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珍しい遅刻

 目覚ましのベルが響き渡る音と母の咆哮が俺を覚醒させる。


「まったく、いつまで寝てるの!ご飯冷めちゃったわよ」

「……おはよう……あれ、俺いつ寝たんだ?」


 小一時間眠ったものの流石に睡眠不足過ぎて風呂に入ったあとぶっ倒れたのだろう。

 体を起こして母がブツブツ言いながら階段を降りて行くのを確認してから時計を見た。


「…………は?」


 いつもなら既に家を出ている時間だった。

 頭の中が真っ白に吹き飛んだまま急いで支度を済ませる。家を出ようとするが、再び時計を見ると走っても間に合わないと思い仕方なく自転車の鍵を取った。


「行ってきまーす!」


 何故かいつもより大きい弁当を渡された気がするものの確認している暇もなく、錆び付いた自転車に跨って学校に向かう。






「んじゃ、今から点呼とるぞ。浅……」

「先生!まだ、遅刻じゃないですよね!?」


 バタッ!と勢い良く扉を開くと大柄で丸々の担任と目が合い、咄嗟に確認をとる。未だにチャイムは鳴っていないので大丈夫だとは思うが。


「っち、あと数秒遅ければ遅刻にしてやれるところだったのに……浅原」

「はい!」


 返事をしながら自席に着くと皆んなの眠気を吹き飛ばすチャイムが鳴る。

 あのクソ担任、俺がいないことを知って早めに点呼をとり始めたな?


 呪ってやる、と担任を睨むも点呼は順調に途切れることなく進んでいく。


「唐崎」

「…………」

「唐崎 海鳴?」

「……あ、はい!」


 しかし唐崎がその流れを止めてしまった。真面目な学級委員長にあるまじき行為だ。勘違いしている人も多いと思いますが暴力を振るう以外は本当に真面目な方なんですよね彼女。


 何かを気にしているようだったが、物凄い体力を使い学校に来たため呼吸を整えるので精一杯でそれを考える暇がなかった。


「森島」


 呼吸が整ってきた頃にハッとする。


 誰よりも一番乗りしていつも前の席に座っている笛重さんがいなかった。


「森島いないのか?休みか?連絡受けていないが」


 担任が名簿にペンを突き立てたその時、廊下から走る音が聞こえてくる。


「……ん?また浅原か?」

「いや、俺ここに居ま……」


 バタッ!っと俺のツッコミに扉が開く音が重なった。


 今教室にいないのは笛重さんと副担任の角井先生だけで、内心誰もが角井先生だろうなぁと思っていた。


 そのため、教室は静まり返った。


「まだ……ちこ……遅刻じゃない……ですよね!?」


 そんな教室に笛重さんの声と荒い息遣いがこだまする。その瞳は俺が担任を呪おうとしていたそれの比にはならなず殺す時のものだ。


「……も、もちろん遅刻じゃないぞ」


 脅しとも取れる笛重さんの目付きに担任はペンを持っていた手で親指を突き立てる。


 すると笛重さんは何事も無かったかのように自分の席に座り、


「……はぁ……はぁ」


 担任を睨みつけながら息を整えていた。

 笛重さんも俺と同じで寝坊でもしてしまったのかな?もしかして、俺のせいで夜も眠れなかったのだろうか。


「ま、まあ、あとは全員いるな。よし、点呼終わり!今日も一日頑張ろう!」


 笛重さんの眼力にやられて、そそくさと教室を出て行ってしまう担任。


 苛立つぐらい長い担任の朝のお話がなくなったのは嬉しいが。担任よ、本当に教師としてそれでいいのか?


「……はぁ……はぁ」


 担任のいなくなった教室はいつもなら直ぐに騒がしくなるというのに、笛重さんの息遣いだけが支配し続ける。


「おはよう笛重さん。気が合うね、実は俺も遅刻しかけたんだ」


 それが何だと笛重さんに近づいて怖気ずに話しかける。


「……おはよう……修。……はぁ……はぁ」

「笛重さん?」


 いくらなんでも疲れ過ぎではないか?かなり辛そうにして見える。


「大丈夫?」


 物凄く心配に感じ、前髪で隠れている顔を覗き込んだ。そこには弱って可愛らしくなってしまっている笛重さんがいた。


 そして、その前髪の下に冷却シートが貼られていることに気づく。


「も、もしかして熱あるんじゃ!?」

「……うるさい」


 俺の心配は届かず、笛重さんはそっぽを向いてしまった。俺は彼女に嫌われている。こうなってしまうのは当たり前だ。


「笛重、保健室行こ?」


 立ち尽くしていると片足を引きずりながら唐崎がやってきた。


「……私は大丈夫。……海鳴こそ安静にしてないと」

「いや、でも……」


 しかし、唐崎の心配すら躱してしまう笛重さん。


 その対応に衝撃を受けたか唐崎もそっぽを向いてしまう。そして、この状況を教室内の全員が気まずそうに見ていた。


「森島、保健室行くぞ」

「……!?」


 再び訪れそうになった沈黙をマスクを着けた男子生徒が打ち破った。

 笛重さんの手を迷わずに取り、教室の外に向かう。


「……大丈夫だって」

「心配なんだよ。お前がこんなに調子悪そうにしてるの見るとよ」


 そんなことができる男は保健委員で幼馴染みの宮村だけだろう。


 抵抗するも虚しく連れて行かれてしまう笛重さんの背中を見届けて唐崎に目をやる。


「なによ」

「いや、笛重さんを宮村に取られちゃったなぁーって」


 俺の視線に気付いた唐崎は機嫌が良さそうにしていたので、冗談半分で言ってみる。


「大丈夫よ。正樹は私のことを……ってなに言わせるんじゃ!!」

「言わせてねえよ!!」


 思い切り胸ぐらを掴まれあの時を思い出す。が、流石に意識が飛ぶことはなく直ぐに解放された。


「……ふぅ。それにしても笛重さんと宮村って、幼馴染みにしては話してるところあまり見ないな」


 そんな疑問を抱くも気に留めることはしなかった。

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