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03.いきなり絡まれたんだが

 真白は気付けば椅子に座っていた。革張りの椅子で座り心地は悪くない。

 目の前には丸いテーブルがあり、それは石造りである。

 すぐに思いつくのはアーサー王伝説の円卓の騎士であるが、真白の知っているものとはちょっと違ったし、座っている人間の数も十三人もいなかった。


 そう、自分以外にも人がいる。

 男ばかりであるが、ふと隣を見ればそこには桃華がいた。


「生きてる、な?」


「真白君?」


 二人はしばし呆然と見つめ合った。


 桃華は先ほどまでのほとんど裸、傷だらけの姿ではなく、ちゃんとどこにも傷のない制服を着ていて、体にも傷があるようには見えない。

 ふと自分の体を眺めてみるが、それはどうやら真白も同じようである。


「真白君!」


 唐突に桃華が立ち上がり、抱き着いてきた。


 柔らかな感触が伝わってくるが、真白はそれどころではなかった。


「待て待て待て、ここはどこだ? 茜は? ゴブリンは?」


 辺りを見回してみるが、ますます混乱に陥るばかりだ。


 自分たちが今いる場所は石造りの部屋であり、どう見ても教室ではなかった。

 石壁には何に使うのか、剣や槍や弓などの様々な武器が立て掛けてある。

 さらに壁の一部にガラスのない穴が開いただけの窓があるのだが、そこからは青い空が見えた。どうやらここが高いところのようだということだけはわかる。

 あと他にあるものといえば、同じように椅子に座っているガラの悪い男が三人と、机の上に置かれたスマホだけだった。


 真白がとりあえず自分の目の前のスマホに手を伸ばした時、ガラの悪い男のうち二人が立ち上がって声を掛けてきた。


「おぉ、兄ちゃんたちよ、こんなわけわかんねぇ状況でイチャついてんじゃねぇよ」


「いやいやいや、楽しそうじゃねぇか。だったら俺たちも混ぜてくれよ」


 一人はスーツを着たスキンヘッドの大男で、もう一人はシャツを着たオールバックで長身の男である。

 どう見てもカタギではなかった。


 それまで真白に抱き着いていた桃華がその二人を睨んだ。

 さっきまで命のやり取りをしていただけあり、これくらいのことでは怯まなくなったらしい。

 それは真白も同じだった。

 何よりも今は状況を把握したいという気持ちが強く、早くスマホを確認したいのだ。


「うるさいチンピラ」


 真白はそれだけ言ってスマホを手に取った。

 何か起きるかと身構えるが、何も起きない。


 いや、確かに何かは起きた。期待していたことではないが。


「あ゛あ゛!?」


「何調子に乗ってんだ? クソガキ」


 チンピラ二人が真白を威嚇し、近付いて来ようとしたとき、突如としてもう一人いたチンピラが立ち上がった。


 真白たちに絡んできた二人も十分に大きかったのだが、そいつはさらにデカかった。

 背丈は二メートル近くあり、眉毛は細く短く、赤く染めた短髪を逆立てている。他の二人より明らかに若いのだが、威圧感はそいつの方が何倍もあった。

 そして立ち上がった男は、何を思ったのか唐突にその二人を殴り飛ばしたのである。


「て、てめ、なにしやがっ!? ぐぇっ!」


 倒れたスキンヘッドが言い終わる前に、短髪の赤髪がスキンヘッドの腹を蹴り上げた。


 真白は一旦スマホを机の上に戻し、その男を見た。

 他の二人はどうでも良かったが、そいつの強さだけは無視できないものだったのだ。


「まずは名乗らせてもらうぜ。俺様の名前は黄金井陽炎。んで、そっちのマブいねぇちゃんの名前を教えてくんねぇかな?」


 赤い短髪、陽炎は真っ直ぐ桃華を見て言った。


「鳴神桃華ですけど……」


 桃華は不安げに名乗った。

 素人目に見ても、陽炎の放つ威圧感は異様なのだ。


「そうか、桃華ちゃんかぁ。ああ、可愛い名前だ。俺様はよぉ、桃華ちゃんのことが好きになっちまったぜ。どうだ、俺と遊んでみねぇか?」


「お断りします」


 桃華は間髪入れずに拒否した。


 だがフラれたからといって、陽炎が気にしている様子はない。

 この手の輩はきっとそういうものなのだろう。相手の気持ちなんてどうでも良くて、無理矢理だろうが何だろうが、自分のものにしてしまえと思っているのだ。

 そうであれば、次の行動は予測ができる。


「だと思ったぜ。というわけでそっちの兄ちゃん、俺様と勝負しやがれ」


 陽炎はびしっと人差し指を差した。

 もちろんその先にいるのは真白である。

 邪魔者の排除にかかるのは当然だろう。


「兄ちゃんには何の恨みもねぇが、桃華ちゃんは兄ちゃんに惚れてる。つまり桃華ちゃんの惚れてる兄ちゃんをボコれば、桃華ちゃんが俺様に惚れるって寸法よ」


