12.別パーティーに遭遇したんだが
「下がれ、エレノア」
真白はすぐにエレノアを自分の影に戻した。
途端に真白たちの前に立ちふさがっていた二人の警戒は解ける。
「青司前会長じゃないですか!」
「やあ、あずきちゃんじゃないか」
真白たちの前に立ちふさがった女子のうち一人を真白は知っていた。真白だけではない。この学校の生徒ならほとんどの者が彼女を知っているだろう。
委員長にあずきちゃんと呼ばれた女子生徒は、一年生ながらにこの学校の生徒会長に就任しているのだ。
もう一人が誰か真白は知らなかったが、茜はそうではなかったらしい。
「胡桃ちゃん?」
「茜先輩……」
どうやら二人は知り合いのようだ。
真白は今思い出したのだが、茜は女子バレー部のマネージャーだった。きっと二人は部活動の知り合いに違いない。
なぜ真白がそう思ったのかと言えば、茜に胡桃ちゃんと呼ばれた女子生徒が色々デカかったのだ。
とりあえず背だけに関して言えば、胡桃は真白よりもほんの少しだけ上だった。これだけ高身長ならバレー部に違いないという、真白の偏見にすぎないのだが。
それにしてもこの一年の女子二人は凸凹なコンビだ。
あずきは百五十ほどしかないのに対し、胡桃は百七十を超えている。見た目も髪が長く女性らしい外見のあずきに対し、胡桃は短髪でボーイッシュである。
真白は何となく二人がもともと友達だったのではないかと予想していた。どことなくそういった雰囲気があるのだ。
だが二人から事情を窺っている時間はなかった。
真白は窓の外を見て渋い顔になる。
そこには巨大な魔物がいたからだ。さっきのゲームの最終ラウンドで苦戦した相手、トロールが窓の外にいた。
一年生は全員真白たちの方を見ているから気付いていないだろう。しかしドアから入ってきた真白、茜、桃華、委員長はそれを見ていた。
「お兄ちゃん……!」
「真白君、どうしよう……」
「あれも魔物かい?」
三人がそれぞれ反応を示す。
なぜか委員長がやたら余裕があって癪に障るということはさておき、トロールは真っ直ぐ真白たちの教室を見詰めている。おそらくゲーム参加者が四人集まってしまったため、トロールが追加されたのだろう。入りきらなかったからか、外に出現しているが。
「仕方ない。俺がやろう。お前たちはせいぜいパニックにならないように頑張ってくれ」
真白は委員長に手を差し出した。
剣を返せという意味だったのだが、なぜか委員長は手を握ってきた。
「大丈夫なのかい?」
「問題ない」
委員長がようやく手を離し、剣を渡してきた。
わかっているなら初めから渡してほしかった。
「青司先輩、さっきから何の話をしてるんですか?」
あずきが真白には一切目もくれず委員長に話しかける。
委員長は多くを語らず、ただ後ろを指差した。
「トロール……!」
真白たちの会話に気付いた他の生徒たちも窓の外を見た。
その途端に一斉に悲鳴が上がる。
「皆、大丈夫だ! 落ち着いて。慌てずゆっくり窓から離れて。でも絶対に教室からは出ないで」
委員長が声を張り上げて生徒たちに指示を出した。
委員長の信頼は一年生にも厚いらしく、生徒たちの混乱はすぐに収まり、委員長の指示に従ってゆっくり窓から離れ始めた。
同時に真白は窓の方へと足を向けた。
「お兄ちゃん」
「真白君」
人気のない真白にも、心配してくれる人はいた。
だが大幅に耐久力が上がった今、あの程度の相手は恐れるに足りない。
「大丈夫だ。任せとけ」
真白は二人に頷くと、窓の方へと近づいていく。
トロールの視線は真白に向けられていた。
窓を開けて外に出る。
トロールは真白が外に出てくるのを気付いて待っているようだ。建物を壊して中の獲物を襲うより、外に出てくるならそっちの方が楽だとでも言いたげである。
真白がベランダに出ると、ゴブリンが一匹湧いた。真白はすぐにそいつの首を刎ね、狙いをトロールに付けた。
「グォオオオオオ!」
トロールが威嚇してくる。
真白はそれを無視し、思いっきり跳躍した。
それは人間離れした跳躍力だった。
真白が一番上がったのは耐久力であるが、瞬発力も伸びているのだ。
トロールは真白が突っ込んでくるとは思っていなかったのか、迎撃し損なってやたらめったらに棍棒を振り回している。
「ホーリーライト!」
「グガァアアア!」
トロールが目を押さえて硬直した。
真白はその隙にトロールの頭頂に着地し、一切躊躇することなく脳天に剣を突き刺した。
すぐにそれを引き抜き、立ったまま動かなくなったトロールの頭から離脱する。
真白は無事二階のベランダに戻ってこられた。
それと同時に、トロールは後ろ向きに倒れて行った。
さっき苦戦したのが嘘のような快勝である。
真白は教室へ戻ろうとするのだが、そこで気付く。
また中にまで入ると、トロールが湧くのではないのだろうかと。
仕方なく真白は教室に入らず、ベランダから教室内を眺めていた。
すると、真白のもとに茜と桃花が近づいてきた。
「な、大したこと無かったろ?」
「うん! お兄ちゃん、格好良かった!」
茜がガラス越しに微笑む。
同時に委員長が近づいて来て、真白に拍手してきた。桃華までもが一緒になって拍手している。
