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見る事の出来ない笑顔

 ほのかな香りに嗅覚が反応したのをキッカケに、いつからか閉ざされていた瞼が持ち上がる。


「………」


 目の前に広がるのは、大草原。それを七色の花々が見渡す限り埋め尽くしていた。


 俺は声を出す事が出来ずに、そこに立っている事を実感していた。


「修?」


 直後、今までで一番の絶景などどうでも良いと思ってしまう。

 声を出すどころか息をする事も忘れて、漆黒の髪に包まれた二つの上に広がる澄んだ空に同化するであろう瞳を捉えていた。


「笛重さん?」


 理解が追いつかない中、彼女の名前を呼ぶ。


「先程からどうかしましたか?ぼーっとして」


 すると、彼女は俺に向かって尋ねてくる。いつもとは違い歯切れの良いテンポで。


「……笛重さんがあまりにも美しかったから……かな?」


 当たり前の事を言う。いつもいつも思っている事。俺がぼーっとする九割方の原因を。


「本当に……修は面白いですね!」


 一瞬、冷酷な彼女が出てきたかと思えば、明るく高い声でそう言った。

 これは褒められているととって良いのだろう。心の底から嬉しく思う。


 褒められた事に対して照れてしまい、彼女から視線を外し頭を掻いている時。



 彼女が笑った。



 それにいち早く反応し再び視線を戻して、彼女の笑顔を見ようとする。


「………え」


 しかし、俺には彼女の顔を認識する事が出来なかった。

 色のない靄が彼女の顔を覆い、何もわからなかった。


 何故?


 彼女は笑ってくれている、俺に対して。なのにどうしてそれを見せてはくれないのか。


 この笑いも偽りで、いつかの作り笑顔なのか?


 答えがどこにあるのか分からない事を考えていると四方八方から笑い声が聞こえてくる。

 その声に辺りを見渡せば、顔のない漆黒の髪を持った何者かが至る所に立っていた。



「……何だよ」


 彼女なのか彼女じゃないのか。俺には、笑い声だけでそれを判断する事は無理だった。

 一度も聞いた事のない笑い声……俺は彼女の事を知らなさ過ぎる。


「笛重さん!!」


 俺は望みをかけた。

 彼女から近づいて来てくれる事を。


「………」


 そして、俺は大草原に一人になる。

 何人もいた何者かは消滅する様にして消えてしまった。



 ———……おさむ


「は!……笛重さん!?」


 絶望に膝をついた俺だったが、澄んだ空から微かに聞こえた幻聴にも近い声に飛びつく。






「浅原 修!!」

「はい!!!」


 突如、野太くしっかりとした声で名前を呼ばれて、反射的に座っていた状態から立ち上がり大きく返事をした。


 いつからか夢を見ていて閉じてしまっていた瞼を上げると、目の前には担任の教師が呆れた表情で立っていた。


「………えーっとー?」


 授業中に寝ているだけなら注意をする様な人ではない担任。辺りを見渡せば教室でクラスメイトは一人を除いて全員揃っている。その視線も一人を除いてこちらを向いている。


 状況を把握するために顎に手を当てて考えようとして、それが出来ない事に気付いた。

 何かが、俺の体を覆っているからだ。


「……ぅお!!」


 その原因が何なのか下を見て確認しようとした瞬間、体勢を崩してしまう。

 足を使って立て直そうとしたが、諦めた。


 床との距離が数十センチに近づいた時に俺は状況を把握する。

 時すでに遅し。俺の顔面と床がごっつんこ。


 倉庫で傑先輩に寝袋に押し込まれた後、眠ってしまったのだろう。そんな俺を先輩が教室まで運んでくれたのだろう。

 流石に寝袋を脱がせておいて欲しかった。それはそれで後々恥ずかしいけど。


「やっと起きたか……浅原?」


 流石の担任でも怒っている様で、そのガタイで寝袋ごと悶絶していた俺を持ち上げて、額に怒りのマークを浮き出させながら言った。


「浅原、最近気が緩み過ぎたぞ?」

「これには訳がありまして……」


 危機感を覚えた俺はひとまず寝袋から脱出しながら言い訳を始める。


「これは三年の先輩の物でして、その人に無理やりねじ込まれて仕方なかったんですよ」

「三年は今自由登校期間で来てないだろう」

「いや、一人いるじゃないですか。体育館でいつもバレーの練習している」


 何とか傑先輩のせいにして乗り切ろうと言い訳を並べると「ああ、そんな奴いたなぁ」と若干納得してくれた模様の担任。


「まあ、まだ授業始まってないから許したるわ」


 心優しい担任を崇めていると昼休みが終わるチャイムと俺の腹が同時に鳴った。


「え!昼食べてないんだけど!着替えても無いんだけど!?」







「はあ、今日は色々あったような無かったような……」


 睡眠を小一時間だが取った頭の思考回路で今日の出来事を思い出してみても、俺の判断は正しかったと出る。


「ただ……」


 ただ、それは俺であって俺では無かった。

 いつもの俺なら別の判断をしていただろう。その判断が正しいとは限らないが。


 いつもの俺が正しく判断出来なくとも、それが俺である。

 そこら辺に落ちていた仮面を無意識の内に付けていた今日の俺は俺では無い。


 笛重さんには本当の俺を好きになってほしいから、今日の判断は間違っていた。


「元から当たって砕けろの精神で告白したんだ。一度嫌われたから何だ!それで砕かれない様に身を守っていたら元も子もないだろ!」


 傑先輩には羞恥的な思いをさせられたが、暴走していた俺を止めてくれた事に感謝して、笛重さんには正直に生きようと固く決意した。


「うるせぇ……頭にくる」


 声明を聞いてくれていた宮村が頭を押さえて死にそうに言った。


「自業自得だろ」

「ああ、そうだな」


 校門を出てから数分、俺は宮村の横を歩く。


「 ……で?何で着いてきてんだ?」


 既に自宅とは違う方角に進んでいる俺に向かって面倒臭そうに尋ねてくる宮村に、決意通り正直に答えた。


「笛重さんの家に連れて行って貰おうと思って」

「……はぁ!?お前、それだけはやめとけ!!」

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