11話 散策
フルトグレーン家にお世話になり始めて一週間。
あの日以来、アルヴィンさんは度々私の元を訪れ、この世界のことを色々と教えてくれた。
国の名前、通貨、アルヴィンさんが生業としている冒険者という職業についてや、魔物の存在。そして、先日起きたという『イグドラシルの異変』という出来事についても。
原因や理由は不明との事だったけど、イグドラシルに何事もなくてよかった。もしそのままイグドラシルに異常が発生し続けていれば、大陸そのものも無事ではなかったかもしれない。
そうやってこの世界のことを学んでいく中、私の体調もすっかり回復し、普通に動き回る程度であれば問題なくこなせる程度にまでなった。回復力の速さに、医者でもあるリーサさんはとても驚いていたが、私の回復を純粋に喜んでくれた。
「元気になって良かったよ。寝たきりの状態だと、気分も滅入っちまうしね。今日はダンと村を歩いてみるんだろ?」
「はい、散歩に付き合ってくれるみたいで」
「この数日、家から出れなかったしね。小さな村だけど、気分転換にはなるだろ。楽しんでおいで」
「ねーちゃん、準備出来たかー⁉」
バンっと音を立てて扉を開いたのはダン君だ。勢いそのままに駆け寄ってきたダン君は、私が着替えを終えていることを確認すると、私の腕を引いた。
「ほら、早くいこーぜ!」
「ちょっとダン、リオは病み上がりなんだ。あんまり引っ張りまわすんじゃないよ」
「わかってるって!」
「まったく……、暗くなる前には帰ってくるんだよ」
「はーい!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ダン君に連れられ家を出た私は、村を見渡して思わず感嘆した。
「すごい……、家の窓からも見えていたけど、本当に木が家になってるのね」
樹齢何百年にもなりそうな大樹が群生しており、木の根っこ部分には木製の扉が備え付けられている。ドラコ村では、大樹の下層部分をくり抜いて空間を作っており、その部分を居住空間としている。つまり、木の中が家なのだ。部屋で横になっている間、窓から見える風景に全く家らしいものが見えなかったので疑問に思っていた時、ダン君が教えてくれたのだ。
「ドラコ村は、森と共存する村なんだ。家は木の中身を削って作ってるけど、成長の妨げにはならないよう調整して作られてんだ。木は生きてるから、俺ん家の木だって年々成長してるんだぜ」
建築物であり、植物でもある、ということらしい。なんとも不思議な光景だ。一見するとこの辺り一帯が村だとはとても思えない。近くの森林が伐採されているような様子もなく、森の中にそのまま住んでいるといった風だ。
「ねーちゃん、こっちこっち!」
おのぼりさんのように辺りを見回していたが、どうやらどこか連れていきたい場所があるらしいダン君の案内に従う。
それにしても、ダン君は村に訪れる客人が稀なため、物珍しさで私に付き合ってくれているのかと思ったが、隣に住んでいるらしい三歳の男の子の面倒もよく見ているらしいし、どうやら元々世話好きな性格らしい。いつもリーサさんに怒られているダン君だが、とても心優しい子だ。
「あー! ダン、その人が今ダンの家に泊まってるって人―⁉」
ダン君に連れられ歩いていると、木陰からダン君と近い年頃の少年たちが飛び出してきた。勿論少年たちもアールヴル族であり、尖った耳が髪の毛からはみ出している。
「あぁ、そうだよ。リオねーちゃんっていうんだ」
「すっげー! 俺、アース族って初めてみた!」
「俺も俺も!」
実際私はアース族ではないのだが、この世界の人々からすれば私はアース族にしか見えないらしい。
本で読んだ限りだと、アース族以外には身体に特徴があるようだったので、その基準で言えば確かに私はアース族と言えるのだろう。下手に否定して怪しまれても困るので、アース族と呼ばれたことは否定せず、少年たちと視線を合わせるためにしゃがみこんだ。
「初めまして、ダン君のお家でお世話になってるリオです。よろしくね」
「……っひゃー、ねーちゃんキレーだなー……」
「ダンとこのかーちゃんもすっげーキレ―だけど、ねーちゃんも負けてねーな!」
子犬のように私の周りを駆ける少年たちは、無邪気な声色で称賛するが、それはお世辞にもほどがあるだろうと思う。リーサさんほどの美貌が自分に備わっているとは到底思えない。だが、周囲の子供たちの考えは違うらしい。