「本当に素晴らしかったよ、光坂君」
「やめてくださいって」
委員長の拍手につられたのか、教室中で拍手が起こった。
真白は憮然とした表情でそれを受け流していた。
誰かに褒め称えられるなんて、今まで味わったことがなかった。もっと前なら称賛を素直に受け止められたかもしれない。しかし今の真白に必要なのは、誰かに褒められることでも、受け入れられることでもないのだ。
ひとしきり拍手が止んだところで、あずきが真白に近付いてきた。
「えっと、光坂先輩、ですよね?」
「はい、そうです」
あずきは恐る恐るといった様子だったが、真白が無表情で丁寧に対応してくるのが余計に不気味だったらしく、より一層警戒心を強めていた。
「こ、光坂先輩とそちらの女性も、“アレ”に参加して生き残って来られたんですよね?」
「はい、そうです」
あずきがなぜか泣きそうな顔になっていく。
すると、それまであずきの一歩後ろで話を聞いているだけだった胡桃が、真白を上から睨みつけるように近付いてきた。
「先輩、あずきちゃんを脅すのはやめていただけませんか?」
真白は心外だった。脅しているつもりなど一切ないのだから。
真白が胡桃を睨み返すと、茜が二人の間に割って入ってきた。
「ちょっと、二人ともストップ。胡桃ちゃん、お兄ちゃんはね、別に脅してるつもりはないの。コミュニケーション能力が絶望的に無いだけなの」
「そう、なんですか。すいませんでした」
真白は驚愕して茜を見た。
確かに人と会話するのは苦手だし嫌いだが、自分にコミュニケーション能力がないとは思っていなかったのだ。
「あ、えっと、だったら私が説明しますね」
桃華が前に出てきてそう言った。
幼馴染の桃華が否定しないということは、そういうことなのだろう。
真白が一歩後退すると、どこからか「頑張れ、リーダー」という声が聞こえてくる。まったく感情のこもっていない、半笑いの声だった。
桃華とあずきが情報交換をしていく。
これまで真白たちに起きたことと内容はだいたい同じだったが、少しだけ違いもあった。
まず他のメンバーが二人生き残っているということ。次にあずきたちはSR以上確定ガチャを引いていないということだった。つまりトロールを倒すことが出来ず、時間切れで助かったのだ。
「それで、出来たら青司先輩を勧誘しようと思っていたのですが……」
真白としては全然構わないのだが、真白が口を出す前に委員長が爽やかにかぶりを振った。
「すまないね。僕は光坂君たちに加わるよ。彼ら、友達が少ないから」
最後の一言を言う必要があったのかはわからないが、事実なので言い返せない。言い返したところで不毛だ。
だが“彼ら”と言われたのが気になって、桃華の方を見ると、桃華が項垂れていた。どうやら桃華も友達がいないらしい。
真白は二人の会話でパーティーについて気になったのでライアンに訊いてみることにした。
「おい、ライアン。もしあと一人勧誘できなかったらどうなる?」
「うん、その場合は一週間以内にゴブリンを三十匹殺した人の中から抽選でもう一人決まるよ」
「じゃあ無理に誰か誘わなくてもいいのか……」
「友達いないし、コミュ障だもんね」
真白は心の中で「こいつら、似てるな」と思いつつも、何も言わないでおいた。
それよりも今は、これからどう動くか考えるべきだ。
他にゲーム参加者がいるとわかった以上、この場は任せて学校を出るという選択肢を取れるかもしれない。
「それで、これからどうしましょうか?」
あずきがその話題を振った瞬間、真白は少しだけ前に出て窓に近づいた。
「俺たちが一緒に行動するという選択肢は無しだ。俺たち“キャラクター”が多いとさっきみたいにトロールが現れる。倒せるが、周りに誰かいたら巻き込んでしまうリスクが高い」
「そう、ですね」
だいたいの人間が納得してくれているのだが、委員長だけが訝しむような表情で覗き込んできた。視線を逸らしたいが我慢して無表情を保つ。
「私たちは全生徒の安全の確保を最優先したいと思います。まだ二年生の無事を確認していないので、三階に向かいます。その後どうするかは、まだ思いつきませんが……」
「じゃあこっちは任せる。俺たちは学校の外の様子を確認しに行こう」
真白は表情に出さないで安堵した。これで文句を言われることなく外に出られる。
人が多く集まっている学校は、ゴブリンの狩場としては絶好だが、ゲーム参加者が三パーティーも集まっている以上、衝突することもあるだろう。あずきたちはともかく、園部たちと上手く連携が取れるとは到底思えない。
真白はどこに行くか決めるため、マップを開いた。
茜は両親のことが気になっているのだろうが、自分たちだけ家に戻るという選択肢は取れなさそうだ。真白としても別にそれでいい。真白にとって最優先はゴブリン狩りなのだから。
マップを縮小していくと、だいたいの場所が黄色で表示されているのがわかる。学校もまだゴブリンを狩り尽していないからだろう、黄色だ。
いくつかオレンジになっているところもあり、そこはどうやら警察署のようだった。さらに縮小していくと、赤く表示されている場所もある。
――ここは確か自衛隊の基地か?
