#1 鮮血の饗宴、開く
【美を探求した者 #1】
《ニューエントラル襲撃》からさらに数日。
アクセルリスはその現場、人の都市ニューエントラルに立っていた。
「……っへぁはぁぁぁ~……」
深い深い溜息をつきながら、木材に腰掛ける。
その疲れも無理もない。
魔女枢軸によって荒れ散らかされたニューエントラル。その復興を担当するのは主に環境部門である。
そしてアクセルリスはその長。なので、現場監督として総指揮を執っているのだ。
ここ数日。連日。毎日。
そりゃ若くて健康なアクセルリスでも疲労困憊にもなる。
「はぅぁ」
「オーイ、アクセルリスー!」
そんな彼女に近づく声アリ。
「ん、アディスハハ?」
「おっす! 様子見に来たよー」
今日もニッコリ笑顔のアディスハハだ。その両手にはボトルが握られている。
「差し入れ! あったかいのとつめたいの、どっちがいい?」
「冷たいの。いくら真冬でもあちこち動き回ってたら暑くなるもん」
「おっけ!」
手渡されたボトルから確かな冷たさを感じる。
「じゃいただきまーす」
清涼なる冷がアクセルリスを潤す。
「ぷはぁ、美味しいなぁこれ。何?」
「これね、ドクヤダミ茶なんだよ!」
「まじ!?」
「まじまじ。アイスティーにしてみたらどうなのかなーって思って試したんだけど、これがまあ良い!」
確かにそのフレーバー。味付けはあろうと、元があのドクヤダミ茶だとは思えないほどの美味である。
「疲れも吹き飛ぶね! これ」
「でしょでしょ! 他にも疲れが取れるような調合したからさ、自信あるんだよね!」
「それにしてもすごいよこれは、これはすごい」
ごくごくと喉を鳴らすアクセルリス。あっという間に飲み干してしまった。
「ごちそうさま! いやぁ、いいねこれ。疲れ吹っ飛んじゃった」
「よかったよかった! 元気が一番だよ!」
「……気を付けなきゃねー。疲れてると訳わからんもん見えちゃうから!」
「例えば?」
「血眼でアンチエイジングするお師匠サマとか」
「ははは」
他愛ない会話、いつもの様に冗談を笑い飛ばしたアディスハハ。
「……じゃあ、私も疲れてるのかな?」
「え」
そう言ったアディスハハの眼は、アクセルリスよりも遠くを見ていた。
「それって……」
「私には、血溜まりが見えるんだけど。こんなところにあるわけないもんね」
「っ!」
振り返るアクセルリス。彼女の銀の瞳は、間違いなく、アディスハハと同じものを捉えていた。
だが、その血溜まりは、まるで滑るように移動し、見えなくなった。
「アディスハハ、ここでじっとしてて」
「え? う、うん」
不安を抱いたまま駆け出す。血溜まりが消えた先、曲がり角に至る。
「!」
そこで見えたものは、一人の作業員魔女。
そして、その足元で蠢く血溜まり。
「──」
『逃げろ』。その一言を発するよりも早く、悲劇は幕を開けた。
血溜まりが、生きているかのように、作業員の体にまとわりつく。
「え──」
彼女が異常に気付き、悲鳴を上げる──それよりも早く、血溜まりから伸びた触腕が口から入り込み、声を封じる。
「────!」
助けを求める術を失った魔女を、血が包んでいく。内から、外から。
そうして全身が血に覆われたのち。繭のようになった血塊はゆっくりと脈動する。
そして。
まとわりついていた血が弾ける。そこに残っていたのは、骨と皮だけになった無残な死体だけ。
「──」
あまりに異常な光景を目の当たりにしたアクセルリスは、言葉を失った。
そんな彼女の前で、血溜まりが再び蠢く。
それは一か所に集まっていき、人型を形作る。
そして中から姿を現したのは──妖艶な美女。
長い白銀の髪と真紅のドレスがコントラストとなって際立っている。
「──やっぱり、魔女の肉体は一味違いますわねぇ」
満足げな声色だが、表情はそうではない。
「そこで見ている貴女も、きっと美味しいのでしょう?」
彼女の眼が動き、アクセルリスを見た。
その瞬間。
「ッ!」
アクセルリスは瞬間的に踵を返し、走った。往路よりも速く。
「あらあら……せっかちですわねぇ。でも──」
「アディスハハッ!」
曲がり角を出てすぐに叫んだ。
「逃げて!」
