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10.ようやく帰還できたんだが

「痛ったぁ、くはないな」


 陽炎が自分の頬を撫でて首を傾げていた。


 エレノアのビンタはかなり強烈だったように見えたが、陽炎には通じていないらしい。おそらく強力な装備のおかげだろう。


「お前のこと、なんか生理的に嫌なんだと。あ、ちなみにこの子の名前はエレノアで、雌だ」


 真白にはなぜかエレノアの感情が分かった。これも召喚魔法の能力の一部かもしれない。


「ぐっ、熊にまでフラれた……」


 陽炎ががっくりと項垂れた。

 初めて見た時には、絶対関わりたくないヤバい奴だという認識しかなかったのだが、今は哀れな男にしか見えなかった。


 真白がエレノアの頭を撫でていると、彼女はゆっくりと真白の後ろに回り込み始めた。

 どうやら見せたいものがあるらしい。

 真白が後ろに回るエレノアを観察していると、忽然と彼女が姿をくらました。

 真白の知る羆より、さらに一回り大きい熊が一瞬で部屋のどこにもいなくなっていた。


「真白君、今、真白君の陰に溶け込んだように見えたんだけど……」


 背後だったためよく見えなかった真白だが、真白より後ろにいた桃華には何が起きたかよく見えていたようだ。


 エレノアが再び姿を現した。


「エレノアちゃんは『シャドウベア』っていう魔物なんだ。昼間限定だけど、影の中を自在に移動できるよ」


 驚く一同にライアンが解説を始めた。

 さらにライアンの話によると、エレノアは一度死んだら復活が出来ないそうだ。ということは反対に考えれば、死んでも復活できる召喚獣も存在するのだろう。


「暗殺に便利そうだな」


 真白が一番に思い付いた感想を口にすると、他の二人が若干引いていた。


「誰か殺したい奴でもいんスか?」

「私、じゃないよね?」


 心外だったため、「思いついたことを口にしただけだ」と抗議しておく。それでも二人は引いていたが。


「ともかく、残りの情報も伝えておくからな」


 真白はもう一体の召喚獣のことは一切伝えず、MPが増えたため魔法が連発できるようになったこと、そして自分のランクがAであることを最後に伝えた。


 二人もそれぞれ情報を開示した。

 まず桃華は、手に入れたワンドの効果で、氷魔法の攻撃が一つ使えるようになったそうだ。装備している鎖帷子はファンタジーおなじみのミスリル製らしい。そして電気を纏うマントは、雷属性の攻撃を吸収し自分が使う雷属性の攻撃の威力を上げるそうである。

 真白の知る限り、桃華はもう一つSRの何かを手に入れているため、その情報を伏せたのだろう。

 次に陽炎はやはり馬鹿だからか、自分の情報をほとんど全部言ってしまった。

 五分間だけ瞬発力が五倍になる『神速』というスキルを得たこと、赤い鉢金は炎属性を吸収し、吸収した魔力で『ヘルフレア』という魔法が使えるようになったこと、そしてその他の装備の能力をすべてペラペラとしゃべってしまったのだった。


 陽炎がバカなのは仕方ないと諦めたのだが、真白は二人が最後に伝えたランクについて、どうしても納得いかなかった。

 二人とも、真白を差し置いてSなのである。

 レベルは全員同じ。耐久力などの能力値はむしろ真白がトップのはず。となると、やはりガチャで入手した装備の能力の違いだろう。


「何だこのガチャゲー。マジで糞ゲーだな」


 真白の機嫌はより一層悪くなり、エレノアの頭を撫で回すことでストレスを解消したのだった。


「真白君、これからどうするか話し合っておかない?」


 エレノアをひたすら愛で続ける真白に、桃華がおずおずという風に訊いてきた。


 確かに計画を立てるのは大事かもしれないが、すでに真白は自分が何をするか決めている。

 一つは妹、茜と合流すること。それが終わればひたすらゴブリン狩りをするつもりだったのである。

 真白の予定が桃華の予定に合うとは限らない。むしろゴブリン狩りをするのには、一人の方が都合が良かった。

 しかし真白がゴブリン狩りをしている間、茜を守る者がいなくなってしまう。そういった点を考慮すれば、桃華を上手く利用するのもありだ。


「あ、とりあえず俺も兄貴と姉御に合流しますぜ」


「姉御って……、私?」


 陽炎がコクコクと頷く。

 どうやらいつの間にか、陽炎の中で桃華はそういう位置づけになっていたようだ。


 そんなことよりも真白は、陽炎に合流される方が面倒だった。わざわざ一緒に行動する意味がない。戦力的には申し分ないが、ゴブリン狩りを優先するなら獲物を全部獲られそうであるし、だからといって陽炎に茜の護衛を任せるのも嫌だった。


「いや、いいよ」


 真白が即答で断ると、陽炎はそれを笑い飛ばした。


「大丈夫っスよ。兄貴たち東高っスよね、その制服。俺の家近いんで。それにマップ見りゃどこにいるかすぐにわかるじゃねぇスか。あ、爺ちゃんたち助けてからになるから、ちと遅くなるかもしれませんが」


