11.元いじめっ子もゲームに参加しているらしいんだが
真白は委員長の顔を見て、高く積み上げられた瀕死のゴブリンの山を見て、また委員長の顔を見た。
「まさかアンタ一人でやったんですか?」
「アハハ、本当にまさかじゃないか。もちろん皆に手伝ってもらったに決まっているだろう? でもこいつらを殺すと殺すだけ増えるから、痛めつければいいって気付いたのは僕だけどね」
委員長は言いつつ、真白に向かってウィンクしてきた。「すごいだろ?」というように。
確かに凄い。凄いのだが、真白から見て委員長は、ちょっと常軌を逸していた。
彼は優秀なのはもちろんであり、成績も常に一番で、真白が唯一勝てない相手でもある。成績だけでなく、運動神経も抜群、優秀というよりは天才と呼んだ方がいいかもしれない。
そしてそれだけではなく、真白の、誰も思いもよらないことをする人物でもあるのだ。
ゴブリンが増えるなら殺さなければいいじゃない、なんて思いついても、普通はそんなに簡単に実行に移せない。殺さずに無力化するなんて、殺すことの何倍も難しい。しかも委員長はそれを僅か三十分で達成したのだ。何匹か殺してすぐにそれに気付き、直ちに作戦を立案、即実行に移し、見事達成したということである。
「それで、このゴブリンだっけ? 今こいつらを殺しても増えなかったね。君たちが『特別ステージ』から帰ってきたことで、殺してもその分増える縛りは解除されたって思ってもいいかな?」
真白はすぐには答えられず、正しい答えを推理だけで当てていく委員長に鼻白むのだが、その真白の表情でさえ委員長には答えになっているようで、「やっぱりそうか。じゃあ、こんな品の欠片もないオブジェなんてとっとと燃やすなりなんなりしてしまおうか」と、さっさと自分で結論を出してしまっていた。
「まぁ、はい、そうですね」
真白は言いつつ、ロングソードでゴブリンの心臓を一つ一つ突いていく。
「ん? いやいや、光坂君。君は何をしているんだい?」
「あ、お構いなく」
真白は表情を変えることなく、突いては抜き突いては抜きという動作を繰り返した。
委員長には怪訝な表情で見られ、他のクラスメイトからはドン引きされているのだが、SSR確定ガチャ引換券が欲しい真白は気にしない。
真白がゴブリンを一匹一匹丁寧かつ迅速に駆除していると、ライアンが嬉しそうに声を掛けてきた。
「ねぇねぇ、真白ってば。彼なんかいいんじゃない?」
「何が?」
「新しいメンバーに決まってるでしょ!」
「……」
真白はすぐには答えられなかった。
正直に言うと嫌だ。
しかし大した理由があるわけではない。単純に真白は委員長が苦手なのである。
チビではあるが、容姿端麗、運動神経抜群、頭脳明晰、品行方正、クラス学年学校問わず彼のファンはどこにでもいる始末、真白が勝てているのは本当に身長くらいのものだ。
そんなリア充、陽キャ、コミュ力の塊みたいな男が、毎日必ず二回以上自分に絡んでくる。真白とっては地獄でしかなかった。
しかしである。ライアンが言うように、委員長は仲間にするのならばこれ以上ないと断言していいほどの人材だ。
「真白君、私もそうした方が良いと思うよ?」
「ぐっ……」
真白は呻きつつ腕組みした。
「君たちはさっきから何の話をしているんだい? もしかして、そこに他にも誰かいるのかな?」
委員長が首を傾げて訊いてきた。
一瞬何を言われたか真白は理解できなかったのだが、ライアンがすぐに「ああ、僕の声はパーティーメンバーにしか聞こえないから」と理由を説明してくる。そしてすぐに「ほらどうするの?」と急かしてきた。
「あー、委員長、ちょっと相談なんだけど……」
「うん? 何かな?」
委員長は嬉しそうにニコニコと微笑みながら答えてきた。
「いや、別に嫌ならいいんだ。うん、ほんと。どうしてもって言うわけじゃないし」
「いいから言ってみなよ」
「はぁ……」
真白は盛大な溜息を吐くと、諦めて説明を始めた。
果たして委員長は、
「勿論やるに決まっているじゃないか! 光坂君が僕を頼ってくれて嬉しいよ!」
そんな反応を返された真白は、「やっぱなしで」とは言えないのだった。
クラスメイト達に外に出ると危ないということを説明しつつ、委員長を加えた真白たちは教室の外に出て他のクラスを回り始めた。
