04.スマホの妖精って初めて聞いたんだが
真白は目の前で土下座する大男を困った目で見詰めていた。
真白は生まれてこの方人の上に立ったことがない。何かリーダー的なことだって経験がないのだ。
子分ができるということは、自分は親分になるのだろうか。
だが何の親分なのか、そもそも親分とは何なのか。
はたまた陽炎が兄貴と呼んでいるということは、この男は弟になるのか。
真白は腕を組んで首を捻るしかできなかった。
「よし、兄貴。俺の名前は黄金井陽炎だ。これからよろしく頼むぜ!」
何も答えないことを勝手に承諾と取ったらしく、陽炎は立ち上がると満面の笑みを向けてきた。
桃華が真白にブレザーと眼鏡を返しながら視線を送ってくる。「このままじゃ本当に兄貴にされちゃうよ」と言いたげだ。
確かにこんなよくわからない男の兄貴分にされるのは願い下げである。だがこれから何が起こるのかわからない以上、敵対するよりは仲間でいてもらった方が助かるというのも事実だった。
だがやはり面倒だ。
真白がどう対応するか悩んでいると、机の上にあったスマホが鳴り始めた。
その場にいた者の視線がスマホに集まる。
一番近くにいたのは桃華であるが、すぐに取る勇気がないらしく、真白に不安そうな視線を送ってきた。
真白は迷わず手を伸ばしてスマホを取った。
そして画面に表示されている『着信』をタップする。
「もしもし」
スマホに向かって話しかける真白に対し、その声はその場にいる誰もが聞こえるほどの大声で話し始めた。
「あー、やっと終わったー? そろそろ話しても良い?」
真白は渋い顔をしてスマホを耳から離した。
「さてさて、まずは自己紹介といこうか。僕の名前はライアン、スマホの妖精だよ」
スマホの妖精とやらは真白の答えを聞くつもりはないらしく、勝手に話し始めた。
周りに人の話を聞かない人間が多いため、慣れてはいる。
真白はとりあえず大人しく聞くことにしたのだが、チンピラ二人が騒ぎ始めた。
「おい、待て、てめぇがこれの首謀者か!?」
「ここはどこなんだ!? とっとと元に戻しやがれ!」
チンピラ二人の怒声に、ライアンはうるさそうに返す。
「うるさいなぁ、いっぺんにしゃべらないでよ。まずは説明を聞いてくれない? 質問はそれからで」
真白が二人を睨んだ。
チンピラ二人はまだ何か言いたそうではあるが、口を噤む。
自分たちが一蹴された陽炎相手に勝ったのだ。自分たちでは到底敵わないとわかっているのだろう。
「はいはい静かになったね。続けるよ。
今から三十八分後に魔物が攻めてきます。みんなはこの砦を守ってください。ちなみに守れなかった場合は死にます」
桃華が真白の腕にしがみついてきた。その瞳は不安に揺れている。唐突にわけのわからない存在に命を懸けた何かをさせられようとしているのだ。恐怖を抱くのも当然だろう。
「本当に頑張って守ってね。みんな死んだら僕も死んじゃうんだから」
ライアンの声が一オクターブ低くなった。
なぜ自分たちが死ぬとライアンまで死ぬのかわからなかったが、どうやら冗談ではないらしい。
「まずはみんなでそれぞれ相談し合って、リーダーと職業を決めてね。どういう風に砦を守りながら魔物をせん滅するかが重要なんだから」
リーダーだの職業だの、ライアンの言葉にはよくわからないことが多いが、砦という言葉に反応して、真白は窓の方に歩いて行った。
窓から外を見てみると、この建物の向こうには広場とその先には森が広がっている。
そしてこの石造りの建物はライアンの言う通り、何かの外壁の一部として造られたような、中世ヨーロッパの世界を想起させる砦だった。
「テーブルの上にスマホが人数分あるでしょ? そのスマホに『職業』ってアプリがあるからそれを起動して、なりたい職業をスワイプすれば『戦士』、『格闘家』、『狩人』、『黒魔法使い』、『白魔法使い』の中から選べるよ」
テーブルの上には四台のスマホがある。
どうやら真白の分は、今手に持っているスマホになるらしい。
