14話 特訓
「体力作り?」
「そう! リオねーちゃん、アルにーちゃんと王都まで行くんだろ? 王都までは遠いんだし、体力ないまんまじゃ大変だよ!」
確かに、暫く寝たきりであったし、動くとしても短時間の散歩や、家事手伝いを行ったくらいだ。体力はかなり落ちているだろう。アルヴィンさんは、王都まで馬で二週間はかかると言っていた。乗馬にも不安はあるが、それ以上に旅についていけるだけの体力があるかが問題だ。
「そうだね。体も大分よくなったし、運動した方がいいかも」
「だよね、だよね! じゃあ明日は俺と一緒に特訓しよ!」
「あんたね……、特訓ってただ森で遊びたいだけでしょうが」
リーサさんが呆れたように言うと、ダン君は目をしどろもどろとさせながら首を横に振る。
「ち、違うよ! 俺はリオねーちゃんの体力作りに付き合ってあげたいだけだよ」
「はいはい。……リオ、確かにある程度体力作りはしておいたほうがいい。悪いけど、明日もダンに付き合ってやってくれるかい?」
「いえ、私の方こそお願いしたいくらいです。ダン君がいてくれれば、森の中でも迷うことなさそうですし」
「へっへっへ、任せて!」
そんな会話をした翌日。私は今、ダン君と共に森にいる。そして、ダン君に連れられたアルヴィンさんも共に。
「……すみません、アルヴィンさんまで付き合わせてしまって」
「あぁ、まぁ……問題ない」
アルヴィンさんはすっと目線をずらす。もしかすると、ダン君の押しに負けて強引に連れてこられたのかもしれない。ダン君はアルヴィンさんに剣を教えてもらっているらしいが、リーサさんは強引にアルヴィンさんを振り回しているのではないかと心配していた。
ここはアルヴィンさんの邪魔をしないようにダン君に言うべきだろうか。無理やり連れてこられたなら、アルヴィンさんに申し訳ない。
「……気にしなくていい。息抜きも必要だ」
ポン、と軽い感触が乗ったかと思うと、そのぬくもりはすぐに離れていった。逆に気を使わせてしまったかもしれない。
「それで、ダン。何をするつもりなんだ?」
「えっとねー……、走る!」
走る。なんとも簡潔な返答だ。
「やっぱり基本の体力作りからしなきゃね!」
そうしてダン君の先導の元、アルヴィンさんと共に森の中を走り始めたのだが……。
「ま、まってぇ……、ちょ、と休憩ぃー……」
いつの間にか後方を走っていたダン君が、か細い声を上げる。後ろを振り返ると、ヘロヘロになったダン君が地面に座り込んでいた。慌てて隣を走っていたアルヴィンさんと共に、ダン君の元へ駆け寄る。
「ご、ごめんね、ダン君。そんなに疲れてたなんて気付かなくて……」
「そ、れはいいんだけど……、はぁ、アルにーちゃんはともかく、なんでリオねーちゃんまでそんなに早い、の……」
何故、だろうか。元々運動は苦手な方ではなく、天道に付き合って体を動かすことも少なくなかったので、それなりに体力はある方だと思っていた。ただ、久しぶりの運動だし、間違いなく体力は落ちているだろうと思っていたのだけど……。
「なんだか体が軽くって……、全然疲れないんだよね」
決して短くない距離を走り続けたはずだが、軽く息が上がった程度で、まだまだ走り続けられそうだ。以前よりも確実に体力が増えている。ちなみに、隣を走っていたアルヴィンさんは、装備と剣があるにも関わらず、息一つ乱していない。
「俺、前よりも体力ついたと思ったのに……、へこむ……」
今日は講師役として張り切っていたので、受講生である私よりも先に疲れてしまったことが悔しいのだろう。ばたりと地面に倒れこんだダン君にはとても申し訳ないことをしてしまった。
私たちは一旦木陰で休憩を取ることにした。森の中で採取した果物は、さっぱりとした果汁が美味しく、喉を潤してくれる。疲れ果てたのか、一気に果物を口に放り込んで喉を潤したダン君は、大木に背を預けたかと思うとすぐに眠りについてしまった。遊んで、食べて、寝る。子供の本能に従った一連の行動に、思わず小さな笑みが零れる。
「……あなたがここまで着いてこられるとは思っていなかった」
正面に座っていたアルヴィンさんが、ダン君に気遣ったのか控えめな声で言う。
「私も驚きました。不思議とあまり疲れなくて……」
そう言いながら、私はふとあることに気付いた。
