13.話し合いにならないんだが
園部は真白たちと同じように、普通の格好をしていない。
制服の上に皮の鎧の胴と、銀色に輝く垂を身に纏っていた。だがそれよりも警戒すべきは腰に差している武器だ。
見た目は何かの刃物類だが、ロングソードとは違う。そこまで長くないのだが、ナイフやダガーよりは大きい。
何かはわからないが、真白はそこだけに大きな圧を感じていた。
園部は真白を見るなり、ケラケラと笑い始めた。
「光坂、何だその恰好。お前ガチャ運なかったんだな」
園部を見てすぐにエレノアを下がらせたが、おそらく彼はエレノアを見ているはずだ。それでも装備を見て笑う余裕があるということは、自分の方が上だと判断したのだろう。
「お前一人か?」
真白が訊くと、園部は明らかに不愉快そうな表情に変わった。
「あ゛あ゛!? もっと他に言うことがあるんじゃねぇか?」
そう言われてもわからなかったので、真白は首を傾げる。まさか装備を見て驚けとでも言うのだろうか。
「ちっ、まぁいい。人数が多くなると、面倒だからな。他の奴らは置いてきたぜ。茜ちゃんたちも一緒にな」
真白は一気に警戒心を上げた。
まさか園部達が途中で茜たちと遭遇するとは誤算だった。いや、おそらくトロールを倒した時に気付かれたのだろう。園部達も真っ直ぐあずきたちのいる教室に向かったに違いない。
しかし茜たちと一緒になったのにも関わらず、茜たちが屋上へ行くのを阻止し、自分だけがここへ来たということは、何かしらの要求をしてくると思った方が良かった。きっとろくでもない要求を。
真白は試しにエレノアに念じてみた。影の中を移動し、茜たちの方へ行けないか、と。
するとエレノアが真白の影から移動していくのを感じる。どうやら直接命令しなくても、真白の感情を読むことができるらしい。
真白は最後に「茜の傍に隠れて、何かあったら守れ」と命令すると、完全にエレノアの気配が近くから消えた。これで少なくとも茜だけは守れるはずだ。
「俺に何か用があるのか?」
真白は今すぐ殺したい衝動を抑え、なるべく平和的に話を進めようとしていた。
茜たちが宮島と一緒にいる。人質に取られている、とまではいかないが、なるべく危険に晒すわけにはいかない。
「そうだな、まずは土下座しろ。お前は俺に謝んなきゃいけないことがあるだろ?」
おそらく一度病院送りにした時のことを言っているのだろう。
無論、被害者は真白の方だ。確かに全員病院送りにしたが、仕掛けてきたのは園部達であったし、真白とて怪我を負っている。
「断る。お前に謝ることなんて何もない」
真白は平和的に解決することを諦めた。
園部達の戦力はわからないが、こんな奴らに屈するぐらいなら徹底抗戦を選ぶ。
「あ゛あ゛!? お前、自分の状況が分かってんのか!?」
「茜たちを人質に取ったつもりか? 桃華だって戦えるぞ」
桃華については半分ブラフもある。使えるのは攻撃魔法だけだし、宮島とどれくらい渡り合えるのかわからなかった。
しかしいざとなれば、桃華は手段を択ばないだろう。桃華が決して弱くない人間だということは、今日一日で十分知った。
だが園部は、そんなことは考えていなかったようだ。
「はっ! お前如きに人質が必要かよ。お前の武器はせいぜいがさっきのデカい熊くらいのもんだろ? 見てわかんないのか? お前と俺の戦力の差がよ」
つまり茜たちは人質として確保しているわけではなく、純粋にトロールを出現させないために引き離しているだけのようだ。
真白はひとまず安堵した。
これで心置きなく、園部と戦うことが出来るのだから。
しかし戦う前に、目的だけは聞いておきたかった。それで何が変わるというわけでもないのだが。
「一応聞いておくが、俺が謝ったところで何になる?」
もちろん真白に謝るつもりはない。
だが園部は真白が謝る気になったと勘違いしたようだ。少し怒りが和らいだようで、楽しそうに説明し始めた。
「ああ、お前が謝れば、お前を俺の下僕にしてやってもいいぜ。茜ちゃんは俺の女にして、俺が面倒見てやるよ」
「もう一つ聞いておくが、断ると言ったら?」
再び園部の機嫌が悪くなる。
自分の運動神経や容姿など、持っているものだけでこれまで人生を謳歌してきたのだろう。実に単純な男である。その点は陽炎に似ているが、真白には陽炎の方が数十倍マシに見えた。
「お前マジで言ってんのか? 俺には盾もあるし、ミスリルの防具もある。それに俺の持っている武器はSRだ。お前みたいな運無し野郎が勝てるわけないだろ? それでも断るって言うんならな、この場でぶっ殺してやるよ」
「そうか」
真白は感情を抑えるのをやめた。
最初からこの男とは会話にならなかったのだ。
どういった思考回路を持っていたら、そんな要求ができるのかわからない。理解したいとも思わなかった。
だが馬鹿なおかげで情報はだいたい把握できた。
園部は戦士だ。
そして持っているレアアイテムは、ミスリルの鎧と腰にぶら下がっている武器だけだろう。
さらに園部は、真白がSRを一つも引いていないと勘違いしているようである。
それだけわかれば勝てる。いや、地力だけでも十分かもしれない。
しかし真白は油断など一つもするつもりはなかった。
「ホーリーライト!」
「なっ!?」
