本当の友達とは
家中に響き渡る大きなベルの音が俺を眠りから目覚めさせる。
何気ない夢から現実に意識をぼんやりと向けさせて思い出す。
「……やっちまったなー」
冷静な判断が出来なかったとはいえ、あの言葉を発言するべきではなかった。
あの後、彼女に心の底から冷酷を思わせる双眸で睨みつけられると握っていた手を強引に振り解かれた。
そして、そのまま無言で立ち去って行ってしまった。
流石に再び手をとり彼女を止める事は出来なかった。あの目は通報されてもおかしくなかったから。
一頻り昨日を振り返ると、頭を掻きながら支度を進める。
「まだ水曜日か」
ため息を付きながら軽く朝食を済ませると学生服を着こなし玄関を出た。
「まあ、彼女に会えるからいいけど」
教室に到着すると彼女が直ぐに目に入る
彼女は毎日早く登校しているので、教室に入る時は何時も彼女の席の方を見ているからだ。
肩に届かない程度の一本一本が綺麗に漆黒で染まった滑らかに艶のある髪。それにより少し隠れてしまっている澄んだ青空の様に綺麗な瞳。制服により体躯の美しい曲線がより際立って見える。
そんな彼女より後ろの自席に座りそのまま見つめ続ける。
「うーん」
彼女はいつもと変わりなく読書をしている。これは俺の告白に少しも動じていない証拠だろう。
つまり、あの言葉にも動じていない?
「よし、ここは……」
俺は座ったばかりの冷えきった席から立ち上がり歩みを進める。
その先には勿論彼女がいる。
動じていないというのなら普通に友達として声を掛けても何の問題もない筈だ。なんせ、俺と笛重さんは友達だから
「おはよう、笛重」
「……おはようございます、修。何か?」
少しも表情を変えずに俺の方を見ている。
どうやら大丈夫そうだ。
「特には無いけど」
「では、話しかけないでくれますか?」
大丈夫……なのか?彼女の目付きが一転、昨日と同一なモノになった気がするのだが。
やはり、異性をいきなり自宅に誘うのはマズかったか。
だがしかし、その目付きもまた好きなんだよなぁ。
「ちょいちょい、そこの男子」
「ん?」
どうすればいいのかわからず彼女の素晴らしい容姿に酔っていると、後ろから声が投げかけられた。
「あんた、笛重が困っているでしょ。いい加減気付きなさいよ」
それは、一年B組学級委員長 唐崎海鳴によるものであった。
確か彼女は笛重さんと幼馴染だとか。
真っ直ぐに腰まで伸ばしたブロンズ色の髪に、琥珀色に反射する瞳に黒縁眼鏡。笛重さんとは非対称に直線的な体躯の持ち主である。
「困ってるって、俺と笛重は友達だぞ?」
「は?あんたと笛重が友達な訳ないでしょ?それに笛重って呼んでいいのは私だけだかんな」
「いやいや、馴れ馴れしかったのは謝るけど、友達だよ」
いつもは誰にでも柔らかとした振る舞いをする彼女だが、笛重さんの事になると面倒臭い女に変化してしまう。
「ね、笛重さん?」
「そうね……一応ミジンコ並みの友達」
それ見たことか。と自慢げに俺は胸を張った。因みにミジンコ並みって俺と笛重さんの心の距離がミジンコ並みって事かな?
「そ、そうなの笛重」
唐崎は唖然とした表情で問いかけた。しかしそれに笛重さんは答えず本に目を向けた。
それを見た唐崎は拳を思い切り握りしめて。
「おい、あんた!笛重に何したのよ!?」
叫んだ。
あまりの声を大きさに教室内どころか廊下にいた生徒の視線がこちらに集まる。
「何って、告白」
そんな視線なんかに負けじと俺は言い張ってやった。
それだけ俺は自信を持って言える。
俺の言葉に辺りは騒めき、笛重さんは持っていた本を閉じてそっと机に置く。
その仕草が愛らしくて見ていると突然胸倉を掴まれた。
「あんた……覚悟出来てんの?」
「え?いや、告白ぐらいみんなしてるじゃん」
「それを……」
俺の情報網によると笛重さんは月に一回、いや週一で告白さりゃう!?
「人前で!私の前で!笛重の前でそれを告白してんのが問題なんじゃ!!」
「…あっ、ちょい……」
気付けば俺の体は唐崎によって宙に浮いていた。背丈は少しだが俺の方が高く筈なのだが、それを唐崎は細腕で持ち上げている。
これは火事場の馬鹿力というやつなのだろう。
「……し、死ぬ………」
「死ね!!」
そんな事を考える場合ではない。このままだとマジで死ぬ。
足を必死にばたつかせるもビクともしない。
声が出ない事や目もロクに開けられていない事、口から泡を吹いているという事実に諦めそうになった。
そこに慌ただしい足音と共に教師であろうものが止めに入る。
しかしコンマ数秒、間に合わず俺の意識は飛んだ。
女って怖い。