15話 出立
「リオ、アルヴィンさんがいるから大丈夫だとは思うけど、無理はするんじゃないよ」
「アルにーちゃん、リオねーちゃん、また遊びにきてね!」
「皆さん、本当にお世話になりました。何かお礼が出来ればよかったんですが……」
「なに、子供はそんなことを気にしなくていいさ」
ぐりぐりとリーサさんに頭を撫でられ、あからさまな子ども扱いに思わず照れてしまう。
ドラコ村に来て二週間。
今日、私とアルヴィンさんはドラコ村を出立する。
「え、こんなに頂いていいんですか?」
リーサさんから渡されたのは保存食と、旅の邪魔にならないよう小分けされた調味料の数々、着替えが数着。村で世話になっている間、リーサさんの古着を借りていたのだが、それらが布袋の中に入れられている。
リーサさん以外からも、ドラコ村の女性陣から靴や風よけ用のマント、しっかりとした生地で作られた斜め掛けのショルダーバックなどを貰っており、身の回りの物は一通り揃っている状態だ。滞在中も優しく声をかけてくれたアールヴル族の皆さんには、本当に感謝してもしきれない。
「いいよ、あたしももう着ないしね。着てくれる人が見つかってちょうどよかったくらいさ」
「食料もこんなに……、あ、これって昨日の?」
「そう、リオが手伝ってくれた燻製とパンさ」
体が比較的動くようになってから、私は率先して家事の手伝いを行ってきた。とはいえ、この世界は異世界である。コンロに火をつけるには魔術が使われていたため、私が手伝えたのは専ら下ごしらえの段階だけであった。それでも、隣で作業を進める様子を見て、リーサさんが手慣れた手つきだと感心したように褒めてくれたのは嬉しかった。真夏は料理を一切しなかったし、新と天道も同様だ。誰かと料理をすることは初体験であり、なんだかとても心が温かくなった気がした。
リーサさんに手渡された袋に入っている燻製とパンも、昨日リーサさんと共に作ったものだ。保存食らしいものを作っているところを初めて見たので珍しいと思っていたが、どうやら私たちの為に用意してくれていたらしい。
「ありがとうございます、リーサさん」
「なに、あたしも誰かと料理することなんか滅多にないから、楽しませてもらったよ。娘ってのはいいもんだ。……二人目頑張ってみようかね」
もし次にドラコ村に来ることがあったら、その時フルトグレーン家の家族が一人増えているかもしれない。面倒見のいいダン君なら、きっと弟(妹)の面倒もよく見てくれるに違いない。
リオとリーサがそんな談笑をしている中、アルヴィンはダンに絡まれていた。
「アルにーちゃん、次はいつ来てくれる⁉」
「仕事があればまた来るとは思うが、今のところ予定は……」
「えぇ⁉ それじゃあ困るよ、俺の師匠なのに!」
ダンはそう言うが、実際アルヴィンとダンの間に明確な師弟関係が結ばれているわけではない。そもそも、子供の遊びの枠を超えない程度のチャンバラに付き合い、多少の剣術を教えただけだ。師匠と呼ばれるほどのことは何もしていない。
さてどうしたものかとアルヴィンが悩んでいると、隣にいたミカルから救助の手が差し伸べられる。
「次にアルヴィンさんと会える日が来るまで、ダンはダンで剣を磨いていけばいい。そうしてアルヴィンさんを驚かせたらいいさ」
「えぇー……、アルにーちゃんを驚かせるなんて無理だよぉ」
「それはダンの頑張り次第さ」
ミカルは宥めるようにダンの頭を撫でる。これがリーサであれば、間違いなく拳骨が落ちていたことだろう。本当に対照的な夫婦である。ダンを宥めながらもミカルは申し訳なさそうにアルヴィンを見ていたため、アルヴィンは気にしなくて良いと静かに首を振った。
「んー……わかった! じゃあ俺、次アルにーちゃんに会えるまでに、もっと強くなっておく! ……あと、リオねーちゃんに負けないくらい体力つけておく!」
「ダンは向上心がある。きっと強くなれるさ」
アルヴィンがそう言うと、ダンは白い歯を見せて笑いながら、リオ達の元へと駆け寄っていった。
「すみませんね、アルヴィンさん。この二週間、ダンがお世話になりっぱなしで」
「いや、こちらこそ彼女が世話になったな」
「最初こそ寝たきりでしたが、動けるようになってからというもの、リオさんは率先して家事の手伝いをしてくださっててね。リーサなんか、ずっといればいいのにって言ってたくらいですよ」
朗らかな笑顔を浮かべていたミカルは、アルヴィンに一つの小瓶を差し出す。小瓶の中には、ルビーのように美しく輝く赤い液体が入っている。
「竜血樹から作った万能薬です。旅先では何があるかわかりません。どうぞ、おひとつお持ちください」
「……そんな高価なものは貰えない」
おそらくミカル自身が樹液を採取して作成したものと思われるが、万能薬はその効能の高さと、ドラコ村でしか作成されていない希少さから、非常に高値で売買されている商品だ。ミカルが差し出した小瓶はアルヴィンの掌で簡単に隠せる程小さなものだが、このサイズでも価格としては、それなりのランクの冒険者が一年間必死に働いて得た収入でやっと買えるかどうかといったくらいか。年収分にもなるような高価なものを安易に受け取る訳にはいかないと、アルヴィンは即座にミカルの申し出を断った。
しかし、アルヴィンがそう言うことは最初から分かっていたのか、ミカルは穏やかな笑みを絶やすことなく言葉を続ける。
「リオさんは旅慣れしていない方でしょう? 王都までの道は遠い。アルヴィンさんだけでなく、リオさんの身に何かあるかもしれませんし、一応の備えはしておいても良いと思いますよ」
「万能薬に頼るような事態に陥らないよう、守るつもりだ」
「勿論アルヴィンさんの腕を疑っているわけではありませんよ。あなたがいれば百人力でしょう。ですが、万が一ということもあります。世の中に絶対はありませんからね」
「それはそうだが……」
「それに、アルヴィンさんはドラコ村の恩人なのです。あの時のお礼も兼ねていると思って受け取ってください」
「その分は、今回リオの世話を見てもらったことでチャラになったと思っていたんだがな」
「言ったでしょう? ずっといてくれてもいいくらいだって。リオさんと共に暮らしたことは、アルヴィンさんへのお礼にはなり得ませんでしたよ」
「……温和な男かと思っていたが、意外と押しが強いんだな」
「はっはっは、ただの温和な男ではリーサと渡り合うことなんてできませんよ。時には強引に行くことも必要なんです」
この分では何を言ってもミカルは引かないだろう。このまま押し問答を続けたところで勝てる気がせず、アルヴィンは結局ミカル手製の万能薬を受け取ることとなった。
「すまないな。大事に使わせてもらう」
「……渡しておいてなんですが、使う機会が訪れないようドラコ村の住人一同願っておりますよ」
こうして、フルトグレーン家とドラコ村の住人達に見送られ、リオとアルヴィンはドラコ村を出立した。