 真白は思わず半目になっていた。


 思っていたのとは少し違うらしいが、予想の斜め上をいっていた。

 こんなバカを相手にするのは御免こうむるのだが、無視できるような相手ではなさそうだ。


「待ってください。私は真白君が負けてもアナタを好きになったりしません」


「んなもんボコしてみなきゃわかんねぇぜ」


 桃華が止めに入るが陽炎は考えを変えるつもりはないらしい。


「だが安心しな。俺様が勝っても桃華ちゃんが俺様に惚れなかった場合はちゃんと諦めてやるからよ」


 単細胞のようではあるが、他の二人のようなクズでもないようだ。


 その二人のうち、オールバックの方が倒れたまま急に声を上げた。


「思い出したぞ。黄金井っていやぁ、犬塚一家の総長の孫じゃねぇか」


「犬塚一家って、まさか、あの、食見(しきみ)組のか。武闘派のアイツらでも手が付けられねぇって噂の……?」


 チンピラ二人が倒れたまま、真白に憐れむような視線を向けていた。まるで「死んだな」とでも言いたげだ。


 陽炎という男はどうやら有名人のようだ。

 そんな厄介な人物とは、普段であれば何としても関わり合いになりたくないが、避けて通ることは出来なさそうだった。


 真白は立ち上がってブレザーを脱いだ。さらに眼鏡を外す。


「持っててくれ」


「真白君……」


 桃華のために戦うというわけではない。

 ただ降りかかる火の粉を振り払うだけだ。これまでそうしてきたように。己の力で。

 それに五人中の四人が、真白に勝ち目がないと思っているのが癪に障った。

 自分自身では負けるなどと微塵も思っていないのである。


「おっしゃあ! やる気になったんてなら容赦しねぇぜ!」


 言うが早いか、陽炎は机を飛び越えて真白に殴りかかってきた。


 真白は顔面目掛けて飛んできたその右の拳を、寸でのところで頭を振って避ける。

 思った以上に速い一撃だった。そしてそれよりもさらに予想以上の威力が込められた拳だ。

 耳元で轟音が唸る。


 陽炎の攻撃はまだ終わったわけではない。

 今度は反対の左手で真白の顔面を掴もうとしていたのだ。

 しかし真白は体を振った反動を利用して、左のフックを陽炎の脇腹に叩き込んだ。


 陽炎は驚いたような表情を浮かべ、一歩後退した。

 効いているのかどうかわからないが、左手で自分の脇腹をさすっている。


「驚いたぜ。俺様のスピードについて来れるうえに反撃までするなんてな。しかもなかなか良い拳骨持ってんじゃねぇか。兄ちゃん、ボクサーか?」


 真白は答えず、ただ陽炎の様子を観察していた。


 驚いたのは真白も同じだ。

 あの図体で有り得ないほどの速度、そしてあの体から発せられる剛力、どれをとっても真白よりも格上である。

 しかも体が異常に硬い。まるでコンクリートでも殴ったかのような硬さなのだ。


――だけどそれだけだ。


 一目見た時から、ポテンシャルで自分が負けていることなどわかっていた。

 それにも関わらず受けて立ったのは、それだけじゃ負けないと思ったからだ。

 そしてその読みは当たっていた。

 陽炎は強すぎる。だからこそ真白にも付け入る隙があった。


「次はこっちから行くぞ」


 真白はボクシングスタイルで陽炎に向かって踏み込んだ。


「はっ! 上等だ!」


 陽炎はすぐさま迎え撃つ体制を整える。


――まるで野獣だ。


 立ちはだかる陽炎はそう思わせるだけの圧力がある。

 しかしだからこそ真白は自分の勝利を確信していた。


 獣というのは得てして人間よりも高い運動能力があるものだ。

 人間が他の動物に勝てそうな要素なんて、せいぜいが持久力くらいのものだろう。

 もちろん正面から殴り合えば、ウサギだの鼠だのの小動物が相手でない限り、人間が勝てることはほとんどない。中型犬にだって勝つことは難しい。

 陽炎は人間であるが、動物としての格は明らかに真白より上である。


 それでも真白が勝てると思うのは、真白が『人間』だからだ。

 武器を持たずに虎を殺そうとする人間はいない。武器さえあれば、人間はどんな動物にだって勝てるのだ。

 真白にとって陽炎は武器を持たない獣、そして真白は武器を持った人間である。


 真白は陽炎の目の前で突然態勢を低くした。

 さらに目で追われるより早く体を死角に滑り込ませ、左ストレートをさっき殴った場所に寸分違わず叩き込んだ。


「ぐはっ」


 陽炎の体が()の字に折れた。


「アンタの体は鉄か何かか」


 陽炎の反撃が飛んでくる前に真白は跳んでその場を離れる。


「ちっ、やっぱりボクサーじゃねぇか」


 陽炎は悪態を吐きつつもさっきまで真白がいた場所に拳を振るっていた。

 あと少し遅ければ首の骨が折られていたかもしれない。

