05.タワーディフェンスをやらされているんだが
真白はライアンに三つのことを聞いた。
本当はもっと多くのことを聞きたかったのだが、時間がなかったのである。
残りわずかな時間で真白が訊いたのは次の三つだ。
・詳細な勝利条件。
・詳細な敗北条件。
・敵はどんなのが何匹出て来るか。
ライアンの性格上の問題なのか、時間がないせいなのかはわからないが、返ってきた答えは実にシンプルである。
・勝利条件は五ウェーブ生き残ること、もしくは敵の殲滅。
・敗北条件は死ぬことと、砦を破壊されて砦の内側に侵入されること。
・ゴブリンがいっぱいともっと強いのがちょっと。
とりあえず勝利条件と敗北条件は理解できた。
出てくる敵、魔物については不安しか残らないが、もう出たとこ勝負するしかないだろう。
「さ、ほら早く外に出て。ファーストウェーブが始まっちゃうよ」
ライアンに急かされて、真白たちは階段を下りて砦の外に出た。
砦の前は芝生の生えた広場になっていて、その先にはどこまで続いているのかわからない森が広がっている。
敵はどこから来るのか。森からか、それともさっきみたいにいきなり出現するのか。
真白は後者の可能性が高いと考えていたのだが、答えは意外なことに前者だった。
森から複数のゴブリンが次々と現れてきたのだ。
「くそっ、マジで現れやがった」
オールバックが悪態をつく。
ちなみに、オールバックが狩人を選んでスキンヘッドが戦士を選んだようだ。
戦士を選ぶと、剣と盾がついてくるようで、スキンヘッドはそれを構えている。一方狩人は弓矢とダガーのようである。
オールバックが弓矢を使えるかどうかなど知ったことではないが、彼は一応それを持ってきていた。
「っしゃあぁぁぁ! 暴れまくるぜぇ!」
まだゴブリンが森から出てきている途中なのだが、陽炎が突っ込んでいってしまった。
陽炎は格闘家を選んだ特典で、鉄製の手甲と脛当てを手に入れている。
「真白君」
「放っておけ。それよりも鳴神さん、ナイフを貸してください」
「それはいいんだけど、真白君、出来たら昔みたいに『桃華』って呼んで欲しいな。あと、なんで敬語が混じるの……?」
黒魔法使いの特典で桃華が得たナイフを預かると、真白は代わりに白魔法使いの特典で得た長い杖を渡した。ついでに眼鏡も彼女に託す。
真白が何か頼みごとをするときだけ敬語を使ってしまうのは、癖みたいなものだった。
親の躾が悪い形で残ってしまっているのだ。真白は人との距離を上手く図ることが出来ない。
ナイフを借りた真白は、砦の防衛を桃華に任せて前に出た。
チンピラ二人がぎょっとした顔でこちらを見ている。
「おい、坊主。お前は治療担当じゃねぇのか? 前に出てどうすんだ?」
呼び止めてきたスキンヘッドを振り返った。
「何言ってる? 俺が治療するのは俺自身だ。そっちこそ怪我したくなかったら下がっとけ」
「このガキ……」
一触即発の雰囲気だが、仲間同士で争っている余裕はない。
森の手前で陽炎が暴れ回っているのにもかかわらず、出てくるゴブリンの量が多い。
やがて陽炎一人では捌き切れなくなり、五体のゴブリンが陽炎の左右からそれぞれ森を抜けてきた。
真白は囲まれる前に動いた。
自分の右側にいるゴブリンに向かって少し大回りして走っていく。
左側にいるゴブリンは真白よりもチンピラ二人の方が近い。左にいるゴブリン三体はチンピラを相手にするだろうし、右側にいるゴブリンを自分が相手すれば、ゴブリンの群れを集合させず分断できると考えたのだ。
「ギィィィィィ!」
予定通り、右側にいたゴブリン二体が真白に向かって走ってきた。
ゴブリンというのは、全く知恵がないというわけではないようだが、頭はすこぶる悪いらしい。
たった二体で勝てるわけがないのに、迷わず真白に正面から向かってくるのだ。
それとも、そういう生き物なのかもしれない。人間を見れば襲わずにはいられないという性を持った。
