12話 竜血樹
村長と別れた私たちは、時折ダン君へと声をかけるアールヴル族と挨拶を交わしながら森の中を進む。出会ったアールヴル族の人は皆、部外者である私へも優しい言葉をかけてくれる。体調が戻れば去ってしまう村だが、短期滞在といえど歓迎されているのは素直に嬉しい。
ドラコ村は、少年達がアース族を見たことがないと言っていたことからも察せられる通り、他所からの来客が殆どない。それだけ聞くと排他的な村に思えるが、単純にこの村が周囲に何もない辺境にあり、この村を超えた先にあるのは立ち入り禁止区域として認定されている『原始の森』のみなので、自然とそうなってしまっているようだ。
「俺たち子どもは外に出ちゃ危ないからって村の外には出れないんだけど、大人になったら商売で村の外へ出掛けることがあるんだ」
「商売?」
ドラコ村を暫く歩いたが、ドラコ村は本当に森そのものであり、店らしいものは一つも見当たらなかった。なんの商売なのだろうか。
「ドラコ村ってなーんにもないところなんだけど、一つだけ特産品があるんだ。それのお陰で村が成り立ってるって感じ。俺たちが向かってるのもそこで……、あ、ほらちょうど見えてきた!」
ダン君が道の先を指さす。そちらを見てみると、生い茂っていた木々が途中で途切れ、広い空間がぽっかり空いている。空間の中央には、これまで見てきた木とは違う種類と思われる木が一本、堂々とした存在感を見せつけながら聳え立っていた。
太い幹の上に、扇のように枝と葉が生い茂る大樹だ。一本一本が太い枝は密集しており、枝一本は私の腕の太さほどもある。そんな枝が天に向かって反りあがるようにして無数に生えていた。
「わぁ……、変わった形の木だね」
「竜血樹っていうんだ。これがドラコ村の特産品」
「この木が特産品?」
「うん。ほら、ここ見てみて」
ダン君が示す先を見ると、太い幹の一部が真っ赤に染まっている。
「竜血樹からは、特殊な樹液が取れるんだ。これを加工したら万能薬になる。効き目がすっごいから、村の外では高値で売れるんだ」
「万能薬?」
「っていっても病気には効かないし、あくまで外傷にしか効果ないんだけど。でも、万能薬で治せない怪我はないんだ。腕とか足がちょん切れても生えてくるんだぜ」
「そ、それはすごいね」
切断された手足も再生するとは。流石異世界。
「この竜血樹は一本しかないの?」
「もう少し奥の方に行くと何本か生えてるよ。昔はイグドラシル大陸のいたるところに生えてたらしいんだけど、今じゃドラコ村付近にしかないんだって」
ダン君は血のように鮮やかな赤色が滲む幹にそっと触れる。
「竜血樹は一本から取れる樹液に限度があるんだ。限度を超えると根っこから枯れちゃうし、移植も出来ないっていう難しい性質の木なんだ。昔の人はそのことを知らなくて、万能薬の元になるからって樹液を採り続けちゃったから、今じゃここ周辺以外の竜血樹は絶滅したんだって」
「そうなんだ……。でもどうしてドラコ村の周辺だけ無事だったの?」
「俺たちアールヴル族が森の近い存在だからだよ。なんとなく植物が言ってることが聞こえるから、竜血樹から採れる樹液の限界がわかるんだ」
森と共存し、植物の声が聞こえるとは。魔術に続き、非常にファンタジーな話である。さながら童話に出てくるような話に、私は内心胸を高鳴らせる。
「植物の言葉が分かるって、ダン君も?」
「うん。来る途中で果物見つけたでしょ? あれも植物に教えてもらったんだ」
確かに、あの果物を採った時。道なりに歩いていた私たちの視界に果物は映っていなかったのに、突然ダン君が道を外れていったかと思うと、まるでそこにあることを知っていたかのように果物を採取していたのだ。森での暮らしに慣れているため、ある程度どこに何が生えているのかを把握しているのかと思っていたが、あれは植物に果物の場所を教えてもらったということか。
「アールヴル族って凄い……! 植物と話せるなんて素敵だよ」
「えへへ。でも植物の声が聞こえるのは個人差があって、殆どの植物の声が聞こえる奴もいるし、全然聞こえない奴もいるんだって。俺はなんとなーくしか聞こえないし」
「なんとなくでも凄いよ! それにダン君、竜血樹のことについて詳しいんだね」
そう言うと、ダン君は心持ち胸を反らせて得意げな表情を浮かべる。
「俺は将来とーちゃんの後を継ぐつもりだからね! ちゃんと竜血樹のことも勉強してるんだ」
「ミカルさんの仕事を? そういえばつい先日まで仕事で村の外まで行ってたんだよね? なんの仕事をしているの?」
「とーちゃんは、樹液の採取・加工・販売をやってて、この間は万能薬を売るために村の外に出てたんだ。樹液の採取は一つ間違えば、竜血樹を枯らしちゃうかもしれないだろ? だから選ばれた人しか出来ない仕事なんだ。それに、村の外に出ると魔物に遭遇することだってあるから、強くなきゃダメなんだ」
(魔物、か……)
アルヴィンさんからも魔物のことは聞いていた。魔物には理性というものが存在せず、ただただ外敵を排除するために街や人を襲う危険な存在なのだと。アルヴィンさん達冒険者というのは、主に魔物を討伐することで生計を立てているらしい。
ちなみに、大体の村や街には魔物避けの魔術が施されているらしいので安全だが、外を出歩く時には注意が必要との事。魔物という驚異が存在している以上、子供の内は村の外へ出てはいけないというドラコ村の教えには納得だ。
「だからダン君はアルヴィンさんに剣を習ってたの?」
「そう! 将来必要になるし、それにあのアルにーちゃんが師匠だなんてかっけーだろ⁉」
キラキラと輝くダン君の瞳は、ヒーローに憧れる少年のそれである。
アルヴィンさんは冒険者――しかもSランクの冒険者、らしい。この辺りはアルヴィンさん本人からではなく、ダン君から聞いた情報だ。アルヴィンさんはただ「冒険者だ」ということしか教えてくれなかったので、ダン君からSランクという最上位ランクの凄い人だと聞いた時にはかなり驚いた。
「アルにーちゃんの剣はすっげーんだ! バシュバシュって感じで!」
ダン君は両手で剣を握るようなしぐさをして、そのままぶんぶんと横に振って見せる。先ほどまで竜血樹について解説してくれていた姿とは違い、擬音ばかりの説明はダン君の興奮具合を顕著に表しており、なんとも微笑ましい。
「ダン君はアルヴィンさんが大好きなんだね」
「にーちゃんかっけーもん! ねーちゃんはホントラッキーだよ、アルにーちゃんに助けられて」
「本当。助けてもらっただけでもラッキーなのに、その相手がすごい人だったなんて。すっごいラッキーだよね」
私とダン君は視線を合わせ合い、やがて周囲に笑い声が満ちた。




