仮面の下
冷え切った廊下を熱い手を握って進む宮村。その口にはマスクをしていて、時折咳をする。
階段を降りるために一旦宮村が笛重の方を振り向いて様子を見ると口を開いた。
「……私が心配……ね」
その言い方はまるで浅原に向けられたもののようだった。浅原が知らない宮村と笛重の関係。
「よくそんな事が言えるわね。あんな変態ストーカーに手を貸しておいて」
やっと息が整ったのか、笛重は宮村の手を引き剥がしながら不快感を露わにして言った。
「それに関しては何も言えねぇな」
「否定しなさいよ……」
宮村の反論する気の無さに不快感を全開にして睨みつけた。
笛重の鋭い眼光から目を逸らすことなくため息を吐く。
「馬鹿正直な奴なんだよアイツは。思ったことはすぐに実行しないと気が済まないタイプのな」
「そうね」
「それでもちゃんとセーブかけてんだよ、アイツなりに」
最初は同意していた笛重も次の言葉には首を横に振ることしかできなかった。
「どこが?ストーキングしてきて、告白してきて、振ったのにまだ諦めなくて、傑を利用して、大っ嫌いって言っても諦めてくれなくて、早朝に襲おうとして、家まできて。これのどこがセーブしているというの?」
睨みながら口を次々と動かし速度をドンドンと上げて取り乱す笛重。
またしても宮村はため息を吐いた。
「それはお前にも原因があるんじゃないか森島」
「……?」
宮村は確信しているかのように言ってみせるも、当の笛重は全く持って自覚がなかった。
「ないわよ」
だから落ち着いてハッキリと、今度は取り乱さずに言った。
「まあ、別に原因があったとしてもお前が責められるようなもんじゃないからな」
「何が言いたいのよ」
宮村は振り返って階段を下り始める。
「お前、本気で浅原を遠ざけてないだろ。そうしないと罪悪感を感じてしまうからって理由で」
「!?……違う。それは修が変態ストーカーだから!」
宮村の背中を追って笛重も階段を下りながら訴えた。
「怖いのか?浅原が」
「……ええ、たまに震えるぐらいには」
弱って返事をした笛重に宮村は「ふーん」とどうでもよさそうに言う。
「誰かに相談したか?」
「……していない」
「傑にも?海鳴にも?」
「……うん」
先に階段を下り終えて再び振り返った宮村は笛重の目を見て口を開く。
「お前はいつだってそうだ。本当の思いを全部隠しやがって。誰も気づいてはくれねえよ、そんなに悩んでいたことによ」
「……」
宮村の言葉に笛重は足を止める。そして宮村から目を外すして手を握ったり開いたりして動揺する。
「なんで傑に本当の事を言わない。言えばアイツなら浅原と無理やりくっつけようとはしないだろ。どうして海鳴に本当の事を言わない。海鳴なら浅原を一切近づけないようにしてくれただろ」
宮村は言葉を続けた。その一言一言を聞く度に笛重の動揺による動きは小さくなっていき、止まった。
———ポツンッ
笛重の瞳から流れた涙が、熱を持った頬をつたり地面に叩きつけられた。
「……そんなの」
ボロボロと決壊した涙がこぼれ落ち、笛重の発言の邪魔をし始める。
それでも笛重は口を開いて、本当の思いを宮村に打ち明ける。
「……そんなの出来ないよ。……私は……いつだって冷静で……芯の強い女を……演じてきたから!今更、傑と海鳴に弱い一面なんて見せられないよ!!」
言い切ると階段に座り込み顔を隠して泣き続ける。
「……だから森島を責めてはないって。本心を打ち明けられないのは普通のことだから。俺だって、浅原がお前に告白しなかったら海鳴に告白しようなんて思わなかった訳だし」
宮村はそんな笛重を慰めようと、ここで浅原を出すのはおかしいと思いながらも照れ臭そうに言った。
「……傑、どこにも行かないでよ」
「……ん?」
しかし、宮村の慰めは耳に入っていないようだった。逆に宮村の耳に衝撃の事実が入ってくる。
「傑、本心から大好き……なのに……」
「んんん?……これはまた面倒なことに」
笛重の本心を知ってしまった宮村は咳き込みながら壁に体重をかける。
会話は宮村と笛重の関係には触れることなく終わった。