真白はまず、飛び上がってきた一体にナイフを逆手で持った左手で殴り飛ばすと、さらにもう一体が振るってきたナイフを躱した。
その避けざまにアッパーで右拳を顎に叩き込み、晒された首をナイフで掻っ切った。
「まずは一」
最初に殴り飛ばした一体が起き上がろうとしている。
真白は大股で近付くと、起き上がる前に胴体を踏みつけ、屈んでナイフを眉間に突き刺した。
「二」
残りの三体の様子を確認すると、さすがにゴブリン程度で苦戦することはなかったようで、チンピラ二人も難なく三体を屠っていた。
しかしこうしている間にも、続々と陽炎を抜けてゴブリンが現れてくる。
陽炎を見ればまだまだ元気に暴れ回っているようなので、単にゴブリンの数が多いのだろう。
それでも教室で取り囲まれた時よりは、ずっとマシといえる状況だ。広い屋外であれば囲まれることはないだろうし、今は陽炎という強力な味方もいる。
陽炎という男は、喧嘩では勝てたものの、単純な能力で言えば真白よりも遥かに上を行く存在なのだ。
襲い掛かられた時は厄介ではあったが、こうして味方に付いてくれれば頼りになるのである。
「三、四、五」
真白も次々にゴブリンを殺していった。
そして五体倒したところで、ゴブリンが森から出てこなくなった。
陽炎が動きを止めてこちらに戻ってくる。
陽炎の後ろを覗くと、ゴブリンの死体が十体以上ごろごろと転がっていた。それでいて彼はどうやら無傷らしい。まったく化物じみた男だ。
「兄貴ぃ、なんか出てこなくなっちまいましたぜ」
真白の代わりに、ポケットにしまっていたスマホが答えた。
「ファーストウェーブ終了。みんな頑張ったから時間が結構余ったよ。十五分休憩できるよ。今のうちに回復したりしてね」
「おい、ちょっと待て。これって何ウェーブあるんだ?」
「ん? 五だよ」
真白は盛大に溜息を吐いた。
あと四回もこんなことを繰り返さなくてはいけないのか。しかも今出てきたのはゴブリンだけだ。ライアンの話が本当なら、これからもっと強いのが出てくるのだろう。
「はっ、まぁ、肩慣らしにはちょうど良かったぜ」
一方で陽炎はまだまだ余裕がありそうだった。
頼り甲斐はあるのだが、その化物ぶりに呆れてくる。
後ろから桃華もやってきて、真白たちに合流した。
「ごめんね、真白君。私、何もできなかった」
「いや、いい。あれぐらいなら援護もいらなかった」
桃華はファイアボールという魔法を覚えたのだが、どれくらいの威力があるのかもわからないし、ゴブリン相手であれば必要なかっただろう。
話をしていると、突如全員の体が光った。
先ほどもあったレベルアップだ。
一人で十体以上倒した陽炎はもちろん、真白とチンピラ二人もゴブリンを倒しているからレベルが上がるのはわかる。
しかし一体も倒していないはずの桃華のレベルまで上がる理由がすぐにはわからなかった。
「もしかして同じチームだからか?」
「そうだよ」
真白の呟きに反応してライアンが答えた。
何のことを言っているか察してくれたらしい。
「でもチームじゃなくてパーティーね。君たちの世界でもそう言うでしょ? こういう場合」
おそらくRPGゲームなどのことを言っているのだろうが、真白はライアンの発言を聞き流しながらスマホを弄ってログを確認してみた。
Lv5. 白魔法『ホーリーライト』習得
レベルが上がったことにより、新たな魔法を習得している。
これが攻撃魔法なら随分楽になるのだが、効果についてまでは書かれていない。
「ライアン、これは一体どういう効果だ?」
「ん? あのね、眩しい光で闇を照らすの。目潰しに使ったり、暗いところの探索に使ったりできるよ。あと、魔法とかスキルの効果は『ステータス』のアプリを起動すれば調べられるから」
今開いている『職業』のアプリを閉じて、『ステータス』と書かれたアプリを起動した。
一体いつ撮られたのか、そこには真白の顔が映っており、横にフルネームや年齢まで載っている。
画面を下にスライドしていくと、『状態:健康』や、『スキル』、『魔法』、『装備』などの項目があった。
