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ムゲンの世界  作者: 持原奏真
第一章
18/19

17話 魔物、実食

 リーサさんに貰った燻製は日持ちするので今日は食べないでおこうと決めて、私は本日のメインをモーピッグにすることに決めた。


 ただ、初めて食べる食材なので、どんな味や食感がするのか確認しておきたい。


 この世界には、人参やジャガイモといった身近な食材もあれば、今回のモーピッグのように知らない食材も多く存在している。ダン君と森の中で食べた苺サイズで味と食感が林檎だったあのフルーツも見たことの無いものだった。知っている食材や調味料も多く存在しているのでその点食事事情に悩むことがないのは安心だが、どうせならこの世界にしか存在しないものも食べてみたいという欲求がある。


 一先ず、モーピッグはどんな味や食感がするのか確認しよう。


 薄くスライスしたモーピッグの肉をフライパンで焼き、特に味付けもせずパクリ。


(……え、何このお肉。お、美味しい……)


 味付けも何もしていないのに、滲み出た肉汁が絶妙な旨味を醸し出す。食感については、薄くスライスしたにしても、硬さは全く感じられない。長時間煮込んだ豚の角煮のように、口に含んだ瞬間ほろほろと溶けて消えていった。


(……これ、スーパーで買ったらかなりお高いお肉なんじゃ……)


 調理器具や調味料が揃っていないこの状況だと、下手に手を掛けようとして失敗するより、肉の素材を生かしてシンプルな料理にした方がいいかもしれない。

 何せ焚火での調理になるのだ。火加減の調整に失敗して焦がしでもしたら目も当てられない。……つまみ一つで簡単に火の調整が出来ていたあの頃が懐かしい。


 水汲みの時に見つけた薬草の中に、セージがあった。アルヴィンさんにも確認してもらい、間違いなく私が知っているセージと同じものであるということは確認済。セージとモーピッグの肉は相性がよさそうだし……、よし、ステーキにしよう。


 厚めにカットしたモーピッグの肉に、リーサさんからもらった塩コショウ、そして細かく刻んだセージを振りかける。

 さっき使ったフライパンに肉を乗せれば、ジュゥーと肉の焼ける音が辺りに響いた。肉は厚みがあるので中に火が通るまで暫く時間が掛かる。その間にスープの作成に取り掛かることにした。


 すり鉢があれば、残ったモービッグの肉をすり身にして肉団子スープを作ることが出来たんだけど、残念ながらここにある調理器具は、まな板・包丁・お玉・フライパン・小さめの鍋のみ。荷物は極力減らすべきなので、調理器具も勿論必要最低限のものしかない。……ないものねだりはやめておこう。


 モーピッグの肉を今度はいくつか薄くスライスし、食べやすい大きさにカットする。フライパンの横に水が入った小鍋をセットし、スライスした肉を茹でる。暫くすれば灰汁がたくさん出てきたので、せっせとお玉を使って取り除く。

 暫く茹でて灰汁が出なくなった辺りで醤油を垂らし、塩コショウもして味を調える。


 ……そう、この世界には醤油もあるのだ!


 食文化自体は完全に西洋方面に発達したらしく、日本食が主流という訳ではないが、醤油や米、味噌といった日本のソウルフードはこの世界にも存在している。私が醤油を見た瞬間に歓声を上げたのをリーサさんは覚えていて、旅の荷物に入れておいてくれたんだろう。……リーサさん、本当にありがとうございます。


 さてと。ひと煮立ちした所でスープをちょっと味見。


(おぉー……、あっさり目だけど美味しい。これ、間違いなくお肉そのものの素材の良さが際立ってるわ……)


 肉からにじみ出た旨味が、スープのいいアクセントになっている。


 そうこうしている間に、モーピッグのステーキもいい感じに焼けた。


「よし、完成! アルヴィンさん、お待たせしましたー!」


 近くで剣の手入れをしていたアルヴィンさんを呼ぶ。ちょうどテーブルに出来そうな切り株があるので料理はそこに置こう。

 本日のメニューはセージを添えたステーキとモーピッグのスープ、それにパンだ。モーピッグの肉まだ残っているので、あとでアルヴィンさんに氷魔法を使って冷凍してもらおう。……歩く冷蔵庫、だなんて思ってはないけど、食料保存のためにアルヴィンさんには力を貸してもらおう、うん。


「……美味そうだな」

「簡単なもので申し訳ないんですが……、温かい内に食べましょう」


 いただきます、と両手を合わせて、まずはスープを口に入れる。うん、美味しい。お肉も柔らかいし、モーピッグから出た旨味がスープによくマッチしている。

 次はメインのステーキだ。事前に包丁で切り分けていたので、一切れフォークで刺して、パクリ。


 ……やっぱりモーピッグのお肉って、美味しすぎだと思うの。

 こんなに柔らかいお肉、食べたことない。セージともよく合っていて、これはいくらでも食べられてしまいそうだ。


 んー、とモーピッグを噛みしめながら味わっていると、隣に座るアルヴィンさんがやたら静かなことに気付いた。ふとアルヴィンさんに視線をやると、目を閉じて、私と同じようにしっかりとモーピッグステーキを噛みしめていた。何度か咀嚼し、ゴクリと飲み込んだアルヴィンさんは、ほぅと恍惚の息を吐いた。


「美味い……」

「モーピッグのお肉って私初めて食べたんですけど、すっごく美味しいお肉ですよね……」

「いや……、俺はモーピッグを何度も食べたことがあるが、こんなに美味いのは初めて食べた」

「え?」


 私の中では既に「モーピッグ=お肉がとっても美味しい魔物」ということでインプットされてしまったんだけど……。すべてのモーピッグがこんなに美味しいって訳じゃないってこと? いやでもよく考えてみれば、これだけ美味しいとなると、モーピッグは食用として乱獲されていてもおかしくない。そうなると今日みたいにサクッと見つけられるものじゃないか……。


「これは食材がいいのではなく、あなたの料理の腕がいいんだろう」

「いえ、でも味付けもシンプルだし、ただ焼いたり煮込んだりしただけで……」


 私がしたことは簡単な調理くらいなもので、さも私の料理の腕のお陰だと言わんばかりの評価はあまりに過剰過ぎる。この料理の完成度は、完全にモーピッグ様のお陰なのだ。


「しかし、俺が狩ったのは低ランクのモーピッグで、低ランクは味も素材の質もよくないものだ。その低ランクモーピッグをこれだけ美味い料理に変えられたのは、料理をしたものの技量によるものだろう」


 なんと。超高級お肉だと思っていたこれは、アルヴィンさん基準だと低ランクに分類されるお肉だったのか。……しかしそれにしても、私は本当に切って焼いてことと、スープに煮込んだことくらいしかしていない。なのに、劇的に料理が美味しくなった……ってことなんだろうか?


 アルヴィンさんから褒められたというのに何となく腑に落ちない気持ちになりながらも食事を進めていると、アッと言う間にアルヴィンさんのお皿が空になったことに気付いた。


「……お肉まだまだありますけど、焼きましょうか?」

「…………頼む」


 少し恥ずかしそうにお皿を差し出したアルヴィンさんは、ちょっぴり可愛かったと追記しておこう。


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