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建前だけの宣戦布告

 笛重さんのいない教室。それは次から次へと行われる授業を普段の何倍にも長く感じさせてくれた。


 後ろ姿を見ているだけで光の速さで過ぎ去っていった時間に比べ、教師の話を聞きノートを真面目にとる時間は亀が歩くぐらい遅いので欠伸が出てしまう。


 そんな大半の人間が毎日味わうはずの辛く長い時間を耐え抜き、下校を告げるチャイムが鳴った。


「浅原、ちょっといいか?」


 鞄に教科書類を突っ込んで教室を出ようとするが担任に呼び止められた。

 その内容は把握できていた。


「はい」

「お前な、宿題ってもんをなんだと思っているんだ?」

「無駄……じゃなくて学んだ事を再度その身に焼き付けるための復習行為ですかね。復讐してやりたいですね、宿題なんてもんを作った野郎に」

「何を言っているんだ浅原……。いや、間違ってはいないがな……」


 始まってしまったお叱りの儀式を右耳で取り入れ左耳から排出する。これこそ無駄な行為である。




 儀式が終わったのは二十分後の事だった。よくもまあそんなに話が続くなと途中から感心していたぐらいだった。


 宮村様が中庭でお待ちしていらっしゃる。急がねば。


「……ん?」


 少し小走りで階段を降っていると、窓から中庭が見えたので少しだけ覗き込んでみる。するとそこに宮村と傑先輩の姿を発見した。


「傑先輩と何を話してんだろ?」


 俺が担任に捕まっている間に帰ってしまっていないかと確認したつもりで覗き込んだが、傑先輩と話して暇を潰していたようで安心する。


 それに傑先輩とも話したいと思っていたから都合が良い。


「遅くなった宮村。傑先輩お疲れ様です」


 上履きのまま中庭に飛び出てからすぐに二人と目を合わせる。ベンチに腰をかけていた宮村と傑先輩はじーっと俺の方を見てくる。デジャブでしかないぞ、この感じ。


「……そ、それで整理したいって何を整理したかったんだ?」


 今度は目を閉じることによって強制的にその視線をシャットアウトして顔を赤らめずに済んだ。


「森島のことだよ」


 やっと口を開いてくれたので目を開けてため息を吐く。


「笛重さんの何を整理する必要があるんだ?」


 宮村は笛重さんとあまり関わりが無いように思える。実際、唐崎と傑先輩のことは下の名前で呼んでいる癖に笛重さんは森島だ。


 関わりが無いというよりも関わらないようにしている、と言った方がしっくりくる。


「お前のことな」

「なるほど、笛重さんが俺を嫌っているって話か。それなら丁度俺も話があるんだ」

「まあ、言い訳ぐらいなら聞いてやるよ」

「言い訳?何を言ってるんだ宮村?」


 宮村の考えがなんとなく汲み取れたと思ったが、どうやら違うらしい。

 というか未だに一言も発しない好き先輩は俺の顔をずっと凝視している。


「宮村と考えていることはわからんが……。傑先輩、話があります」


 呼びかけにピクリと肩を上げる傑先輩。

 今朝から考えに考えて出た答え、笛重さんとの関係についてどうすればいいかの答えを口にする。


「笛重さんは俺を嫌っています。大っ嫌いとも言われました。口調が変わるぐらい激怒されました」


 いくら俺が好かれようとしても嫌われているという事実は消えない。


「先週、俺は告白しました。その時はまだ笛重さんとの関係は険悪ではなかったです。でなければ、友達になんてなってくれませんから」


 あの時と次の日も、唐崎に邪魔されなければ普通に友達として接せていた。


「だけど。一昨日、遊園地で先輩の計画が失敗に終わり嫌われました」


 そう、あの日の出来事が今の状況を作り出している。傑先輩の計画が俺と笛重さんとの間にどうしようもない亀裂を作ってしまったんだ。


「笛重さんは傑先輩が大好きです。そして俺は、そう思うためだけの道具です」


 離れなければならない傑先輩と一緒にいる為に俺を大嫌いになる。


「俺を大嫌いになっても笛重さんは先輩と一緒にいたかった。でも、先輩は家を出ることにしてしまった」


 俺を大嫌いになることは容易なこと。でも、傑先輩が離れていってしまうことはどうしようもない。


「このまま家を出てしまったら笛重さんは先輩を好きなまま、ただただ諦めきれず苦しみ続ける。そして俺は嫌われたままだ」

「……だから?」


 今まで黙って聞いていた傑先輩はやっと相槌を打ってくれた。


「だから、このままじゃ駄目です!」

「……何が?」


 その相槌はどこかトゲトゲしく、いつものアホな先輩からは想像もできないものだった。


「駄目だったんです。先輩が笛重さんのため俺のために嫌われ役になってしまったこと自体が!」

「……つまり?」


 先輩が相槌を打つたびに心臓が締め付けられ、気持ち悪さが喉までやってきて吐きそうになる。


「つまり!先輩は笛重さんに嫌われなくていいんです!一緒に居ていいんです!そうすれば俺も笛重さんに嫌われなくて済むはずです!」

「……」


 相槌は打たれなかった。目の前にいる背の高い筋肉質な男は本当に傑先輩なのか?こんなに気持ち悪くなりながら話すつもりはなかった。


 なんなんだ、この気持ちの悪い違和感は……。


「だから……俺は先輩に宣戦布告する!先輩は一切俺の味方にならなくていい!」


 ああ、本当に気持ちが悪い。


「笛重さんに嫌われてさえいなければ、俺を笛重さん世界中の誰よりも好きになれる自信がある!」


 これは建前であって、それだけ笛重さんのことが好きなのだと伝えたいだけだ。別に傑先輩と仲違いするつもりはない。


「そして笛重さんにも先輩以上に好かれる自信だってある!だから森島傑!!指を咥えながら待ってろ!!」


 だから人差し指を先輩に向けて言い放った。格好良いBGMをバックに言っていたつもりだった。


「……」


 しかし流れてしまっているBGMがどうにも、不穏な物としか思えなかった。


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