魔法の下には『ヒール』、『ホーリーライト』と、今までに習得した魔法が載っている。試しに『ホーリーライト』をタップしてみると、詳細の説明が出てきた。
本当にゲームそのものだと、真白が訝しんでいると、桃華がスマホを持って近付いてきた。
その顔を見ると、どういうわけか瞳を輝かており、実に楽しそうな表情だ。
「ねぇ、ライアンちゃん。私もレベル五になって『ウィンドカッター』って新しい魔法を覚えたんだけど、どれくらいの威力があるのか教えてくれる? 書いてある説明だけじゃ範囲魔法ってことはわかるんだけど、威力までわからなくて」
桃華は声までも弾んでいた。
さっきまで自分の方が上だったレベルが、いつの間にか追いつかれたことはさておき、どうやらこの状況を楽しみ始めたらしい桃華に冷めた視線を送った。
しかし桃華は夢中になっているのか、真白の視線に気付いていない。
また真白の持つスマホが話し始めるかと思ったのだが、ライアンの声は真白の持つスマホではなく、桃華の持つスマホの方から聞こえてきた。
どうやらスマホの間を行き来することが出来るらしい。
「そうだね、ゴブリンくらいなら一撃で殺せるよ。巻き込まれたら人間も怪我くらいするんじゃないかな。フレンドリーファイアには気を付けてね」
「滅多なことで撃つなよ」
「う、うん、わかってるよ?」
真白は嫌な予感がしたので念押ししたのだが、どうやら撃つ気満々だったらしい。
ゲームの世界を楽しみだした幼馴染を、より一層冷たい目で見つめた。
「それにしても俺の覚える魔法弱くないか? 範囲攻撃と目潰しって差があり過ぎるだろ?」
「まぁまぁ、兄貴にはあの卓越した喧嘩技術があるんだから良いじゃねぇですか?」
喧嘩技術ではなくボクシングの技術であるし、それは自分の努力で得たものである。
言うまでもなく、白魔法使いと黒魔法使いで差があることに不満を感じているのだ。
真白は陽炎のことは無視して、手に持ったスマホをぶんぶん上下に振ってみた。
「あのね、真白。僕は別にスマホの中にいるわけじゃないから、いや、いるといえばいるんだけど、ともかく、そんなことしても僕には何の害もないからね。
覚える魔法に差があるのは、職業によって役割が違うからなの。君の職業は攻撃役じゃないんだから、攻撃魔法を覚えないのは当たり前でしょ。まったく、攻撃的な性格のくせに白魔法使いなんて選ぶから」
「心外だ。俺は平和主義なんだが?」
「「「え?」」」
ライアン、桃華、陽炎の声がかぶった。
真白が桃華と陽炎を見ると、さっと視線を外される。
どうやら誰も真白のことを平和主義者とは思っていないらしい。
全く以って心外であった。
確かに陽炎を叩きのめしたし、過去に暴力沙汰で一週間停学になっているが、それは降りかかる火の粉を払っただけにすぎず、すすんで暴力を振るうつもりはないのだ。人を殴るのが好きということは別にして。
「ほらほら、もうそろそろ準備して。セカンドウェーブが始まるよ」
ライアンに促されて真白はスマホをしまった。
桃華も砦の方まで戻っていく。チンピラ二人の方も準備は万全のようだ。
「っしゃあぁぁぁ! 今度はもっと歯応えのあるやつ来いやぁ!」
陽炎が手甲を打ち鳴らして吠えた。
陽炎のリクエストに応えたわけではないだろうが、森の中から現れた影はゴブリンよりも大きなものだった。目測では陽炎と同じくらいの背丈がありそうだ。
早速陽炎が飛び出していこうとするのだが、真白は彼の襟首を捕まえて留めた。
「待て。どんな奴か見たい」
「へい」
それはどうやら革の鎧を纏っているようだった。手には斧も持っている。
背丈は成人男性の平均よりも高く、ガタイはもっとある。
そして焦げ茶色の体毛に猪のような顔、二足歩行をしているそれは、ファンタジー世界では『オーク』と呼ばれるものだ。
明らかにゴブリンよりも格上の相手だろう。
とりあえず今日はここまで。感想お待ちしております。