辛い現状はあと少しで
寒風が吹き荒れる渡り廊下をゆっくりと歩く宮村と唐崎。
お互いにそっぽを向いて一向に話そうとしない。
「………なぁ」
しかし、唐崎を支える為に密着している宮村の我慢が限界に達したのか口を開いた。
「……もう、謝らなくていい」
それ以上言わせないと唐崎はそっぽを向きながら小さく呟いた。
「俺が謝りたいのはさっきのもだけど……」
「だから、全部ひっくるめて謝らんでいい」
「……」
その言葉に振り向く宮村だったが言葉に詰る。
「……じゃあ、何で髪染めたんだ?」
このまま、会話を終わらせまいと宮村は何でもいいから話題を作った。
風に吹かれて綺麗に光を反射させるブロンズ色の髪。
高校入学時、その髪を見て宮村は心底驚いた。誰よりも真面目な彼女が染めるとは誰もが思わなかっただろう。
髪を染めた事によって彼女の友人の殆どが距離を取るようにもなった。
しかし、彼女は腐ることはなかった。今までと何ら変わらなかった。
それなら何故友人を多く失うような事をしたのだろうか。
それとも、ただのオシャレなのか。
と、宮村は長いこと考えていたことを話題にした。
「……なめられないため」
「……誰にだよ」
唐崎が誰かになめられる性格では無いと彼女の言葉が腑に落ちなかった宮村。
「……去年笛重と傑と海に行った時、二人で遊んでたら男にナンパされた事があったの」
「それだけの理由かよ」
唐崎は少し渋面しながら言うも、宮村から見る事は出来ず冷たい言葉を返される。
「それだけって酷くない?……私、怖くて震えてた。でも、笛重は全く動じてなかった。その後、傑が来て男はどっか行ったけど」
「森島らしいな」
「悔しかった。笛重に集ってくる男をいつも私が追い払って守ってあげてたのに、いざって時にできなかったから」
先ほどまでは理解する事の出来なかった宮村だったが、彼女の声のトーンが低い事に気づき、口にしてしまった言葉に後悔する。
「ふーん」
それでも、表に出すことを拒み適当に相槌を打つが、数秒の間が空いてしまう。
再びの沈黙を恐れた宮村またも話を切り出す。
「俺知らねえけど、いつ行ったんだ」
幼馴染とはいえ、頻繁に連絡を取っていたわけではない為、宮村が知らなくても当然だった。
「あー……」
しかし、唐崎は言いにくそうにしながら答える。
「確かサッカーの大会の日」
「な、何だと!お前来てたんじゃないのかよ大会」
そのカミングアウトに宮村は声を荒げた。
それは、去年の夏、健闘したものの初戦敗退と苦い結果で中学サッカー部を引退した大会であった。
「その日しか空いてなかったのよ」
「ならそう言えば良かったじゃねえか」
相手は強豪で敗退するのは決まっていたようなものだったが、それでも宮村は死ぬ気でボールにくらいつき頑張っていた。それは、彼女が見ているからであった。
「し、知ってたから。あ、あんたが私のこと……好きってことぐらい」
「……っ」
今更か、と責めることは無いと宮村が考えていると、唐崎は照れながらも言い切った。
それに男は言葉を失った。
「だから来てる事にしとけば、あんた頑張るかなって……次の日は行く予定だったの……全く、負けやがって!」
「え!何故俺が責められてるんだ!?」
唐崎の思いやりに心を打たれた宮村だったが、最後の振り向いた唐崎の一言に泣きそうになる。
授業終わりの挨拶と共にチャイムが体育館内に鳴り渡り、教室に戻ろうと出口に向かう。
「結局、ずっと二人だったな」
あの後、一言も話す事なく三十分笛重さんとバドミントンをした。
「唐崎だけならわかるが、宮村が何故戻ってこない……」
「おーい、浅原ー」
気まず過ぎて死にそうだった事を根に持ちぐちぐち言っていると、体育の先生に呼び止められた。
「ネットとラケット片付けるの手伝ってくれ」
「何で俺なんですか」
「唐崎が体育委員なんだよ」
「あいつ、学級委員だろ……何で掛け持ってんだよ」
既に出口の近くまで来ていたが、先生の頼みを無下にするのは気が引けるので、渋々了解する。
「んじゃ、頼んだ」
「え、先生帰るんですか」
俺と入れ替わるように先生は体育館を出て行った。
「ああ、一人で行けるだろ?」
「……なら、あんたがやれやい」
先生が居なくなったことを確認して愚痴をこぼす。
バドミントンの用具が入った籠を持ち、重い倉庫の扉を開け適当に置いて、扉を閉めようとした時。
「……んん」
倉庫内から声が聞こえてきた。
外からの声が漏れてきたというほど、濁っていなかったその声に俺は警戒した。
「だ、誰かいるのか?」
倉庫内に響く俺の声は、内側に居れば何処にでも届くぐらいだった。
「……あい、ここに居ますよー」
「ひっ!」
すると、足元から普通に男の声が発せられた。
「って!傑先輩かよ!!」
「おっはー」
そこには、ふかふかな寝袋に包まって寝ていたであろう先輩がのほほんといた。
「浅原か、何だ?」
「何だじゃないですよ、何してるんですか」
先輩が何故倉庫で眠っているのか。理解に苦しむ。
「何って、仮眠。二時間体育の授業があるから体育館使えなかったからな」
「成る程……何で倉庫で」
「何でって、なるべく人目に付かない所にだな……」
寝袋から這い出てきながら先輩はそう言った。この人は体育館に住み着いている地縛霊か何かなのか。
「おやおや浅原君、酷いクマじゃないですか。どうぞどうぞ」
「え、あの、ちょっと……」
起き上がった先輩は俺の顔を見るなり、空になった寝袋に俺を押し込めようとする。
「まあまあ、遠慮しなくて良いぞー。俺がさっきまで寝てたからあったかいぞー」
「い、いや、それが少し嫌なんですよね。じゃなくて、着替えないといけないし昼だって」
「そんなに無理したって良い事ないよー」
いつものアホらしい口調とは違い、ただ寝ぼけてる様な口調の先輩だったが、その腕力が強過ぎて気づけば寝袋に収まっていた。
ああ、あったかい……
ああ、眠たい……このまま寝てしまおうか……
いや、でもそんな気分じゃ……
「……すぅ……すぅ……」
そして、気づかぬ間に意気消沈。
倒れるまで眠らないだろうと思っていたが、こんな所にトラップがあったとは。
「……すまんな浅原。ここまで、悩んでいたんだな。……結局、笛重には嫌われなかった。……ただ、お前を追い込んでしまっただけみたいだ」
俺の知らない所で先輩は独り言を呟いた。
「……どうにかしてやらねえと先輩じゃねえよな」




