光り輝くその月は…
1
「……よ」
妻が僕に最後に言った言葉を探して
僕は毎日海に来ている。
ここに来れば砂が、波が、潮が思い出させてくれるような気がするから。
2.
僕の妻は半年前に亡くなった。
とある海難事故でのことだ。
僕とのささやかな旅行中に事故に遭い、
彼女が死んで僕だけが生き残った。
当時は何も考えられないくらい悲しかった。
あの時、何故僕だけが助かったのだろう。
それを考えない日は無い。
こうして海に来るのも彼女のことが忘れられないからだ。
でも、妻が最期に残した言葉だけが思い出せない。
ただ砂は形を変えて波に運ばれていく。
ただ潮は満ち干きを繰り返していく。
そこに僕だけを残して。
3.
ここに来てから1年と少しが経った。
僕の気持ちも少しは落ち着き出してきた頃だ。
その日は月が綺麗だった。暗闇を跳ね除けるその輝きはまるで彼女のようだと、
そんな感傷に浸っていた。
砂浜に腰掛けて海に映る月の光を眺めていると、ふと声を掛けられた。
「こんな時間にどうしたのです?」
聞き覚えのあるような声だった。
ふと振り返ると、フードを深々と被った女性がいた。
「あ、いえ、大したことは…無いんですよ」
「なら少しお話ししませんか?」
そうして少しの間フードの女性と話をした。
月が雲に隠れるまで。
4.
そこから1年が経った。
少しずつ海に来る時間が減ったが、
それでも時折ここに来た。
フードの女性も時々ここに来て、僕と取り止めのない話をしていた。
「不思議なものだね」
「何がです?」
「僕ら互いのことを殆ど知らないのにそれでもここに来て話をするんだから」
「ふふ、それもそうですね」
そんな話の繰り返しだ。
「月が綺麗ですね」
「漱石かい?」
「ええ、いい言葉だと思いませんか?」
「そうだね。それにしても、本当に綺麗な月だね見ていると飲み込まれてしまいそうだよ」
ささやかな幸せはゆっくり過ぎていく。
月が雲に隠されるまで。
5.
「私はもう行かなくちゃ」
本当は気付いていたんだ。
月の出てる時だけ彼女がいたことも。
「貴方と過ごせた時間はとっても楽しかった」
フードの女性が僕のよく知る人物だということも。
「僕の…方こそ…君…との時間は…楽しかった」
嗚呼あわよくばこの時間は永遠に続いて欲しかった。
でも、それは叶わない。何故なら彼女は、
妻は本当はもういないから。
「ありがとう…こんな僕のところ…にもう一度来てくれて…」
月に影が重なろうとしている。
少しずつ彼女の姿が薄くなっていく。
彼女の唇が言葉を紡ぎ出す。
「ありがとう、あなた。大好きだよ。」
思い出したんだ。
彼女が最期に言ってくれた言葉を。
そうだった。こんなに簡単で…簡単で暖かい言葉だった。
「ああ、僕も大好きだ」
月に影が重なる。
彼女の姿は消えた。
6.
今でもあの時のことを考える。
あれはきっと月がもたらした奇跡のようなものなのだろう。
海と月には密接な関係がある。
もしかしたら月が、海から彼女を僕の元に連れてきてくれたのかもしれない。
7.
ただ砂は形を変えて波に運ばれていく。
ただ潮は満ち干きを繰り返していく。
でも、僕はもう立ち止まらない。
彼女がぼくの背中をそっと押してくれたから。
月は静かにそして暖かく僕を見守るように
輝いている。