞳を捉えた。そしてにこやかに微笑んだ。ここ数年で、もっとも穏やかな笑顔だった。


「俺は戦いを終わらせてくる。桃華はここで待っていてくれ」


 しかし桃華はかぶりを振った。


「私も行く。だって、真白君が死んだら、私だって死ぬしかないから」


 それがどういう意味で言った言葉なのかはわからない。

 しかし真白は優しく頷いてあげた。


「わかった。その代わり言うことを聞いてくれ。桃華は物陰に隠れて隙を伺うんだ。絶対に俺より前に出るなよ」


 桃華はこくんと頷いた。


「よし、行くぞ」


 真白は言いつつ、スキンヘッドの持っていたロングソードを拾った。

 剣の振り方など知らないが、ないよりはましだろう。


 真白が先行し、桃華が後からついてきた。

 森からは未だに暴れ回っている音が聞こえてくる。ということは、陽炎はまだ無事でいるらしい。

 かなりの時間真白は戦線離脱していたはずだが、陽炎はそれを戦い抜いてきたのだ。


 しかしやはり二対一は無理があったらしい。

 戦場に辿り着くと、陽炎は肩で息をし、疲労困憊といった様子だ。

 攻撃をしている様子もなく、回避するのに全神経を注いでいるように見える。


 だがそれでも陽炎は人間離れしていた。

 よく見れば一体のトロールはその場から動こうとしていない。片膝を地面につけたままなのである。

 どっちのトロールが真白の相手だったトロールかわからないが、どうやらどちらかの一体にケガを負わせたらしい。そのおかげで二対一でも避け切っているのだろう。


 真白は辿り着くと早速魔法を唱えた。


「ホーリーライト!」


 これがこの戦い、最後の魔法だ。


 味方の目を潰すことのない、聖なる光がトロールたちの目を潰す。

 その途端に陽炎は攻勢に出た。

 真白も必死に駆ける。


 陽炎は怪我を負っていない方のトロールの動きを潰そうと躍起になっている。

 ならばと、真白は膝を着いている方に向かって行った。

 あれなら今すぐ止めを刺せるだろう。

 真白は膝を着いて動かないトロールの足元から一気に体を登っていく。

 そして登りきると、ロングソードをトロールの首の後ろ目掛けて突き刺した。


 トロールは声を上げなかった。

 いや、上げることが出来なかったのだろう。

 トロールは首を押さえるような仕草をしながら前のめりに倒れていき、そして絶命したのだった。


 もう一体の方を見れば、いつの間にかそいつも片膝を着いていた。

 どうやら陽炎の作戦は、徹底的に膝を壊して動き回れないようにすることのようだ。

 そしてそれは十分に効果を発揮している。

 もうこうなれば、陽炎の勝利は確定したも同然だろう。


「おい、バカ。こいつを使え」


 真白は自分が使っていたロングソードを陽炎に向かって投げた。


 陽炎はそれを器用にキャッチして見せた。


「兄貴! 生きてたんスね!」


 陽炎が嬉しそうに微笑んだ。


 そしてそのまま軽々と飛び上がってトロールの肩に仁王立ちし、真白から渡されたロングソードを後頭部目掛けて突き刺したのだった。


 大きな音を立ててトロールが倒れる。まるで家でも倒壊したみたいな轟音だ。


 トロールから飛び降りた陽炎が親指を立てて来る。

 真白は親指を立て返してやった。

 もっとも、二つの死体を見た陽炎が、これまで通り接してくるかは謎であったが。

 ともかく生き残ることには成功したのだ。


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