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起死再生  作者: KT
1/12

君を救うために僕は死ぬ

 難しいな、生きるって。


 こんなにも人は居るのに。こんなにも、世界は広がっているのに。

 生きるって、大変なんだな。


 いつまでも在り来りな日々が続いて行く。


 変わらないようで、少しずつ緩やかに変化する毎日を、ずっと歩んでいく。


 それは簡単なようで、当たり前のようで。


 けど、難しくて。


 気づかないだけだったんだ。


 気づけなかっただけなんだ。


 生きるってとっても、大変だ。


   ※


 例えば、今年十八歳となる少女が死亡する確率は何パーセントだろう。


 人間は誰しも、いつか必ず死んでしまう。


 形あるものに永遠はなく、それはきっと、科学技術が発達した数百年後の世界でも不変に違いない。


 だから人は、時折こう思うのだ。


 この一瞬が永遠であれば良いのに、と。


 世界はどうしようもなく、残酷だから。


「まき、くん……」


 今にも消えてしまいそうな、掠れた声だった。


 彼女は最後の力を振り絞るように、震える手を僕へと伸ばす。


 その手は赤色をしていた。腹部から溢れだした液体は留まることを知らず、彼女の周囲に広がって行く。


 先ほどまでだらりと投げ出されていた彼女の手は、その液体に染められていた。


「まき……くん…………」


 彼女は譫言のように僕の名を呼ぶ。


 その声は優しさに溢れているようだった。


 その声は彼女の本質そのもののようだった。


 その声は…………彼女の命を糸にして紡がれているようだった。


「居るよ。僕は、ここに」


 頬に添えられた彼女の手を、両の手で包み込む。


 長く、繊細で、柔らかなその手は、惨たらしい程に冷たいと感じた。


「あり……が、……と」


 頬に添えられた手が、するりと離れて地面に落ちる。


 彼女は満足げに笑った。全てを絞り切ったとでも言いたげに。


 言葉は続かない。


 それが彼女の、最後の言葉だったから。


「…………感謝なんて、要らないよ」


 ただ、僕は君に生きて欲しい。


 望むのは、それだけなんだ。


 彼女の亡骸に別れを告げて、僕はその場から離れた。


 遠くからサイレンが聞こえてくる。


 集まり始めた野次馬の中を抜けて、建物の合間にある陽の当たらない裏路地へと入る。あの子はここで待ってくれているはずだ。


「今回もまた、やり直しますか?」


 もう何百回聞いたかもわからない問いを、あの子は投げかける。


 声がした方を見ると、あの子は背を壁に預けて腕を組んでいた。


 その表情は、諦めたらどうだと言いたげだ。


「……その質問、する意味ってある?」


「いちおう言わなきゃいけない決まりなので」


「何回目だっけ」


「憶えていませんけど、たぶん三桁は超えてます」


「じゃあ、聞かなくてもわかるだろ」


「いちおう決まりですからー」


「…………」


「おっと、謝んないでくださいね? これはお仕事ですので。謝られると色々と精神的に来るんです。謝っちゃダメですよ」


「…………頼む」


「りょーかいです」


 彼女は快活に笑って見せた。


 そして、背中に隠し持っていたナイフを、僕へと向ける。


「動かないでくださいね。出来るだけ苦しまないようにしたいので。即死させるにもコツが居るんですよ」


「一回で死ななかったら、二回めで止めを刺せば良いよ」


「あははー、先輩ったら簡単に言ってくれちゃいますねぇ。……ま、先輩がそれで良いなら、わたしは構いませんけど、ね!」


 彼女は僕にダッシュで近寄り、勢い任せに左足を踏み込んで、ナイフを持った右手を突き出した。


 肌を食い破られ、肉を断ち千切られる感触が左胸から発せられる。


 突き刺さった刃は、体内に血を巡らせるため休まず鼓動する臓器へ達した。


「……また会いましょう、先輩」


「あ、ぁ……」


 視界が暗転する。急激な寒さに包まれて、心を孤独が支配する。


 何度やっても、この瞬間だけは慣れそうにない。


 人が死ぬ瞬間。


 命が消える瞬間と言うのは、こうも寂しいのだと、僕は死ぬたびに実感するのだ。






 ――そうして、繰り返す。


 何度も、何度だって、何度になっても。


 生と死を繰り返し。


 悲しみと別れを繰り返し。


 彼女の死を繰り返し。


 また僕は、繰り返す。


 いつかきっと、彼女が死なずに済みますようにと。


 ただ、それだけを願いながら。


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