無自覚的ストーカー
外と内の温度差からか窓が軽く曇り、冷水の入ったコップには水滴が何粒も滴る。
高校から少し離れた所にある評判でもない普通のラーメン屋のテーブル席に俺と宮村は座っていた。
手元には熱々のラーメンを置いて。
「お前、餃子だけでいいのか?」
「ああ、風邪ひいてるし」
餃子が来てからも頑なにマスクを外そうとしない宮村。一体その餃子をどうやって食べてやるつもりなのだろうか。
「それにしても、お前本当に自覚ないのか?」
ズルズルっと麺をすすり口に含んでいると宮村は例の話に触れた。
笛重さんが俺を怖がっていることだろう。
頭の中を整理するための時間稼ぎに麺をよく噛んで飲み込んだ後、スープを一杯飲んでから答えた。
「……ないといえば嘘になる。いや、ある……ない」
「どっちだよ」
多分俺は笛重さんに恐怖を与えていたのだろうが、俺にその自覚はなかった。しかし、それを肯定することは俺が笛重さんのことを何も理解していないようで嫌だった。
「森島はお前にストーキングされたと言っていたぞ」
「……ん?ストーカーなんてしたことないぞ」
宮村の冗談に俺はちょっとにやけてしまうが、これもしかして冗談ではないのか?
「……学校内で笛重さんの後ろをついて行くことはストーカーにはならないよな?」
顎に手を当てて今までの俺の行動を思い出して口にすると頭に怒りの一撃が降り注いだ。
「痛!何すんだよ宮村!」
「それはストーカーだろどう考えたって!」
叫んだ俺に被せるように叫んできた宮村。
しかしここで俺には疑問が浮かんだ。
「お前、人のこと言えないだろ」
「は?」
水を一杯口に含んでからその疑問をぶつけてやった。
「大体俺が笛重さんの後ろをついて行く時、お前も一緒にいたよな。笛重さんは唐崎と一緒にいるし」
「……」
その疑問にジャーキングにでもあったのかように宮村は体をビクッとさせた。
そして箸を取り、震える手で餃子を掴んだ。
「あとさ、お前って頭いいのにどうしてウチの高校に来たんだ?もっといい所行けただろ?唐崎がいるから?」
「……」
そしてそれを口にゴールイン!しようとするがマスクがナイスセーブ。しかし、餃子の勢いは止まらずマスクの紐が耳からオーバーラン?
まあ、とりあえずコイツ何やってんだ。
「唐崎のストーカー」
「……いや、そんな……筈はない」
汚れたマスクを取り除いて餃子を凄い速度で頬張り始める宮村のライフは何故かゼロだった。
「そうだろ?無意識の内に男はストーカーになっちまうんだな」
「……仕方がない。可愛いのが悪い」
言っちまったよ宮村くん。言質取りましたからね?俺がストーカーで捕まった時は一緒に捕まって欲しいものだ。
「も、森島はこうも言ってたぞ。早朝に襲おうとしてきたってな」
宮村は何とか俺よりもマシな奴になりたいと話を変えるが、それに関しては本当にただの誤解なんだよな。
「それは角井先生の勘違いだよ。襲おうとなんてしてないし、襲うなら確実に襲ってるよ」
「お前酷いこと言うな……」
どうしてそんな勘違いをしたのかが謎だったが、角井先生も俺から恐怖を感じていたのだろうか?
ラーメンの麺がすくいきれなくなったのに気付いて替え玉を注文する。便乗して宮村も餃子を注文した。
「つまり、お前に悪気はなかったと?」
「なかったけど、それが笛重さんを苦しめていたのは事実なんだろ?なら、非はある」
麺が届くまで具のないスープをじーっと見つめて、笛重さんの顔を思い浮かべる。
いつもキリッと凛としていて全く動じない。男にはとても冷たく、女子ともあまり口を開かない。誰もがその目をみれば背筋が凍るような感覚に襲われる。
「笛重さんって、もしかして気が弱いのか」
その弱さを他人に悟られないために自分を偽っている。
「なあ、宮村。昔の笛重さんについて教えてくれよ」
笛重さんは昔、男達とよく遊んでいたと宮村は言っていた。きっとその時の笛重さんこそ、偽りのない笛重さんのはずだ。
「……それは」
替え玉がスープに落とされ宮村の手元に餃子が置かれる中、宮村は俺から顔を背けた。
「……」
目を細めて眉間にシワを寄せる。あの頭の中では物凄い速さで情報が処理されているのだろう。笛重さんの過去を話すことに何か重大な問題があると言っているようなものだ。
力の入った顔をまま俺を見て宮村は口を開いた。