「え、え!?」
「いいから早──」
「残念。逃がしませんわ」
どこからか声が聞こえると同時に、真紅の血が二人を取り囲むように広がった。
「え!? なに、これ!?」
「くそッ……!」
状況判断を行ったアクセルリスは、手元に小刀を生み出す。
「トガネ! この影に入って!」
〈んぁ!? 何事!?〉
「いいから!」
〈は、はいっ!〉
叩き起こした使い魔をその内に潜ませ、思い切り投げた。
次の瞬間。
血溜まりから生まれたドーム状の血の檻がアクセルリスとアディスハハを閉じ込めた。
「アディスハハ、私から離れないで!」
駆け寄りそう言う。状況が呑み込めていないアディスハハは、ただ怯えながら頷く。
「ふふふ……これはこれは、邪悪魔女のお二人。さぞ美味なのでしょう……」
「姿を現せ!」
「不思議な事を言いますわね……先程からずうっとこの身を露わにしておりますのに……」
「何を言って……」
怪訝な眼を向けるアクセルリスの前で、滴る血が人型に固まっていく。
そして──弾ける。
「ほら、このように。私の躰は最初から日の元に晒されておりましてよ?」
「血が……体に……!?」
震えながら身をひそめるアディスハハ。
「……外道魔女クラウンハンズか」
「ご名答。私も有名になったものですわね」
真紅のドレスを棚引かせながら、その魔女──クラウンハンズは優雅に礼をした。
「あれのこと、知ってるの?」
「《吸血の魔女クラウンハンズ》。外道魔女だよ、ヤバいタイプの」
「……っ」
アディスハハは息を呑む。この状況、以前バズゼッジと邂逅した時を想起するが──現状はそれよりも悪い。
「それだけではありませんわよ、今は」
「魔女枢軸の一人だって言うんだろ?」
「あらあら、聡明ですのね。流石はあのアイヤツバスの弟子」
「ほざけ、誰でもわかる。で? 何しに戻ってきたんだ」
アクセルリスは対話を最低限に抑え、情報だけを奪おうとする。
「『美』ですわね」
「……ワケわかんねえのだけは想定内。ちゃんと話せ」
「私は『美』を探求することに心血を注いでいまして。極上の美貌を手に入れるため、あれこれ手を尽くして参りましてよ」
「確かにお前の容姿は美しい。それは認めるけど」
アクセルリスの審美眼は確かだ。その彼女が、敵でありながら認めるほどの美貌。
「結局その手段はなんなんだ」
「『血』ですわ」
アクセルリスは目を細め、アディスハハは目を見開く。
「麗しき婦女子の血を食み、私の血肉に加えるたび、私はより美しくなっていく。これが私の『美』ですわ!」
「……ま、そんなことだろうとは思ったけど」
動揺を見せないアクセルリスの後ろで、アディスハハは小さく震える。
「吸血の魔女……血を食べる……って、そ、そういうことなの……?」
「そういう事でしてよ、麗しき少女」
ニヤリと上げられた口角からは鋭い歯牙が覗く。
「……何人だ。ここに来てから、何人」
「人間が8人。獣人が4人。魔女が2人」
「……」
アクセルリスは歯噛みする。それだけの犠牲を出しながらも、魔女枢軸の存在を察知できなかった自分への憤りに。
だがクラウンハンズはその心中を知ってか知らずか。
「特に、魔女の血は別段美味でありますわ」
と言った。
ぞくりと二人の背筋に悪寒が走る。
「トガネッ!」
怖れを振り払うように、反射的に叫んだ。
〈はいよ! 空気を読んで黙って待ってたぜ!〉
「お利口で何より! そんなあんたに命令をする!」
〈オーケイ! なんなりと!〉
「作業員をみんな避難させろ! 拠点に戻ったらこの事をシャーカッハさんに伝えて!」
「トガネくん、よろしく……!」
〈了解! 主と蕾の姉さんも気を付けてな!〉
任務を受けた赤い光は迅く、速く、影の中を泳いでいった。
「……」
それを見送ったアクセルリスは目線をクラウンハンズに戻す。
敵は変わらず、真紅の瞳を恐ろし気に微笑ませて二人を見据えていた。
「貴女方も……とても美しい。ぜひ、ぜひともその血を味わい、我が美の糧としたい!」
「糧になるのはお前のほうだ、クラウンハンズ。私の命を狙うというのなら、容赦はできない」
「ふふふ……楽しませて下さいませ……!」
【続く】