真白は先制攻撃を仕掛けた。
ホーリーライトが人間相手にどれだけ効果を発揮するかわからないが、少しでも光に目を向けてくれればいい。その隙に距離を詰めればいいのだから。
予想に反してホーリーライトは、パーティーメンバーでなければ効果を発揮するらしい。もしくは真白が園部を敵と判断したからかもしれないが。
園部は眩しさで目を押さえていた。
真白は地面を蹴って一気に距離を詰める。
そして全力で頬を殴った。
「そこかぁ!」
しかしなぜか園部は真白の拳が効いていなかったらしく、腰に下げられていた獲物を抜き放ち、真白に一太刀浴びせた。
明らかな手ごたえがあり、完全に決まったと思っていた真白は、避け切れず、左腕にその一撃を受けてしまう。
急いで距離を取って園部を見た。
ホーリーライトは、人間相手にはそれほど効果が高くないのだろう。園部はすでに目を開けている。
そして驚いたことに、園部は口から血を流し、下顎が横にずれていた。どう見ても骨が砕けており、普通なら一撃ノックダウンの重傷だ。それにもかかわらず、本人はピンピンとしていた。
「なるほどな、痛覚遮断のスキルでも持っていたか。油断した」
「何言ってやがる? まぁいい。もうお前は殺す。謝ったって遅ぇ」
どうやら見当が外れたようだった。
だが原因はわからないが、どう見ても痛みを感じているようには見えない。園部が無痛症でないことは、一年以上前に確認済みだ。きっと本人でも気付かないところに、何か絡繰りがあるのだろう。怪しいのは園部の言っていたSRの武器だが。
真白が一太刀受けてしまったのがその武器だろう。
受けた傷は深くないがざっくりと斬られており、血が流れている。他に異常はないが、真白の『耐久力』を貫くほどの攻撃力があることには違いない。
園部は今その武器を手に持っている。
それは大振りの鉈のようだった。幅の広い刃は黒く、何の金属でできているのかわからない。
「ヒール」
真白の傷が一瞬で治った。
園部はその様子を驚愕の表情で見ていた。
「何だ? 俺が戦士か格闘家とでも思っていたか? 俺は見ての通り白魔法使いだぞ」
「だったら、なおさら負けるわけにはいかねぇ」
今度は園部が突っ込んできた。
鉈を振りかぶり、迫ってくる。
しかしその動きは、真白から見れば随分のんびりしているように見えた。
確かにあの鉈は凄まじい。その威力以外にも、何か他の効果があるのだろう。
だが使っている主がその性能に見合った力を持っていないのだ。
真白に肉薄した園部が、真白に上段から鉈を振るう。
真白はそれを、園部の左斜め前に向かって態勢を低くすることで軽々と避ける。そして避けざまに右の拳を園部の腹に叩き込んだ。
園部は真白の拳を気にせず振り返って、再び横薙ぎに振るった。
真白はすでにバックステップで距離を開けており、その一撃は空振りで終わる。
再び真白が園部に近付いていく。
右の拳を振り上げるが、それはフェイントだ。
園部は引っ掛かり、鉈を振るう。
そして出来た隙に真白の拳が園部の右腕に当たった。
真白は拳を外したわけではないし、園部に防がれたわけでもなかった。
そこを狙ったのだ。
真白の狙いはすぐに効果を現した。
カランという乾いた音が屋上に響いた。
園部が鉈を落としたのだ。
真白に腕をへし折られ、持つことが出来なくなったのである。
「ぎゃぁああああああ!!」
その途端に園部の絶叫が上がった。
やはり鉈に痛覚を遮断する効果があったのだろう。手放してしまったことで、体中を痛めつけられた感覚が戻ったようだ。
真白は自身の勝利を確信し、ポケットからスマホを取り出した。
アプリを立ち上げてマップを見る。
マップに映っているのは真上から学校を見た図だが、階を指定して見ることも出来た。
どうやら桃華は一つ下の階にいるようだ。茜も一緒だろう。
真白はスマホを持ったまま、反対の手で落ちた鉈を拾い上げた。
「か、返せぇ……それは……俺のだぁ……」
倒れた園部が息も絶え絶えに真白を睨んできた。
真白は鉈を持ったまま園部に近付いていく。園部がまだ無事な左腕を伸ばしてきた。
しかし真白は伸ばしている腕を蹴って、園部を仰向けに転がした。さらに左腕を足で踏みつけ、身動きが取れないようにする。
「もうお前には必要ないだろ?」
真白が鉈を振り上げた。
園部の目が大きく見開かれる。
「や、やめ……」
真白はその大きく見開かれた目と目の間に向けて、その鉈を振り下ろしたのだった。
真白はそのまま鉈と、園部が腰につけていたホルダーを回収した。
強力な威力は持っているが、ある意味呪われた装備だ。自分の痛みが感じられなくなると、際限なく動き続けることが出来る。それは前の持ち主である園部がそうしたように、死ぬまでだ。
それでもまともな武器がない真白にとっては、この鉈は魅力的だった。あまり過信は出来ないが、ゴブリン狩りくらいには有用だろう。
真白がスマホをしまおうとしたとき、何かを思い出したようにライアンが話し始めた。
「あ、そこのお兄さんが死んだのは、向こうの妖精が仲間に伝えてると思うよ」
「……」
もっと早く言えよ、と思うのだが、言っても無駄だろう。
真白はスマホをしまい、駆け足で茜たちの下へと向かった。
 