茜は教室に入る都度、怪我人を助けたり怯えている人間を励ましたりと、完全に人命救助のつもりでついて来ているが、真白は当然として他のメンバーもあまりそういうつもりがなかった。
真白はエレノアで狩ったゴブリンも討伐数に含まれていることを確認したため、エレノアに狩りを任せ、ロングソードは委員長に貸した。そしてロングソードを持った委員長は意気揚々とゴブリンを狩りまくっていた。そしてあまり攻撃手段のない桃華は落ち込んでいる。
しかし真白もこれだけ狩っているのにレベルの上りが悪く、途中で一上がっただけだ。だがそれよりも真白にとって一番の問題は、委員長がロングソードの扱いになぜか異常に長けているため、真白よりもゴブリンを狩ってしまうことだった。
「委員長、俺の分も取っといてくださいよ」
「何を言っているんだ、光坂君。君たちの話によれば、今狩った魔物も今後の経験値に影響するんだろう。ここは初心者の僕に譲るべきじゃないか」
真白は押し黙るより外ならなかった。
口喧嘩では委員長に勝てる見込みがない。
「お兄ちゃんたち、いい加減にして!」
真白が委員長とそんな会話をしていると、突如茜に怒鳴られた。
茜の怒れる眼差しは、真白と委員長に向けられている。
「人がいっぱい死んでるんだよ! 酷い目に遭った子だっていっぱいいるのに、そんなゲームみたいに……。どうでもいいことで争わないで!」
「光坂君の妹さん、不快な思いをさせてしまってすまなかったね」
「うわぁ、妹に怒られてやんの。うぷぷ、真白ってばだっさーい」
「……」
煽ってくるライアンはさておき、茜の言う通り、茜や委員長のおかげで何とかなった教室とは違い、他の教室は実に酷い有様であった。
真白のクラスで犠牲になったのは一人、茜のクラスで犠牲になったのは三人だけなのだが、他のクラスでは十人以上死んでしまったなんてざらにあったし、女子以外は全滅しているクラスまであった。
そんな中、三年生の最後のクラスだけ不思議な状況であった。
生徒に死者が出ていたり、服を破り捨てられ、正気を失っている女子生徒がいたりするのは他のクラスと変わらないが、この教室だけ初めから生きているゴブリンが一匹もいなかったのだ。ゴブリンは全部死体で転がっていた。
「何があったんだ?」
「ひっ!」
真白が話しかけると、話しかけられた男子生徒は怯えて会話にならなかった。
「何があったのか話してくれないかな?」
今度は委員長が違う女子生徒に話しかける。
「青司君。……はい」
つい先ほどまで呆けていた女子生徒は、うっとりとした表情で委員長を見詰めていた。
女子生徒は突然奇妙な放送があったところから話し始めた。
真白たちが知りたいのはそんな初めからではないのだが、委員長は嫌な顔一つせず相槌を打っている。
イラつく真白を余所にようやく話は肝心なところに入った。
「園部君と宮島君がね、急にコスプレして現れたと思ったら、化物を全部やっつけてくれたの」
真白は何があったのかわかった。
このクラスにもゲームの参加者が二人いたのである。
その二人もあのゲームを何とか生き残れたのだろう。そして帰ってきてすぐにクラスにいた魔物を殲滅したに違いない。
しかし真白にとっては大きな誤算だった。
いや、自分たち以外にもゲーム参加者がいるのは予想していた。ゴブリンを三十分以内に十匹倒すなど、さして難しいことではないのだから。
真白にとって誤算だったのは、それを行ったのが園部と宮島という男子生徒であるということだった。
この二人は中学からの同級生でもある。そして中学の時真白を苛めていたうちの二人だ。真白はこの高校なら馬鹿な連中は入って来られないと思って選んだのだが、あの二人だけは入ってきた。スポーツ推薦で。
この学校はバスケ部が毎年インターハイまで行く強豪校で、中学の時に全国大会に行った二人は、推薦枠で入れてしまったのである。
そして高校生になってまで二人は真白を苛めようとした。中学の時に暴力を振るってきたように、二人は真白をまた玩具にしようとしていた。
しかし真白はその時すでにボクシングジムに通っており、その才能を開花させ始めていた時だった。
真白は二人と、さらに取り巻きの二人を相手にして、全員を病院送りにしてしまった。
