13話 アルヴィンと村長 -side.A-
リオとダンが村の散策に赴いた日の夜。アルヴィンはドラコ村の村長と対峙していた。
フルトグレーン家にお世話になっているリオとは違い、アルヴィンは村長宅で寝泊まりしている。ドラコ村には宿屋などないので宿泊先は自然と民家になる訳だが、以前の滞在時に世話になったフルトグレーン家は今回リオがいるため部屋が足りない。そのため、アルヴィンは今回村長宅に世話になることになったのだ。
(結局見つかったのはリオだけ、か……。彼女がトールの探し人であれば話は早かったんだが)
あれから確認のために何度かリオに鉱石を握らせてみたが、鉱石の色が変わることはなかった。魔力枯渇に陥りながらも魔力を探知できない彼女は、結局マナシなのかそうではないのか。それは分からないが、トールが指定した『鉱石を虹色に輝かせる人物』には該当しないため、彼女は探し人ではないのだろう。
アルヴィンは、己の掌の中で青色に煌めく鉱石を眺めていた、その時だ。
「あの子はぁ、不思議な子じゃあのぅ」
現れたのは家主である村長だ。村長は杖を突きながら、覚束ない足取りでアルヴィンの正面の椅子に腰を下ろした。
「あの子とは、リオのことですか? お会いになられたので?」
「ダンと一緒におってのぅ。ちぃと話をしたわぃ」
「……私の前では、そのようになさらなくても結構ですよ」
アルヴィンがそう言うと、途端村長の体の震えが止まった。
「なんじゃ、か弱い老人に見えて良いじゃろ?」
「か弱いだなんてどの口が言うんですか。竜血樹目当てに略奪行為を行おうとするならず者を蹴散らし、万能薬の独占を疎んだ貴族を口八丁で抑え込む『森の賢者』ともあろう方が」
「ほっほっほ」
村長は白く長い髭を撫でつけながら朗らかに笑う。髪と髭で表情が分かりづらい上、常々飄々とした声色のこの老人は、今にも死にそうな老人を装いながら、村に害を成す敵を排除する恐ろしい老人だ。最も、敵でなければこの老人は無害なので、アルヴィンにとっても特に危険視する必要のない人物だ。
「しかし、あの娘大層美しい娘じゃったのぅ。なんじゃ、あの子を嫁にでもするつもりで連れてきたんか? ん?」
――危険視する必要はないが、面倒な人物であることには違いない。
「村に連れてきた時にも話しましたが、たまたま見つけてしまったので連れてきただけですよ。一人にしていては今にも死んでしまいそうでしたし。ただの人命救助です」
「なんじゃ、つまらんのぅ。顔の一つも赤らめてみんかい、揶揄いがいのない奴じゃ」
「私で遊ばないでください」
ぴしゃりと撥ね退けると、村長はつまらなそうに椅子の背もたれに寄り掛かる。全く、これならか弱い老人の擬態のままでいてもらった方が良かったかもしれない。アルヴィンがそう考えながら手持無沙汰に掌で鉱石を遊ばせていると、村長が鉱石を見つめていた。
「おぉ、そりゃあ導石か。久しぶりに見たのう」
「この石をご存知なので?」
「大昔にの。魔術の特性を調べることにしか使えんからな、今じゃ魔術師を志すものが、自分が使える魔術を虚偽報告していないかを調べるためだけに使われとるもんじゃ」
「あぁ、だから私は見たことがなかったわけですね」
トールも似たようなことを言っていたが、なるほど。使用可能魔術の虚偽報告をしていないかの確認のためだけに使われるのであれば、剣士であるアルヴィンには関係のない話だ。
魔術師は、ギルド所属にしろ、王宮所属にしろ、自身が使用できる魔術の報告が必須となっている。どの魔術師がどの魔術を使えるかによって、任務先や配属先に影響してくるからだ。アルヴィンも魔術は使えるが、基本剣術での戦闘が主であり、魔術はあくまで補助程度の使用だ。職種も剣士であるため、使用可能魔術の報告は義務付けられていない。
「で、その石が目的の色に輝く人物は見つからんかったのか」
「えぇ、残念ながら……」
今回原始の森を調査すると決まった時点で、ドラコ村に滞在することも決定したも同然だったため、ゲアナを出立する前に村長へは先ぶれを出していた。そのため、この村で唯一村長はアルヴィンの任務内容を把握している。
「あの娘は、反応なしじゃったかのう?」
「はい。ただ、魔力枯渇に陥ったわけですし、魔力がないとは思えないのですが」
村長は髭を撫でつけながら、ううむと唸る。
「あの子はなぁ……、なんじゃろうなぁ」
快闊な人物である村長にしては珍しく、奥歯にものが詰まったような言い方だ。アルヴィンは不思議に思いながら、先を促すように村長を見やる。
「わしゃ魔眼持ちじゃないし、魔力の有無なんぞわからんがのぅ。しかし、あの娘がマナシだとは思えんのじゃけどなぁ。なんというか、あの娘は纏う空気が異質じゃ」
その違和感は、リオが日本からやってきた異世界人だからなのだろうか。流石に村長相手でも、リオが異世界人であることは伝えていない。リオが異世界人であることを知る人物は、最小限に留めるべきだ。
「それに、あの娘がマナシじゃとしたら、相当長寿の部類に入るのぅ」
「確認できている内、最も長く生きた者で――20歳、でしたね」
『マナシ』とは、『魔力がなく、魔術が使えない者』を指す言葉だ。
魔素をとどめておくための器官である『魔素の器』を持っていないことが魔術を使えない最大の要因と考えられており、魔術を使用出来る者の割合に対し、圧倒的少数であるマナシは、国によっては差別対象にもなっている存在だ。
そして、マナシの特徴として、一律して短命であることが上げられる。最長でも20年、最短だと僅か3年だ。短命である理由もまた、『魔素の器』を持っていないことが原因とされているが、詳細は未だ不明である。
「正確な年齢はわかりませんが、彼女は恐らく十代後半でしょう。もしも、マナシだとすれば……、長く生きられてもあと数年の命ですね」
アルヴィンは、次第に元気を取り戻し、フルトグレーン家に馴染んでいるリオの姿を想像する。折角救った命だ、儚く散ってほしくはないと思うが、リオがマナシだとすればアルヴィンに出来ることは何もない。
(いや、だが彼女はそもそもこの世界の人間ではない。ということは、体の構造そのものがこの世界の人間とは異なるのでは――?)
だとしたら、リオの体に『魔素の器』がなく、魔力が感知できない理由も分かる。つまり、リオにとって『魔素の器』がないのは当然であり、特別短命でもないかもしれない。
深く考え込み始めたアルヴィンを、村長はただ静かに傍観していた。




