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ムゲンの世界  作者: 持原奏真
第一章
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4話 出会い

 洞窟で目覚めてから体感で一週間ほど経過しただろうか。

 私は今なお、洞窟内で倒れている。



 最初こそ何とか脱出しようと体に鞭を打っていたが、ただただ徒に時間が過ぎただけだった。思うように動かせない体は精神的にストレスを感じ、ほんの少し身じろぎするだけでも多大な体力を消費することで、肉体的にも辛いものがある。少ない体力をかき集めて移動できた距離は、一メートルにも満たない短い距離だった。


 最早、自力での脱出は絶望的である。


 更に言えば、私がこの一週間で口にしたものは、天井のつらら岩から時折零れ落ちる水滴だけだった。朧気だった意識の中で聞こえてきた水音の正体はこれだったらしく、洞窟内の地面には、所々に水滴が溜まってできた小さな水たまりが出来ていた。有害なものでも含まれていようものなら腹を下すこともあっただろうが、背に腹は代えられない。水溜まりそのものに近づく体力はなかったので、直接つらら岩から零れ落ちる一滴二滴程度の水で口を湿らせた。


 それを何度か繰り返し、多少喉は潤ったものの、腹に溜まるようなものではない。私の腹が情けない声を上げたのは、目覚めてから数時間後のことだった。以降、腹は情けない声を上げ続けている。



 これまで大きな怪我を負ったことがなく、五体満足に生きてきた私は、体が思い通りに動かせないことはこれほどストレスを感じることなのだと初めて知った。しかも、動かないくせに体はエネルギーを求めているようで、絶え間なく空腹を訴え続ける。



 そんな環境に丸一週間置かれた私は、唯一まともだった思考回路の機能さえ奪われていった。




 最初こそ、ここに連れてきた人物が現れるのではないか。何か危害を加えられるのではないかと怯えていたが、今となっては誘拐犯でも殺人犯でも、なんでもいいからとにかく誰かに来て欲しい。この苦しみから解放してほしいと、そんな考えばかりが頭の中を駈け廻る。


 助けてほしい、ではなく、苦しみからの解放してほしい。

 その言葉から、自分が生を手放しかけていることに、正常な思考ではなかったこの時の私は気付いていなかった。


 重要なのはこの苦痛から逃れられる手段である。もし、「その苦痛から解放されたいのであれば、殺してやる」とでも言われれば頷いてしまうだろう。勿論、精神的にも肉体的にも助けてくれるのが一番だが、とにかくこの状況をどうにかしてほしい。


 木綿で首を絞め続けられるようにゆっくりと忍び寄る死の気配。これまで平穏な日々を送ってきたただの女子高生が、突然一週間もそんな環境に置かれれば、自暴自棄な思考になるのも無理はないのかもしれない。



(だけど、もしも、ここに真夏たちが一緒にいれば……)



 そう考えて、すぐにその願望は否定した。こんな恐ろしく奇妙な出来事に出くわすのは、自分一人で良い。むしろ、真夏たちがこの場にいなくて良かった。幼馴染たちと餓死だなんて、冗談じゃない。


 ただ、心残りはある。



(……夏休みの予定、ダメになっちゃったな……。皆あんなに楽しみにしていたのに。ごめんね……)





 脳裏に浮かぶ幼馴染に謝り、ゆっくりと目を閉じかけていた私の耳に、ふと聞いたことの無い音が混じる。


 よく聞いてみると、恐らく足音だ。がつ、ごつ、と鈍く硬い音がぶつかる音が定期的に響き、更に言えば音はどんどんとこちらへ近づいている。音から察するに、踵の硬いブーツでも履いているのだろうか。しっかりと足を踏みしめるようにして歩く足音から、相手は恐らく男性と思われた。


 足音は、私のいる部屋から唯一伸びている道から聞こえてくる。音に釣られるように、ぼんやりとそちらを眺めた。



 この人は、私を誘拐した相手なのか。

 そうだとしたら、これから一体どうなるのか。

 はたまた、全く関係のない第三者で、たまたま洞窟に入っただけの一般人なのか。



 沙汰を待つ罪人のように、静かに足音の持ち主を待つ。



 そうして道の先を眺めていると、やがて一つのシルエットが浮かび上がる。


 ……コスプレなのだろうか。まるで物語に出てくる戦士のような鎧のようなものを着込んだその人は、背が高く、立派な体つきをしていた。腰に刺さっているのは剣なのだろうか。壮麗な模様の刻まれた鞘は、素人目にもただの張りぼてでないことを察せられた。


 しかし、私の目には、現れた人物の恰好よりも気になるものが映っていた。

 それは男性の体の中心。ちょうど心臓の辺りに、丸く綺麗に発光している球体が浮かんでいるのだ。球体からはいくつかの管が生えており、頭や手足の先に向かって伸びている。


 光自体は目が眩むほどではなく、ちょうど洞窟内の岩が放っている光と似ている気がする。それでも発光する球体を体に宿す男の存在は、コスプレのような恰好が霞むくらいの存在感だった。


 あの光る球体はなんなのだろうか。

 驚きながら男性の姿を見ていると、男性も私の存在に気付いたらしい。


 一瞬警戒するように足を止めた男性は、少し早くなった足音を響かせながら近づいてくる。そして、つけていたマントを外すと、マントで私の体を覆い隠してくれた。すっぽりと全身を布で覆われた感触は、それだけで私の精神を酷く落ち着かせた。


「おい、大丈夫か」


 低いながらも艶のある声だった。男性は心配そうに声をかけながら、私の体を起こすのを手伝ってくれた。殆ど力の入らない体は、力なく男に寄り添うようにして抱き起こされる。


「……ぁ……っ…」


 何とか返事をしようとするが、やはりまともに話すことが出来ない。それが酷くもどかしく、必死に声を出そうとすると、男性が首を横に振った。


「あぁ、すまない。無理に話そうとしなくていい。肯定であれば瞬きを一度、否定であれば瞬きを二度してくれ」


 その提案に、私は瞬きを一度して答える。


「あなたはここに一人か? 誰か仲間は?」


 瞬きを二度して返す。


「そうか…。俺はここの調査に来た冒険者だ。洞窟内はここが行き止まりのようだから、付近の村に戻るつもりだ。あなたもそこまで連れて帰るが、問題ないか?」


 男性はコスプレのような恰好に似合いの冒険者という職業についているらしい。発言に戸惑ったものの、彼にふざけた様子は見受けられない。それに、私には選択肢はほぼないに等しい。ようやく人に出会えたのだから、多少言動が不可思議なことはとりあえず気にしないでおこう。


 私は男に一つ瞬きをして返した。


「わかった。……歩けないようだから、俺が連れていく」


 立派な体格を裏切ることなく、男は力持ちであったらしい。男の腕に軽々と持ち上げられ、安定した座り心地に驚く。膝裏と背中に回された男の太い腕は、少女一人の体重ごときではびくともしないらしい。


「村までは少し距離がある。辛いようなら眠っていろ」


 ゆりかごのように優しく揺れる体に、私の瞼は重くなっていく。素性が知れない相手ではあるが、労わるような声色に安堵したのか。


 私の意識はゆっくりと落ちていった。


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