悲しい感情
「あ、もしもし、警察ですか?目の前にストーカー変質者が居るのですぐに来ていただけますか?」
俺の人生はどうやら終わりに向かっているらしい。
「か、唐崎!?ちょ、それだけはやめて!?」
笛重さん家の隣、唐崎家の玄関口でスマホ片手に通報しているお方がいらっしゃった。
「それじゃあ……そ……の……代わりに!!」
唐崎はブラックアウトしているスマホをポケットにしまうと見事な三段跳びを見せてくれる。
最後の踏切りを終えると高々と飛び上がった。
このままだと俺と衝突する気がするのは果たして気のせいなのだろうか?
「死ねぇええ!!」
「ぐふぁ!」
唐崎の渾身の蹴りが俺のに炸裂した。
運が良かった。頭ではなく腹に入って。
頭に飛んできていたら、また気絶オチになってしまっていたところだぁあ!!
「は、腹……が」
「いい加減、笛重に関わらないで変態ストーカー!まじで警察呼ぶわよ!?」
「ひぃ!……ごめん……なさい」
き、気絶した方が楽だったかもしれない。少し前に食い逃した昼を食べたばかりなので、口から出てしまいそうだ。
謝っているはずなのに拳が飛んできている。
本当にこの女は笛重さんの為ならば変態を殺すことも厭わない危険な存在だな。俺、死ぬのか……
「なあ、海鳴。足、大丈夫なのか?」
間一髪のところ、宮村の一声のお陰で処刑は中断した。
しまった!という顔で遠くを見てしまっている唐崎さん。その目からはとどまることを知らない涙が流れ出ていた。
「……いたい……うぅ」
「はあ……ほら、家まで連れてってやるから」
「……う、うん」
痛みに負けてしまった唐崎さん、小動物みたいになってしまう。宮村、飼い慣らしてるなー。
「よくも、二度も私の足を……あ、浅原!おぼえてほけ!」
「すみません。まず一度目を覚えていないというか知らないのですが」
完全に冤罪ですよね。多分ですが、貴女が勝手に痛めたんですよね?あと、噛んでいますよ。
とは流石に言えなかった。もし言っていたら、唐崎は足が粉砕しようとも俺を殺しにかかって来るだろうから
「うるしゃい!!いたい!正樹〜!」
「おー、そうかー。どーどー」
何あれ。俺は何を見せられているんだ?
というか、いつ仲直りしたんだ。宮村の野郎め、俺に協力的で無かったのはその為か。
そして、誰もいなくなった。
「……えーーっと……どうしようか」
結局、寝袋を渡す事ができなかったな。
笛重さんのことを諦めないとは宣言したものの居座ったり、もう一度ピンポンしたら確実に通報されてしまうだろうから帰宅する選択肢しかなかった。
それにしても、あの口調の笛重さんも……良かった。
静寂と凍てつく空気に居間が閑散とする中、私は椅子に座っていた。
「……あんなにも取り乱したのは初めて」
何も置かれていないテーブルを眺めながらため息をつく。
私は傑を家族として好きで、修のことを心底嫌っている。と、昨日宣言してしまった。
修には酷いことをしてしまったと思っていたけど、そんなことはなかったようだ。
今日の彼は今まで以上に過激的で歯車が少しでも狂っていたら警察のお世話になっていただろう。
「傑が一人暮らしか……家事とか出来ないでしょ、全く」
ふと、そんな心配をしてしまう。
傑はいつも前向きで熱中したものに妥協を一切せず、ただただアホだった。そんな傑を私は十六年間見てきた。
「……私のことも妥協せず徹底的に振り払うんだね」
一筋の涙が流れる。
「何だろうな……この感じ……」
前世でもこんな感情になったことがあり、その正体が何なのかわかった。
傑は家族で兄妹。そのしがらみで私は本当の気持ちに気付いていなかったのかもしれない。
これは失恋した時の悲しい感情だ。
私は傑に恋をしてしまっていたんだ。