 だがその拳はさっきよりも精彩を欠いている。どうやら最低限の目標は達せられたらしい。


 真白は確かにボクシングジムに通っていた。視力の低下により、プロになることを断念するまでは。

 通い始めたきっかけは、もちろん苛めから自分を守るためだ。だが周りから才能があると褒められ、スパーリングで負けなしだったことでプロを目指すことを決意したのである。

 プロになることは叶わなかったが、おかげで今はこうして目の前の獣を相手に戦える。攻撃は避けられるし、拳を当てることだって出来た。


 しかしそれだけ満足するわけにはいかない。問題はどうやって倒すかだ。

 陽炎の肉体は異常に硬く、数発殴った程度では倒れないだろう。

 数発といわずこのまま殴り続けていればいつかは倒れるかもしれないが、それも危険すぎた。

 陽炎は勘が鋭いようだし、戦いの中で学習していくだろう。

 戦いが長引けば、いつか攻略されてしまうかもしれない。いや、必ずすべて見切られてしまうと真白は読んでいた。


 だから準備をしたのだ。次の一発で決めるために。


「今度はこっちから行くぞ! っらぁぁぁ!」


 陽炎が右の拳を振りかぶって殴りかかってくる。

 避けるのは簡単なテレフォンパンチだが、だからこそ真白はこの一撃にかけることにした。


 陽炎の拳が真白に伸びる。

 しかし真白はそれを避けなかった。

 真白の顔面に直撃する大砲のような一撃、だが同時に真白も左の拳を伸ばしていた。

 真白の左腕と陽炎の右腕が交錯した。


「真白君!」


 真白の拳が陽炎の顔面に突き刺さり、そして陽炎が地面に倒れた。

 必殺の一撃を受けた真白に見下ろされながら。


「いってぇ」


 真白は殴られた顔面を押さえながら呻いた。

 当たる瞬間、首を捻ってヘッドスリップしたはずなのに、その威力を殺し切ることは出来なかったのだ。


 なんて馬鹿力だと、真白は倒れている陽炎を見下ろしていた。

 しかししばらく立ち上がってくることはないだろう。

 真白の拳は完璧なタイミングでカウンターとなって陽炎の顎の側面を捉えていた。ジョーと呼ばれる人体の弱点の一つだ。ここを殴れば脳震盪を起こすことがある。

 今まさに陽炎はそうなっているはずだった。


 拳が思い出したみたいに痛み始めた。

 真白は手首をぶんぶん振る。拳も顔も痛い。

 勝つには勝てたが、こちらも被害甚大だ。


「真白君、大丈夫なの?」


 心配そうに見ていた桃華が近づいてきた。


「大丈夫じゃない。顔面痛いし、拳もジンジンする。折れてはないみたいだけど」


 涙目の真白に、桃華が柔らかな笑みを浮かべた。


「真白君、やっぱり強いんだね」


 確かに強くなった。

 しかしそれは、そうしなければ自分を守れなかっただけだし、まだ自分を守れるだけの強さが備わっているとは思っていなかった。

 もっと強くならなくてはいけないのだ。何が相手でも自分を守るために。


「何なんだ、このガキ……」


「あの、黄金井陽炎を倒しちまいやがった」


 チンピラ二人が驚いているが、真白にしてみればそんなことは大したことではない。


 きっと陽炎よりも強い人間も、自分よりも強い人間も、探せばごまんといるのだろうから。


「俺よりも世界チャンピオンの方が強い」


 真白はさも当然だと言ってみせたのだが、チンピラ二人は「何言ってるんだ」という目で見て来るし、桃華に至っては面白い冗談を聞いたというように、ケラケラと笑っている始末だ。

 真白としては真剣だっただけに心外である。


 だが真白の言葉を本気に捉えた人物もいた。


「なるほどな、この俺様が負けるわけだ」


 陽炎はそう言うと上体を起こしてみせた。


「このバケモノ……」


 しばらく伸びていると思っていただけに、真白のショックは大きかった。


 まだ戦えるし、勝てる手は残っているが、果たして本当にそれが陽炎に通じるのか、もうこの先は一度も倒れないのではないか、真白はさすがに自信を無くし辟易するしかなかった。


 陽炎が立ち上がる。

 しかしやはりダメージはちゃんと残っているらしく、二、三歩その場でよろめいた。


「っと、初めてだぜ、叩きのめされるなんざぁ」


 陽炎が真っ直ぐに真白の目を見詰めてきた。

 陽炎の瞳に映っているのは、げんなりした顔の真白である。


 まさかもう一回戦か、と真白が覚悟を決めかけた時、突如として陽炎が地面に突っ伏した。

 倒れたのか、と真白は訝しんだがどうやら違うようだ。

 陽炎は膝をついて座り、両手を地面についている。そして下から真白の顔を見上げていた。


「頼んます、俺様、いや、俺を兄貴の子分にしてくれ!」


 陽炎はそう言うと、地面に額を付けたのであった。


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