眠れない早朝
朝食を用意してくれる母親が起きてくる足音を認識しながら俺は家を出る。
いつもより一時間ほど早い登校だ。
今朝は、二月の下旬という事もあり着込んでいるはずなのに寒い。
吐く息は白く、それを見ながら無心で歩き慣れた道をしばらく進む。
「お、修!」
すると突然、交差点の曲がり角から出てきた宮村に名前を呼ばれた。
「珍しいな、バレー部朝練でも始めたのか?」
「いや、部活は辞めるし。お前いつもこんなに早いんだな」
「まあ、サッカー部は朝練あるからな。てか辞めんのか」
部活を真面目に取り組んでいた俺に宮村は少し驚いた様子だった。真面目かと言えば上部だけで、傑先輩から信頼されるようにしてただけだが。
「なんかあったのか?」
「ん?ゲームやってたらハマって寝てないだけ」
「あっそ……」
特に何事もなく横に並び歩く。寝ていないせいか朝だからという事もあるが話題が盛り上がる事はなく、直ぐに沈黙した。
「……宮村こそ何かあったんじゃねえの?」
この状況になれば、宮村は嫌にでも盛り上げてくる筈だ。
しかし数分経ってもその素振りを見せる事はなかった為、聞いてみた。
「……逆に何もなかった。土曜の練習の時、海鳴話してくれなかったし」
「そういや唐崎、マネージャーやってたか」
俺同様に宮村も告白して以来、関係が悪化しているようだ。
踏み込まずただ見ているだけでは相手は何処かへ消えてしまう。しかし踏み込み何処かへ行かないようにその手を掴めば、それを振り解かれ走って行ってしまう。
告白するしない。どちらを選んでも、好かれていなければ結果は同じなのだろう。
ならばと、少しの可能性もない訳ではないと自分に言い聞かせ告白してしまうのだ。
「これから会うのも辛えわ……」
「俺も……」
少し前まで物凄く頼れる様な事を言っていた筈の宮村。
その男の現在の心情に俺は同情してしまう。
「海鳴と森島。俺と修。……こう考えると面白いな」
「どちらも叶わぬ夢なのか……」
「いつも何も考えずに突っ走ってるアホが弱気になったな」
「いつも格好付けたがるお前もな」
どうすれば良いか分からない時、やはり気分は落ち込む様でお互いため息をついた。
「じゃ、また後で」
「そうだな」
話していると早いもので、校門を通過していた。
グラウンドに向かう宮村と別れて俺は教室に向かう。
その道中は何もなく、教室の閉め切られた扉を開けると、いつもは決まって居る筈の彼女は見当たらなかった。
というか、一人として姿を見る事はなく一番乗りだった。
ロクでもない話に花を咲かせて場を温める者が居ないせいか教室内は冷蔵庫の様に冷え切っていた。
「……さっむ」
自席に着き、やる事を探すも見つからずにただぼーっとしていると、ギシギシと音を立てて扉が開かれる。
よいしょよいしょと沢山のプリントを抱えて入ってきたのは副担任の角井先生だった。
角井先生は正真正銘の女性教師で、年が若く俺らとそう変わらない。感じとしては教育実習生の先生の様なものだ。未だに生徒との関係を上手く測ることが出来ずに苦労している。
「よしっ!って、わぁああ!!」
プリントを教卓に積み、やり切ったという顔をした後、俺と目が合い大きく反応する。
ただ座っていただけだというのに何故なのだろうか。
「あ、浅原くん今日は早いね」
「角井先生こそ、朝早くからお疲れ様です。疲れますよね」
「ま、まだ疲れてなんていないよ。それより、本当に珍しいね」
先生は胸を張って強がる。生徒の前ではしっかりとした先生を演じたいのだろう。
そして、物珍しそうに俺の顔をまじまじと見てくる。
「土日に色々とありまして。もう、寝ることも考えることも出来ない状態になってしまったんですよ」
先生は生徒の事を第一に考えてくれる。頼り無さはあるが信頼できる人であった為、つい口に出してしまった。
「……あ、浅原くん。も、もしかして……だけど、やばい事しようと思ってない?」
「え?……既にやばい状況ですから、起死回生するとなればやばい事をしないと……」
震えて口にした先生の問い掛けに、信頼してるからこそ正直になろうとした。
途端に先生は勢い良く後ろに飛んで、黒板に思い切り衝突した。先生の謎過ぎる行動に唖然となる。
「……ま、まさか!やめな、浅原くん!!」
「……はい?」
何をやめるのか、一体先生は何をやめさせようとしているのか。何故こうなるのだろうか、いつもいつも。俺何か悪いことでもしたのか?
「こんなに早く来たのも、森島さんに酷いことをする為なんでしょ!?」
「……先生、話が飛躍し過ぎて訳が分かりません」
前にもこんな事があった気がするが寝不足で頭が回らないのでいつだったか思い出せない。
「森島さんいつも一番乗りで他の生徒が直ぐは来ないから、そこを狙ったんでしょ!?もう、後に引けない状況なのは、先生知ってる!でも、やっちゃいけない事はやったらいけないの!!」
「……へぇー、良いこと聞いた。って、やらないです……って」
蛙が蛙を産むぐらい飛躍した先生の勘違いを否定しようとした時、教室に一人の生徒が入って来るのを確認してしまった。
「………」
そして、Uターンを実行してしまい廊下に出ると大きな足音を立てて何処かへ行ってしまった。
「……やんべぇ、やんべぇ勘違いされたんじゃない?」
「………な……」
1年B組の教室から遠く離れた通路の壁に森島 笛重はもたれ掛かっていた。
「……そういえば修、ストーカーを思わせるどころか、ただの変態ストーカーだった……」
兄の事で、すっかりその事を彼女は甘く見てしまっていた。
誰の姿もない事を確認しブルブルと震え出す。今後、変態に一方的にやられてしまう事を考え、恐怖を感じたのだろう。
「……刺激し過ぎたか。……海鳴が来るまで待ってよ……」