アルヴィンさんが心臓辺りに宿している光の球。リーサさんにもあったし、ミカルさんにも、ダン君にも、人それぞれ大きさは違えど、私がこれまで出会ってきた人は皆、同じように心臓付近に光の球を持っている。そして、その光に似たものがふわふわと空間に漂っているのだ。光のふわふわ?は森のいたるところを漂っているので、その存在自体は以前から認識していたが、そのふわふわが私の体の中に吸収されていっているのだ。初めて見る現象に驚いてふわふわが入り込んだ心臓辺りに手を当ててみるが、特に体に異常はない。
「どうかしたか?」
「あ、あの……、今この辺りに飛んでいるふわふわしたものが私の体に入っていったので、驚いてしまって……」
「ふわふわしたもの?」
アルヴィンさんは不思議そうに辺りを見回す。え、もしかして。
「……見えていないんですか?」
「あなたが言うようなものは、何も見えていないが……」
なんということだ。まさか、見えていなかったとは。
私は、このふわふわした光について誰も言及しなかったことを、この世界では当然に存在しているものだからだと認識していた。しかし実際は、誰の目にも見えていない。つまり誰も認識していないものだから話題に上がらなかっただけ、ということなんだろうか。
「あの……、もしかして、アルヴィンさん達の体の中心にある光の球も……見えてなかったりします?」
「光の球?」
何のことだと言わんばかりに眉根を潜めるアルヴィンさんを見て確信する。
どうやら私の目には、通常見ることが出来ないものが見えているらしい。
「光の球とは一体どういうものだ?」
「アルヴィンさんだけじゃなくて、ダン君にもリーサさん達も同様ですが、皆さん心臓辺りに淡く光る球体が見えるんです。細い管のようなものがあって、それが手足に向かって伸びているように見えます。大きさも色も、人によって異なるみたいなんですが……」
「……周囲に漂っているというものと似ている?」
「あ、はい。何となく光り方が似ているというか……、辺りに漂っているふわふわを集めたら、光の球になりそうというか……」
「……魔眼か? いや、しかしトールとは言っていることが違うな……」
「マガン?」
「トール……あなたに会わせる予定の魔術師なんだが、彼は魔力を見ることが出来る特別な眼を持っている。それを魔眼という」
「私が見えているのも魔力ということですか?」
「いや、トールは体を覆うオーラのようにして見えていると言っていた。周囲に光が漂って見えるという話も聞いたことがない……。常人には見えないという点では同じだが、俺たちの知っている魔眼とは少々性能が違うようだ」
「そうなんですか……、てっきり皆さん見えているものだとばかり」
しかし、トールさんという人は魔力が見えるという特別な目を持っているらしいし、私が見えているものが何なのかも知っているかもしれない。日本へ帰る手段だけでなく、追加で聞きたいことが出来てしまった。
「その光の球や、周囲に漂う光というのは、常時見えているのか?」
「はい、そうなんです。光自体は淡いものなので今はそれほど気にならないんですが、夜寝る時なんかはちょっと気になっちゃうんですよね」
「トールの魔眼は切り替えが出来ると言っていた。もしかしたらあなたも出来るかもしれない」
そう言うと、アルヴィンさんは私の両目を隠すように掌で覆った。反射的に目を瞑り、視界が完全に閉ざされる。
「見えないように意識するんだ。視界を切り替えて」
視界を切り替える……、切り替えといったらスイッチ?頭の中で光の球や光のふわふわが見えなくなるように意識しながら、スイッチをオフにして電源を落とすイメージを思い浮かべる。
「あ……、見えなくなってる」
アルヴィンさんの掌が離れ目を開くと、視界に入ったのは光の球を宿していないアルヴィンさんの姿だ。同時に周囲に漂っていたふわふわも見えなくなった。まさかこんなに簡単に見えなくするように出来るとは。
「そうか。それなら良かった。常に見えざるものが見えていると、集中の妨げになるだろうからな」
「ありがとうございます、助かりました」
その後、起床したダン君と共に家へ戻ることになった。
……結局、私の体内に入り込んだふわふわの正体は、なんだったんだろう?