どうやら自称神様は、人間の持っている武器に合わせて強い魔物を配置したらしい。
とりあえず赤やオレンジの場所には行かないとして、問題はどこに行けばゴブリンが多く狩れるかだった。
真白はマップを見ていて、ピンとくる場所を見つけた。
「よし、俺たちは病院に行って救助活動しよう」
真白がそう言うと、全員の視線が真白に集まった。何というか、非常に驚いている顔だ。
「なんだ?」
「いえ、私、光坂先輩を誤解していました。申し訳ありません」
「私も。お兄ちゃんがそんな心優しい人間だなんて思ってなかったよ」
「ごめんね、真白君。今も真白君は優しいままだったんだね」
真白は非常に居心地が悪かった。
実際のところ、人命救助なんて微塵も思っていない。ゴブリンが狩りたいだけだ。
表情には出さないようにしているのだが、やはり委員長だけは真白をじっと覗き込んでくる。「君はそんな殊勝な人間じゃないだろう?」とでも言いたげだ。
「俺は一回屋上に上がって様子を見てみる。桃華たちも屋上に向かってくれ」
真白はそう言うと、窓を開けてロングソードだけ委員長に渡し、手すりの上に立ちそのままジャンプして上の階まで移動した。
以前ならこんな人間離れした技出来なかったが、今はステータスが上がっているおかげで、これぐらいの芸当は余裕で出来る。
真白は同じ動きを繰り返し、すぐに屋上に到達した。
屋上からは町の様子がよく見えた。
一番目立つのはやはりあのでかい卵だが、それ以外にも町の様子は一変していた。
そこら中から火の手が上がっている。
通りには生きているのか死んでいるのかわからない人が転がっており、その周りを魔物が取り囲んでいた。
遠くには何やら飛翔している魔物の存在まで見える。
悲鳴は聞こえない。きっと悲鳴を上げる段階は過ぎたのだろう。
社会は崩壊した。日常は脆くも崩れ去った。この世界を、混沌が支配したのだ。
「楽しそうだねぇ、真白」
ライアン自身も愉快そうにそう言った。
きっとこのスマホの妖精なる存在は、昨日までの人間と社会が何層にも折り重なった窮屈な世界では生きていけないのだろう。
そしてそれは真白にとっても同じ事だ。
「楽しいさ。もう容れ物に合わせて自分を削らなくていいんだから」
真白は世界をようやく好きになれそうだった。
学校に行くことも、家に帰ることもしなくていい。好きなところに行って好きなように生きればいい。もう何にも属さなくていい。真白にはそれを可能にするだけの力があった。
真白は自由を肌で感じていた。
こうして新しい世界をずっと眺めているわけにもいかず、真白は当初の予定通り、一番近くにある大きな病院の方を確認した。
道にゴブリンはいそうだが、特に危険そうな魔物は見当たらない。
真白がそこまで確認した時、屋上の扉が開いた。
真白は早速現れたゴブリン二匹とオーク一体を、エレノアを使って排除する。
そして扉の方を見るのだが、そこにいたのは茜たちではなかった。そもそも、ゴブリンはゲーム参加者に関係なく、一人につき一匹発生するのだ。となると、ここに現れた人物は一人だけ、それもゲーム参加者ということになる。
だが現れたのは桃華でもない。真白の前に姿を現したのは、なるべく遭遇したくなかった人物、園部だった。