「いや、来るなって。ずっと爺ちゃん守ってろよ」


「心配ねぇス。爺ちゃんももう現役じゃねぇけど、まだまだ若いもんには負けねぇって言ってっし、家には若いもんが何人かいるんで」


 どうにも会話が成立しない。

 陽炎を止めるのが無理なのであれば、何とか単独でゴブリン狩りする方法を考えた方が良さそうだ。


「さあ、皆、そろそろ時間だよ。準備はいいかい? 良くなくても戻るけどね。あ、戻ったらこの世界に召喚された時と同じ場所、同じ状況になってるから、気を付けてね。怪我とかは治ってるけど」


 何も話は纏まらず、これからどうするか問題は増えたのだが、あとは戻ってから考えるしかないだろう。ゴブリン狩りも大事だが、茜の無事の確保が最重要だ。


 真白は念のため、桃華に借りたままのナイフ、死んだチンピラが落としていったダガーと剣を拾っておいた。


「俺の持ってる装備は一緒に転送されるのか?」


「うん、大丈夫だよ」


 剣など振り方はわからないが、適当な武器にはなるだろう。


「じゃあ行くよ」


 桃華が緊張した面持ちで真白を見た。陽炎は笑顔で「じゃあまた後で」と、気楽そうだ。


 真白たちが光に包まれた。

 視界が白一色に染まる。

 そして、光が消えていくと、目の前には今にも襲い掛かろうとしているゴブリンの集団がいた。


 真白は即座に動いた。

 持っていた剣を目の前のゴブリンの腹に突き刺し、突き刺した剣をそのまま横薙ぎに払う。その一振りだけで、真白に襲い掛かっていたゴブリンも、すぐ隣にいる桃華に襲い掛かろうとしていたゴブリンも全て真っ二つに切断した。