出来ればしゃべらないスマホが良かったと、真白は渋面を作るのだが、どうやら会話中でもアプリは起動できるようだ。
真白はライアンの話を聞きながらスマホを操作し始めた。
「んで、リーダーは誰にしようかな?」
ライアンが言うと、真っ先に陽炎が挙手した。
そんなタイプには見えないが、率先してやってくれるのかと真白が疑問に思っていると、陽炎は上げた手をそのまま真っ直ぐ直角に下ろして真白の方に向けてきた。
「やっぱりここは兄貴にお願いしゃあすよ。なんせこの中で一番強ぇんだから」
真白が半目になる。
心の中では「こいつ」と思いつつも、敢えて否定はしない。
しかしすぐにチンピラ二人が否を唱えた。
「待て待て、ステゴロの腕と統率力は別だろ。こういうのはな、大人に任しときゃいいんだよ」
スキンヘッドがそう言うのだが、真白は彼がオールバックと一瞬目を合わせたのを見逃さなかった。
どうせろくでもないことを企んでいるのだろう。
真白はしかし何も言わない。
すでに決まっているのだ。自分がどうすべきかなど。
「別に俺は誰がリーダーになっても良い。誰がリーダーになっても俺は従わないし、やりたいようにやる」
チンピラ二人が何か言おうとするのだが、それを遮って桃華が大声を出した。
「わ、私も真白君にお願いしたい!」
「待てっつてんだろ! 子供は大人の言うことききゃいいんだよ!」
このままでは話が進まないかと思われたが、ライアンが言い合いになるのを遮って声を上げた。
「はい、じゃあ、多数決によりリーダーは光坂真白君に決定! なおこの決定は覆せませーん」
「なっ!?」
強引ではあるが、これ以上無駄な時間を作らないで済むのは有難い。
ライアンの話が本当なら、これから戦いが始まるのだから。
真白は話に耳を傾けつつも、ずっとスマホの画面に集中しており、どの職業にするか考えていた。
この職業というのは、まるでゲームのようで胡散臭いのだが、説明に書いてあることが本当なら面白いし、力になるだろう。
書いてあることを要約すると、職業を選んでレベルを上げればその職業に応じてスキルを得たり、ステータスを上げたりすることが出来るらしい。
いかにも嘘っぽく、ゲームそのものであるが、それが本当かどうかは試せばすぐわかるのだ。
真白は職業をどれにするか、すでに決めていた。
ボクシングをしていた時に一番困ったことがある。
それは怪我だ。
自分のパンチ力に耐えられなくて拳を壊す。一度拳を壊してしまうとしばらく練習が出来なくなってしまう。
怪我さえなければどれだけ自由に練習できるだろう。
怪我を無くす、それこそが真白にとって一番欲しい能力だった。
『白魔法使いに決定しました』
真白は迷わずに『白魔法使い』の項目をタップしていた。
「うぇえっ!? 何でもう押しちゃったの?! 話し合って決めろって言ったよね!?」
「知らん」
スマホの先からライアンの慌てふためく声が聞こえるが、真白は我関せずというように、自分の体を眺めていた。
変化はすぐに起きた。
突然体が淡く光り始めたのだ。
それはすぐに治まり、あとにはいつも通りの自分の体があるだけだった。
「何だ、今の?」
思わず口走っただけで、特に質問したわけではないのだが、ライアンがそれに答えてくれた。
「はぁ、レベルアップだよ。画面を見てみなよ」
言われたとおりにすると、画面に大きく『白魔法使い』と書かれているそのすぐ下に、『Lv.4』という表示があった。
なぜまだ何もしていないのに、すぐにレベルが上がったのかわからず首を傾げていると、またしてもライアンが説明し始めた。
「ここに来る前にゴブリンを殺したでしょ。その時得た経験値が蓄積してたの。……って、三十二体も倒したの!? 頼りになるんだかならないんだか、この人リーダーにしちゃって大丈夫だったかなぁ」
画面にはまだ他にもいくつか項目があり、その中にログというアプリがあるのを発見する。
それを見てみると、
Lv1.白魔法『ヒール』習得
Lv2.MP(小)が上がった
