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ムゲンの世界  作者: 持原奏真
第一章
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18話 秘められた夜 -side.A-

 食事の後片付けが終わると、リオは初めて馬に乗ったこと、それも長時間の移動だったため、疲れがたまっていたのだろう。うとうとと眠たそうに頭を揺らし始めた。


「俺のことは気にせず休んでいいぞ」

「うぅ……、アルヴィンさんはまだ寝ないですか……?」

「暫くしたら俺も眠る。気にするな」


 そう言ったものの、アルヴィンは今夜眠るつもりなど毛頭なかった。


 一人旅の時もいつ魔物に襲われるかわからないので警戒を怠ったことはないが、守るべき存在がいる以上、いつも以上に警戒しておく必要がある。サンデリアーナに着けば、魔物よけの魔術があるので、魔物の警戒をする必要はない。今日だけで予想よりも長く距離を稼げたので、明日中にはサンデリアーナに着くだろうし、今日一日眠らないことなどなんの支障にもならない。


 とはいえ、このことをリオが知ったらきっと遠慮するだろう。アルヴィンはこの後自分も休むから、と優しい嘘を告げ、リオのための寝床を整えた。石を取り除き、平らになった地面に厚手の布を引いただけの簡素な寝床にリオを促すと、彼女は申し訳なさそうに「それじゃあ、すみませんが先に休ませてもらいます……、おやすみなさぃ……」と言って瞬く間に夢の世界へと落ちていった。


 すぅすぅと小さな吐息を零して眠る姿は、リオをいつも以上に幼く見せた。

 この世界では十八歳が成人となるので、現在十七歳だというリオは未成年の域に入るが、普段のリオは、未成年でありながらとてもしっかりしている。


 初めての旅、初めての乗馬、初めての野宿。


 見知らぬ世界で初めての経験ばかりだろうに、リオは一度も泣き言を言わなかった。とても美味しかったあの夕飯だって、準備の際の手際には不安がなく、てきぱきと準備を進めていた。


 最初にリオを見た時、どこかの令嬢か姫なんじゃないか、と思ったことがあったが、今やその印象は全くない。


(……一人では何も出来ない彼女たちと一緒にしては、リオに失礼だな……)


 キーキー金切り声を上げるドレス姿を思い出して、アルヴィンは緩く頭を振る。嫌なことを思い出してしまった。


(……寝ている姿は本当に子どもみたいだな……)


 嫌な記憶を振り払おうと再びリオに目をやると、彼女は腹の中の胎児のように腕と足を曲げて丸まって眠っていた。黒く艶やかな髪の毛が頬にかかったのを見て、アルヴィンは優しくそれを払う。少しだけ指先に触れた頬は、暖かな熱を帯びていた。



 初めてリオを見つけた時、彼女は血の気のないひんやりとした体温と、不健康そうな艶のない肌をしていた。そんな状態でも容姿の美しさが際立っていたリオは、体調の回復した今となっては健康的な美少女だ。

 ……魔物の脅威はなくなるが、街に着いたら着いたでほかの脅威から守る必要があるかもしれない。


 ドラコ村を出立する前、リーサから小さく告げられた言葉を思い出す。


『あの子、どうも自分の見た目に無頓着みたいでねぇ……。自分がすっごい美少女だってことも自覚出来ていないし、他人から褒められてもお世辞だって思ってるみたいなんだ。あの子自身しっかりしてるし、自分から怪しい人についていくようなことはないだろうけど……、何せあの見た目だ。悪い奴から狙われるかもしれないし、アルヴィンさん、しっかり守ってやってくれよ』


 人の美醜にあまり頓着しない性質のアルヴィンでさえ、リオは美しい少女だと認識することが出来るのだ。悪い奴――つまり人身売買を目論むような悪党にとっては、眉唾物の獲物だろう。


 街に着いたらフードを被せておくべきか。多少不便をかけることになるが、連れ去られるよりマシだろう。


 そんなことをつらつらと考えていると、ふとリオの方から小さな声が聞こえた。


 起きてしまっただろうか、と視線を送ると、先ほどまで穏やかな顔で眠っていたのが一転。苦しそうに眉根が寄せられていた。


 突然どうしたのだろうか。もしかしてまだ体調が万全ではなかったのだろうか。


 苦し気なリオの姿に、アルヴィンは彼女を起こそうと手を伸ばした。



「……まなぅ……」


 アルヴィンの手は、リオに触れる前にピタリと止まった。


「しん……、っ、んどう……」


 硬く閉じられた両目から、大きな雫がはらはらと零れ落ちる。苦しそうに何事かを呟き、静かに涙するリオの姿に、アルヴィンの思考が一瞬停止する。

 それでも、何かに縋るように伸ばされたリオの手だけは反射的に握り返していた。完全に無意識での行動だった。


 悪夢でも見ているのだろうか。いや、縋るようなこの手は、悪しきモノを見ている様子ではない。……それならば、彼女が見ているのは、彼女が欲しているモノ?


 ……例えば、元の世界に残してきた人、だとか。



 リオが呟いた言葉。聞きなれない言葉だったが、三つの単語だったように聞こえた。


 ドラコ村でリオにこの世界のことを説明している時、会話の流れでリオから三人の幼馴染がいるということを聞いたことがある。子供の頃から一緒で、とても仲が良かったのだと。そう話すリオは、一変の曇りもない笑顔を浮かべており、幼馴染に会えない現状を嘆いている様子はなかった。……少なくとも、その時は、そう見えなかった。


「……夢を見て泣いてしまう程恋しがっているのか? それならば何故……、いや、きっと俺に心配をかけまいとあの時笑っていたんだな……」


 あの時の笑顔が偽りだったとは思わない。幼馴染のことを話すリオからは、本当に楽しそうだったし、彼女たちへの愛情が感じられた。

 ただ、その分……。幼馴染が大切であればあるだけ、突然彼女たちと会えなくなってしまった現状は、リオの心に負担をかけている。


 片方の手でリオの手を握りながら、未だ流れ続ける涙をそっと指で拭う。温かい水滴と、控えめに、けれどしっかりと握られた手に、アルヴィンは言い知れぬ感情が芽生えたのを感じた。



 ――守りたいと思った。


 たった一人で知らない世界に飛ばされてしまった少女を。

 それでも健気に頑張り続ける少女を。

 夢の中でしか素直に感情を表せられない、この不器用な少女を。


 魔物や悪党という外敵からだけではなく、その柔らかい心さえも。



 その夜、アルヴィンとリオの手が離れることはなかった。


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