 桃華も一瞬でワンドを構え、「アイシクルショット!」と叫んで魔法を発動させた。

 氷で出来た弾丸のようなものが現れ、後ろで様子を見ていたゴブリンの額を貫く。

 真白は剣を使い、桃華は魔法を駆使し、あっという間に三十体以上いたゴブリンを駆逐したのだった。


「茜、大丈夫か!?」


 真白は積み上げられた椅子や机やらをどかしながら声を掛けた。


「お兄ちゃん、やっぱりそこにいたの!? 何ですぐに返事してくれなかったの!? 大丈夫? 無事?」


 心配そうな茜の声が聞こえてきた。


 真白は安堵しつつ、力を籠めると一気にバリケードをどかした。


「真白君、すごい力持ちになってるね」


 桃華に言われて気付いたが、おそらくこの怪力もガチャで手に入れた何かしらのステータスのおかげだろう。


「お兄ちゃん!」


 バリケードの奥から茜が飛び出してきた。

 そのまま真白の方まで駆けて来て、抱き着き兄妹の感動の再開かと思われたのだが、茜は「お兄ちゃん? 何その恰好?」と言って、途中で立ち止まってしまった。


 真白はすでにお鍋の蓋は捨てたが、皮の鎧を上下に装備し、安全ヘルメットをかぶり、手には剣を持っているのだ。訝しまれても仕方ないだろう。


「話せば長くなる。さて問題はこれからどうするかだ」


 真白はとりあえず怯える生徒たちを見回し、声を上げた。


「いいか、全員よく聞け! ここにいたゴブリンは全部倒したが、教室の外に出ればまた新しくゴブリンが湧くからな」


 怯える生徒たちが目を見合わせている。真白に言っていることを理解するのに時間が掛かっているらしい。理解できたとしても、信用できる要素は何もないだろう。

 特に真白は、生徒たちの間では関わってはいけない生徒の筆頭として有名なのだ。信頼がないのも仕方がない。

 しかし茜が「皆、お兄ちゃんの言う通りにして。絶対この教室から出ちゃダメだよ」と言うと、すぐに「わかった」「信じるよ」などと声が返ってきた。

 正直真白は、この教室を出るかどうかなど自己判断でよかったのだが。どうやら茜は同級生たちに、かなりの信頼を得ているらしい。 


 真白は少し気になって訊いてみた。


「なぁ、茜。このバリケード作るように指示したのって……?」


「私が皆にお願いして、皆で作ったんだよ」


 やはり茜だった。

 真白は家以外の茜など知らなかったが、学校でもかなり優秀なようだ。


 真白が感心して頷いていると、桃華が声を掛けてきた。


「真白君、いったん私たちも自分の教室に戻らない?」


 真白が少し嫌な顔をする。

 自分のクラスなどどうでもよい。友達がいるわけでもなく、たとえ全滅していたとしても涙一つ零れないだろう。

 だが考えてみれば、荷物はあの教室に置いたままだ。必要そうなのは財布とスマホくらいだが、一応取りに戻った方が良いだろう。


「わかった。そうしよう。茜、悪いんだが、ここで待っていてくれ」


 しかし茜はかぶりを振った。


「私もお兄ちゃんと一緒に行く。こんな状況で離ればなれになりたくないよ」


「うーん、わかった。一人増えるくらい問題ない」


 もちろん茜を戦力には数えられない。しかし真白自身、近くに茜がいれば安心できそうだった。


 桃華の冷たい視線が背中に刺さっているのを無視し、真白は二人を連れて移動することにした。

 廊下に出ると、早速ゴブリンが三匹出現した。さらに追加でオークまでもが現れる。


「桃華、魔法は残ってるか?」


「えっと……多分一回だけなら」


「なら桃華は茜を守ってやってくれ」


「うん、わかった」


 真白は右手を前に突き出すと、彼女の名を呼んだ。


「来い、『レディ・エレノア』」


 途端に漆黒の大型熊が出現する。


「目の前の敵を殲滅しろ」


「グォオオオオオ!」


 エレノアが吼えた。

 すると、魔物たちがたじろぐ。

 しかしエレノアは容赦することなく、ゴブリンを爪で次々に屠り、逃げようとしていたオークも一瞬で捕まえて喉元を食いちぎってしまった。

 そして特にそんなことは命令していなかったのだが、むしゃむしゃとオークを食べ始めてしまった。


「何だ、オークって食えるのか?」


 独り言で言ったつもりだったのだが、真白の疑問に答える声が上がった。


「うん、人間でも食べられるよ。味は豚とおんなじ」


 その聞き覚えのある声は、真白のズボンのポケットから聞こえてくる。

 考える余地もなく、ライアンだ。

 てっきりこっちの世界まではついて来ないものだと思っていたが、ついて来れてしまったらしい。


 真白はライアンを無視し、エレノアを自分の影に隠れさせた。

 茜がエレノアを見て怯えているが、桃華がちゃんと説明してくれているようだ。


「お兄ちゃんとモモちゃん、魔法使いになったの?」


 先に進みながら茜が訊ねてきた。


 真白と桃華は顔を見合わせる。


「そうじゃないけど……、とりあえずそういうもんだと思っておいてくれ」


 今、説明している暇はない。もっと落ち着いてからするべきだろう。


 真白たちが階段を上り、自分たちの教室の前に着いた。

 真白にしてみれば、何時間も経ってから戻ってきたのだが、実際には三十分ほどしか経ってない。それでもそれだけ経っていればどれだけ悲惨の状況になっているか、わからない。スマホで確認すると、教室の中は黄色く表示されているのだ。つまりこの中にはまだゴブリンが残っているのだから。


「ねぇねぇ、全部真白がやっつけちゃっていいの? 新しい人を補充した方がいいんじゃない?」


 ライアンが訊いてくる。

 真白はなるべくゴブリンを狩りまくりたいのだが、ライアンの意見ももっともだ。そしてライアンの意見で、真白は一つ思いついた。


――茜を仲間にすればいいんじゃないか?


 そうすれば向こうの世界でも茜を守ってやることが出来る。それに茜が力を手に入れれば、何かあった時に自分の身を自分で守れるはずだ。

 ライアンに乗せられたみたいで癪ではあるが、それが良い考えなのは間違っていなかった。


 真白はスマホの『ミッション』を開いた。

 新たにミッションが追加されている。


2ndミッション

「七日以内にゴブリンを三百体、オークを三十体倒せ」


 さらに画面は下にも続いていて、


新規参加者募集ミッション

「七日以内にゴブリンを百体倒せ」


 というミッションがあった。


「茜。茜もゴブリンを倒してみないか? そうすれば茜も魔法使いになれるし、俺たちと一緒に戦える」


 早速茜を誘ってみるのだが、意外なことに茜は首を縦に振らない。


「ごめんね、お兄ちゃん。私、自分の手で何かを殺すのって……怖いよ」


 もし「嫌だ」と言われたなら説得するつもりだったのだが、「怖い」と言われてしまえばそれまでだ。怖いものは怖いのだからどうしようもなかった。


「わかった。ならしょうがないな

 よし、とりあえず教室に入るぞ」


 真白は残念ではあるが、諦めることにした。

 そして気持ちを切り替えて教室の扉を開ける。


 教室と廊下は別マップ扱いになっているようだ。

 また魔物が現れて襲い掛かって来るだろう。すぐに屠る準備が必要だった。

 エレノアをすぐ出せるように準備し、扉を開ける。

 すると、案の定ゴブリンとオークの群れが現れた。

 真白は直ちにその群れをエレノアに襲わせる。エレノアがいれば、楽な作業だ。


 あとは教室にあふれかえるゴブリンを殲滅するだけなのだが、なぜか教室内にゴブリンはいなかった。

 いや、確かにゴブリンはいる。

 しかしそのどれもが虫の息で、教室の隅に乱雑に積み重ねられていた。

 真白たちが呆気に取られていると、一人の生徒から声を掛けられた。


「やぁ、光坂君、お帰り。随分強そうな仲間を連れてきたじゃないか? エレノアちゃんっていうのかい? そうか、わかったよ。君は『特別ステージ』とやらに参加してきたんだね」


 そこには爽やかな笑顔で手を振る、箒を手に持った中学生に見える美少年、もとい、学級委員長がいた。


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