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彼女の家に行くだけだ

 吹っ飛んでしまうぐらいに軽い足がルンルンとテンポ良く上下にスキップする。

 上下ではなく前にその力をやれば格段に速く進むことができるだろうが、気分の悪い宮村を置いてきぼりにしてしまう。

 早く笛重さんの家に行きたい気持ちを抑えることの出来ない俺が仕方なく取っている行動であった。


「修、どうなっても知らないからな」

「なっにがー?」


 そんな気持ちを宮村は壊しにかかってくる。

 鼻をすすると大きくため息を吐いて苛立ちながら発言する。


「ストーカー野郎め。捕まってろ」

「酷い!先週はあんなにも協力的だったのに!裏切り者!!」


 協力と言ってもこじつけも甚だしいのは違いなかったが、こんなにも簡単に裏切られるとは思いもよらなかった。


「ごめん、流石に家まで付き纏うのは容認できんわ」

「そんなストーカーみたいな事はしないから」

「いやだからストーカーなんだって……もういいわ、好きにしろ。俺は早く帰って横になりたいんだ」


 ストーカーは言い過ぎだろう。ただ友達の家に行くだけだ。ミジンコ程しか繋がりがないとしても、一応笛重さんはそれを許可してくれているのだから。



 それに、



「建前ならあるさ」

「なんだそれ……」


 背負っていた鞄からある物を取り出した。


「傑先輩の寝袋。つまり、俺は笛重さんの家に傑先輩にこれを返す為に仕方なく行くんだ」

「文法滅茶苦茶だな」


 取り出した寝袋をしまい直していると、宮村が角を曲がり始めたので俺も付いていく。


「……って、傑はまだ体育館にいるんじゃないのか?」


 すると角を曲がり切る前に宮村は停止して俺の方を振り向いて言った。


「それが、保健室でお前に会う前に体育館に行ったけど居なかったんだよ」

「ほーん、珍しいな。ま、来週には卒業だしな」


 本当に珍しい事である。部活のある日は誰よりも最後まで残って練習しているぐらい休む事を知らない先輩が、今日に限って居なかったのだから。


 しかし、その事以上に俺の気に留まったことがあった。


「え?……もう来週は三月か。気付かなかった」


 そんな先輩も来週には卒業してしまうと思うと早いものだなと感じてしまう。

 春休みの練習に顔を出すのは目に見えてるが。俺はもう部活を辞めているようなものなので、会う機会が相当減るだろう。


「ここだ」


 ただ笛重さんに近づきたいが為に仲を深めただけの先輩だったが、この一年で色々なことがあった。

 と思いにふけていると、宮村が口を開いた。


 視線を宮村と同じ方向に向けると、立派な一軒家が立っていた。

 表札にはしっかり「森島」の文字。


「おお、確かに」

「因みに、隣は海鳴の家だから気を付けろよ」

「な、なんだってー!!」


 その隣には憎き「唐崎」の文字が刻まれていた。

 これは何をとは言わないがやらかしてしまった場合、逮捕どころか死刑の可能性が見えた。


「それで、因みに真っ直ぐ百メートルぐらい行くと俺の……」



 ——ピーンポーン!



 しかし!今、唐崎は負傷中。標的にされたとしても走って逃げれば問題はない。


 という訳で臆することなく玄関前のベルを鳴らした。


『……はい』


 宮村が人の話を聞けと説教をしてきて数秒、電子機器を通じて笛重さんの声が聞こえてきた。


「あ、どうも、浅原で」



 ——プツッ



 電子機器にはカメラが付いていたが、その横に立っていたので一応名乗ってみようとすると何かが切れる音がした。


 何かが何なのかなど直ぐに分かったので、間髪入れずにもう一度ベルを鳴らした。


『……はい……』

「あの、傑先輩に用事があって来たのですが」


 さっきよりも不機嫌そうな返事に、もう一度名乗ったらまた切られるだろうと感じたので、用件を第一に伝えた。


『兄は居ません。母と出かけております』

「そうかー、残念だなー。傑先輩に寝袋を返したかったのになぁ。うーん、傑先輩が帰ってくるまでここで待たせてもらうよ」

『………』


 傑先輩とお母様は外出中、おそらくお父様は勤務中だろうから……今、笛重さん一人だ。だから何だという話だが。


 それよりも、今度は切れる音がしなかったのにも関わらず返事がこなかった。


「これは現在、絶賛通報中だな。警察か海鳴、どっちだろうな」

「まさか。俺まだ何もやってないじゃんか。それよりも気分悪いんだろう?帰らなくていいのか?」


 宮村が怖い事を言ってくるので、邪魔に思い追い払う。

 それに対して宮村が「はいはい」と呆れて歩みを進めようとした時、大きな音と共に重く冷たい扉が少し開いた。


「開いた?」


 どうして扉が開いたのか、その答えを探す。

 外で待ってるのは気の毒だから中へお入り、だろうか。


 少し開いてから二秒も経っていないが、それ以上開かれない事に違和感を感じた。


 するとその隙間から、すーっと肌白い腕が伸びてくる。


「……当分帰ってこないと思うので、私が兄に渡しておき……!?」


 差し伸べられた手。それは間違いなく笛重さんの手で、気が付けば俺の手が重なり握手をしていた。


「………」

「………」


 これで俺が笛重さんに触れたのは三度目だ。一年近く想いを寄せているというのにだ。

 本当はもっと触れ合いたい。こんな鉄の塊を挟んで、笛重さんの顔すら見えず握手をするだけじゃなくて。


「……離せよ」

「……!?」


 彼女の柔らかな手の平を感じながら想いを馳せていると、鉄の塊の向こうからドスの効いた声が飛んできた。


 一体、誰の声なのだろうか。そんな事は考えるまでもなかった。


「大っ嫌いっつただろ……二度と俺に近づくな」

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