序
くすんだ空である。荒れた道を馬車が揺れている。乗り合いの馬車に人気はなく、御者、それにフードを深くかぶった人一人のみが乗っている。
「しかしお客さん、どうしてこんな時期に西都に行くんだい」
唯一の客は御者に目をやった。
「少し用があるのです。何かあったのですか?」
「西都の手前の町で魔女が見つかったらしい。処刑するのか王城の地下牢に入れるのかは知らないが、まあえらい騒ぎさそのあたりは」
「へえ、そうなのですか。魔女とは。また」
小石が多いせいか、ガタン、と荷台が揺れる。
「魔女は見つけ次第殺さにゃならん。そうしないとあれだ、周りに厄災を振りまくってやつだ。だから黒や茶色の髪をしてない人間は殺さにゃならん。」
御者台の上で男は言った。
「…厄災ねえ」
「なんだいお客さん。魔女が怖くないのかい。」
御者の男は驚いたように振り向き、荷台の人物を見た。
「別に…怖くはないですよ、奴らも人間です」
男は荷台のフードを目深に被った客を睨み、唸るように呟く。
「魔女は…あれは化け物だ。指先一つで雷を落として街を火の海にするんだぞ。」息を呑む。「あんたもまさか魔女か」
荷台の客ははらりとフードを払った。
「まさか、ただの旅人ですよ」
その髪は長く、そしてその髪は澄んだ黒であった。
「すまないねえ、さっきは疑って」
町の入り口で業者の男は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「仕方ないですよ。こういうご時世ですから。町まで届けてもらって助かりました」
「西都はここから一日歩いたところにある。ここまでで申し訳ないが…」
「いや、十分ですよ。ありがとう」客は銀貨を二枚差し出した。
御者は銀貨を受け取りながら呟いた。
「しかしあんた女だったんだねえ、男とばかり思ってたよ」
女はフードを背中に落とし、小さく笑った。
「旅をしている時は顔を隠している方が気楽なんですよ」
「確かにな。だがここから先はフードは外した方がいい。魔女と取り違えられるぞ。」
黒髪の女は頷いた。
空は灰に染まり、町は淀んでいる。これは魔女たちの物語。