Lv3.MP(小)が上がった
Lv4.耐久(小)が上がった
という表示があった。
「ヒール」
真白は早速自分の拳にヒールをかけてみた。
拳のみならず全身が白く光り、それと共に痛みが引いていく。拳だけではなく、頬の痛みもだ。
「真白ぉ! 君ってば、本当に考え無しだね?! 何で早速使っちゃったの? ヒール使うのにはMP消費するんだよ? もうあと一回しか使えないじゃん!」
ぎゃあぎゃあと喚くスマホに、真白は眉根を寄せた。
「うるさい。どうせこの拳じゃ戦えないだろ」
「いやいやいや、君は白魔法使いなんだよ? 白魔法使いの役目っていうのは、味方の回復なんだからね!」
「知るか。俺はやりたいようにやる。それにこんな急ごしらえのチームじゃ連携もくそもないだろ。各々が勝手に戦った方がきっと上手くいく」
「『きっと』ってなんだよ、『きっと』ってー!」
まだ喚き続けているライアンを尻目に、他の四人もそれぞれスマホをいじり出していた。
「一度誰かが選んだ職業は選べないみたいね」
「じゃあ、俺様は『格闘家』にするぜ」
「私は『黒魔法使い』にしようかな。この中じゃ一番力がないし」
桃華と陽炎も特に話し合うといったことはせず、さっさと自分の職業を決めてしまったようだ。残ったチンピラ二人は『戦士』と『狩人』の二択しかない。
しかし二人は未だにこの事態に納得している様子はなく、職業を選ぶよりも真白の持つスマホに向かって怒鳴っていた。
「何で俺たちがそんなことしなきゃなんねぇんだ!?」
「首謀者は誰だ!?」
さっきは質問に答えなかったライアンだが、今度は約束通りに質問に答えるつもりらしい。
「何でって、自分たちでゴブリン十体を倒したからでしょ。説明があったじゃん。ゴブリンを十体倒せば特別ステージに行けるって。あれ? そういうことじゃないの? まぁ、でもやんなきゃ死んじゃうよ?」
どう足掻いてもそのゲームに参加にしなければならないのはわかっていた。
それにもう一つの答えもわかっている。
こんなことが起こせるのは、あの二週間前に現れた“卵”くらいのものだろう。つまり答えは、異星人である。
「首謀者っていうか、このゲームで遊んでるのは当然“神様”だよ」
思っていたのと違う答えに、真白は目を見開いていた。
そして訊かずにはいられなかった。
「神様なんて実在するのか?」
「もちろんさ」
俄かには信じられなかった。
真白は当然驚愕しているのだが、それよりも強い感情があった。
それは憎しみだ。神に対する。
小学生の頃の真白は神に祈った。自分を救ってくれと。
それは当然叶えられなかったし、だから自分で強くなる道を選んだのだ。
その結果として、神は存在しないという答えを受け入れた。
神は存在しない。だから自分は強くなれた。誰かに助けを求める弱い自分を捨てて、強さに固執したからこそ。
神など存在してはいけないのだ。強きを助け、弱きを殺す神など。
しかし真白は頭を振って自分の考えを切り替えた。
多分ライアンの言う神は、真白の思っている全知全能の神などではないのだろう。そもそもそんな神は存在し得ない。
神とは結局概念でしかない。
ライアンにとってそれが神なのであって、真白にとっての神はライアンが神と呼ぶものではないのだ。
「俺の神は俺だけだ」
「お? んん? おお?」
ライアンはよく意味が分からんというような反応であるが、真白とて別にわかって欲しいわけではない。
神など信じない、それだけの話なのだ。中二乙と言われれば、確かにそうだが。
「そんなことよりも、今はとりあえず職業を選んだ方が良いんじゃないか?」
真白はチンピラ二人に向かって言った。
ただ親切心で言ってやったわけではない。
これから自称神が生き残りをかけたデスゲームを始めようというのだ。戦力は少しでもある方が良い。
それに、この二人に無駄な質問をさせるわけにはいかなかった。
まだ聞かなくてはいけないことがいくつもあるのだ。残された時間で、できる限り。