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温めておいた作戦

 日が良い感じに刺す高校の中庭を横断し、ある所に向かう。


 昨日はロクに笛重さんと話す事が出来なかった。


 指導が終わった後、直ぐに消えてしまった彼女を追おうとするも唐崎(ぼうりょくおんな)が逃してはくれなかった。


 予想以上の強敵であった唐崎のせいで、このままだと笛重さんとは上手くいかなくなってしまう。


 そこで俺が温めておいた作戦を実行することにした。


「……お、いた」


 中庭を抜けると出てきた大きな体育館。現在は昼休憩でそこで授業は行われていない。

 しかし、近づいただけでも聞こえてくるボールが叩きつけられる音が男の存在を知らせてくれた。


 重くずっしりとした扉を開けると、男が宙を舞い今まさにボールを打とうとしていた。


「……」


 嫌な予感がした。ボールの行き先が、俺が立っている所のように思えたからだ。


 そして、轟音と共に放たれたボールは後ろのラインギリギリを凄まじい速さで捉え、その勢いのままバウンドしてくる。


「はっや!」


 打たれる前から構えていたのにボールを上手く受ける事は出来ず、弾いてしまった。


 ワンバンしてこれだから末恐ろしい。


「浅原、すまんすまん」


 そんな極悪スパイクを放った傑先輩は、着地すると同時に謝ってきた。わざとらしさ満開の謝り方されてもな……


「何がすまんですか?わざと狙いましたよね?」

「な、何のことだか」


 先輩の実力は既にプロのレベルまで達している。あれだけの威力であったとしても、寸前にコースを変える事が可能なぐらいに。


 ただ、難点としてはアホな所だ。戦術がめちゃくちゃで監督によく怒られていた。


「おお、もうこんな時間か」


 先輩はずっと壁に張り付けられている時計を始めて見たかのように驚くと、脇に寄せてあった鞄から弁当を取り出す。


「一緒にいいですか?」


 床に弁当を広げた先輩の横に、了承の言葉を聞く前に俺も弁当を広げる。


「…ふぁ……」

「眠いんですか傑先輩?」


 一息ついて気が抜けてしまったのか先輩は大きく欠伸をした。

 早寝早起きがモットーである先輩の欠伸を見たのは初めてかもしれない。


「昨日遅くまで笛重にゲーム付き合わされてな」

「ふ、笛重さんとですか?」

「ああ、ちょっと怒っててなぁ。私に勝つまで寝かせないってよ。結局勝てなくて、気づけば寝落ちしてたが」

「スパルタですね……」


 笛重さんがゲームをやる事に少し驚いたが、あの冷酷さで勝つまで寝かせてくれないとか俺だったら寝れないな。笛重さんが寝顔を見せてくれるまで負けまくってやるからな。


「なあ、浅原。頼みがあるんだ」

「え?」


 おかずを口に運びながら、どう作戦を組み立てて実行しようか考えていると先輩から話を持ちかけられた。


「お前の弁当と俺の弁当、交換してくれないか?」

「……え?」


 何の話かと思えば弁当の話か。何か重要な話かと期待してしまったじゃないですか。


「別に良いですけど、どうしてですか?」


 先輩の弁当に目をやると普通に美味しそうなので要望に応えた。


「笛重が急に弁当作るってな……」

「なっ!?」


 先輩の言葉に耳を疑い、箸を手から落としてしまう。


 笛重さんの手作りだと!?まだ付き合ってもいないのに手作り弁当が食べられると!?


「い、い、い……いいんですか!?」

「まあ、食べたらわかる……」


 先輩の言い方に何か棘を感じるが、あの笛重さんの作った弁当が不味い筈はない。たぶん。


 落としてしまった箸を綺麗に拭き、手作り弁当に伸ばした。


「いただきます」


 そして、口の中に頬張る。


「……」

「…な?交換してくれてありがと」


 それを飲み込む。


 その味は不味い訳ではない。


 異様に濃い。濃すぎる。塩分糖分その他諸々の調味料が通常の三倍含まれている感じだ。


「美味しいですね」

「す、凄いなお前」


 別に不味くは無いので、嘘は言っていない。あの笛重さんの手作りだと思えばこれぐらい不味いの内には入らない。


「本当に浅原は……」

「何です?」


 先輩は三倍薄い弁当を食べながらボソッと言う。三倍濃い弁当をガツガツと食べていた俺はその言葉を聞き逃さなかった。


「本当に、お前は笛重の事が好きなんだな」

「も、勿論好きですよ」


 先輩は当たり前の様に言った。俺が笛重さんに告白した事を知っているとは思わなかった。


 笛重さんから教えてもらったのだろうか。それとも部活の時にその話題を話しているのを聞いてしまったのか。

 どちらにせよ、笛重さんにゾッコンな先輩が良く思う事はない筈だ。


 俺は次に発せられる先輩の言葉を聞く前に唾を飲んだ。


「なあ浅原、今度のは一生の頼みだ」

「い、一生の頼み?」


 次から次へと先輩は話を持ちかけてきた。今度は、先程の頼みとは格が違うらしい。


 ただ、内容は何となくわかってしまった。これ以上妹に近づかないでくれ、などの類だろう。


 そして先輩は俺の目をしっかり見て、真面目に口にする。


「笛重と付き合ってくれ」



「……へ?」


 想像と違ったその内容に俺は、数秒無言になり目を点にしてしまう。

 近づくなどころか逆にもっと近づけと?


 俺はハッとする。こんなチャンスは滅多に訪れてはくれないと。この時の為にわざわざ、やった事もないバレーボール部に入部したんだ。


 実の兄の頼みを逃すほど俺はアホではない。


「傑先輩!その話、詳しく聞かせて下さい!!」

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