「うちのかーちゃんより、リオねーちゃんの方がよっぽど美人だろ。リオねーちゃんは殴ってこねーし、優しいんだぜ」
何故かダン君が誇らしげにしながらそう言うと、少年たちはコクコクと頷いて肯定する。
「確かに、ダンのかーちゃんこえぇもんな……」
「村一番の美人だけど、村一番怒りっぽいって言われてるもんな……」
「でもダンのとーちゃんにべた惚れなんだよな? ダンのとーちゃんすげーよ」
これまで生活を共にしてきた身としては、「リーサさんがミカルさんにべた惚れである」という情報に内心同意する。ダン君といるときは肝っ玉母ちゃんのようなリーサさんは、ミカルさんといるとさながら恋する乙女といった感じだろうか。ミカルさんの太い腕に、細く美しい腕を絡めてすり寄る姿を初めて見た時には驚いたものだ。私の目の前でもいちゃつき始めるあの夫婦のラブラブっぷりは、村人の間でも浸透しているらしい。
賑やかな少年たちと別れた私とダン君は、再び森の中を進み続けた。途中、ダン君が取ってくれた果実は、苺ほどの大きさの果物で、味と食感は林檎に近く、甘みがあってとても美味しい。森を散策しながら周囲に生えている果物をもぎって食べるなど初めての経験だが、この村に住む子供たちはおやつ替わりによく食べているらしい。
もぐもぐと果物を咀嚼しながらダン君と歩いていると、道の先にあるなだらかな段差に腰を掛けた老人の姿が見えた。
「あ、村長だ」
え、と思わず呟いた私をよそに、ダン君は老人へと駆け寄る。二人の手は依然として繋がれたままなので、当然私も連れていかれる。
「村長、こんにちわー! この人、今俺んちに泊まってるリオねーちゃん!」
まさか村の長にこんな形で遭遇するとは思わず、慌てて口の中に入っていた果物を飲み込み、老人へと向き直る。
「こ、こんにちは、リオ・アカツキです。すみません、村に滞在させて頂いているのにご挨拶が遅れてしまって……」
丁寧に頭を下げ、老人を見ると、老人はふるふると体を小刻みに揺らしていた。長い前髪が目元を覆い隠し、豊かな髭が口元を隠しているせいで、表情が全く分からない。もしかして、村に滞在しているにも関わらず、中々挨拶に来なかったことを怒っているのだろうか。不安に駆られながら老人を見ていると、老人はやがてゆっくりと口を開く。
「あぁ、君がぁリオ君かぁ。わしゃあ村長じゃぁ、よろしくのぉ」
かなりの時間をかけて返ってきた言葉は友好的だ。友好的なのだが……、尋常ではないくらいに体も声も震えていて、思わず心配になってしまう。私の礼に返そうと思ったのか杖を片手に立ち上がろうとしていたが、震えるあまりに杖が地面を何度もノックしている状態を見て、慌てて村長を引き留めた。
村長を座りなおさせてほっと息をつきながらも、今にも倒れこんでしまいそうな村長の姿に不安が拭えない。
「ダン君、村長さん大丈夫なの? 具合が悪そうだけど……」
「大丈夫大丈夫、村長いっつもそんな感じだから。震えてるのが当たり前っていうか、震えてない村長は村長じゃないっていうか」
「おぉう、わしゃぁ、元気じゃあ」
「え、えぇ……? ほ、本当ですか?」
村長はぐっとアピールするようにガッツポーズを決めるが、袖から除く腕が枯れ枝のように細いせいで全く安心感はない。
しかし、私の心配をよそに、ダン君は途中で取った果物を老人に渡して和気藹々としており、どうやらこの状態は本当にいつものことのようだ。本人も周囲も全く気にしていない。
「村長はな、俺が生まれた時から村長なんだ。とーちゃんとかーちゃんも同じこと言ってた」
「え? ということは、リーサさんやミカルさんが生まれた時から、村長さんは村長さんってこと?」
「そうそう。最初は震えてるの見て皆心配するんだけど、本人は大丈夫だって言うし、実際この状態で何十年も村長やってるんだから、本当に元気みたいなんだよ」
「ほ、ほ、ほ。わしゃぁ生涯現役じゃあ」
「お、お元気なんですね」
リーサさんとミカルさんは少なく見積もっても30は過ぎていると思われる。ということは、村長は30年以上この状態で村長業務を熟しているということだ。
(い、一体おいくつなんだろうか……)
村長がいくつなのか。それはドラコ村最大の謎である。