真白はその時退学させられそうになった。しかし苛めがあった事実を教育委員会に訴え、マスコミに実名でリークし、何なら警察沙汰にしてもいいと脅すと、学校側は真白の退学を取り消した。
真白はその時、誰の力も借りずに自分の力だけで戦った。もとより、両親も教師も信用していなかったのだ。
しかしなぜか、取り巻き二人は退学になったものの、バスケ部二人は真白と同じ停学だけで済んだ。
どういう裏取引があったかはわからない。もしかしたら、バスケ部のエースというだけで、その程度の罰で済んだのかもしれなかった。
以来、二人は真白に絡んでこなくなったものの、真白を恨んでいることには違いないだろう。
「おい、その二人はどこに行った?」
真白が女子生徒に話しかけると、彼女は「ひぃっ!」となぜか怯える。
すぐに委員長が「二人はどこに行ったのか教えてくれる?」と聞き直した。
「あ、うん。二人ともさっきまで教室にいたんだけど、茜ちゃんがどうとか言って、教室を出て行っちゃった」
「ん? 私?」
「茜だと!?」
「ひぃっ!」
女子生徒はまた怯えてしまった。
だが茜というのは真白の妹の茜に違いないだろう。特に思い当たる節はないのだが、茜は可愛いのだからきっと茜だと、真白は謎の直感で確信していた。
真白はどうするか考える。
無論、あの二人とは出会いたくない。となれば、取れる手段はいくつかあった。
・なるべく出会わないルートを選んで教室を回る。
・学校を出る。
・いっそのこと殺す。
三番目の選択肢は短絡的過ぎるし、一番目はばったり出会う危険性がある。
となると、二番目の『学校を出る』が一番現実的なのだが、問題は茜が納得するかどうかだった。
学校を出るとなると、問答無用で生き残った生徒を見捨てることになる。両親を助けに行こうと説得する手もあるが、本当に両親を助けたいなどと微塵も思っていない真白が説得するのは、少し無理があるだろう。
結局真白は一番目の選択肢を選ぶしかなかった。
要は茜がどこに行ったかわからなければいいのだ。
ということで、真白は提案する。
「よし、それなら今度は一年生を助けに行こう」
「何で!?」
茜が驚いて訊いて来る。
茜としては、自分たちの学年、二年生の生徒を先に助けて欲しいのだろう。
しかし真白は、その疑問に対する答えを用意していなかった。
「妹さん。だってさっきの会話を聞けばわかるだろう? 園部君たちが二年生を助けに行ったんだ。それなら僕たちは、誰も助けが来ていないかもしれない一年生を助けるべきだよ」
委員長が真白の代わりにそんな答えを用意してくれた。
「そ、そっか。わかりました。二階に向かいましょう」
茜は納得してくれたようだが、委員長の用意した答えは事実ではなかった。
真白の知る限り、園部達はそんな殊勝な心掛けの持ち主ではない。目当ての教室に茜がいないとわかれば、すぐに真白たちの教室に向かうだろう。そして真白たちがいないとわかれば、他の教室を片っ端から探すに違いないのだ。
委員長もそんなことは承知のはずだが、なぜか真白にとって都合の良い答えを用意してくれていた。
不思議に思った真白が委員長を見ると、彼と目が合った。そしてまたウィンクを寄越してくる。
真白は憮然とした表情で頷いて見せた。
どうやら委員長は真白の事情を知っていて、慮ってくれたらしい。ウィンクは気持ち悪いが、一応礼を言っておかなければなるまい。
真白たちはすぐに教室をあとにし、魔物の群れを殲滅しながら二階に向かった。
二階に着くと一番近くにあった教室に入り、湧いたモンスターを狩るのだが、いつもと様子が違った。明らかに数が多いのだ。
それでもちょっと増えた程度では真白たちは止まらず、簡単に魔物の群れを狩って行った。
魔物を殲滅したのはいいのだが、そこでまたしても同じ状況に出くわしてしまった。
怪我人と死人、そしてゴブリンの死体はある。しかしこの教室に初めからいたゴブリンは生きていないのである。そう、ゴブリンは死体だけだ。
だが今回はさっきとは違った。
その原因がすぐに分かったのだ。魔物の数が違ったのもそのせいだろう。
真白たちの目の前に、二人の女子生徒が立ちはだかった。
その女子生徒二人は、真白たちと同様、一見すればコスプレにしか見えないファンタジーな装備を身に着けていた。




