#3 Side:A
【#3】
「…………」
アクセルリスは夜景を見下ろす。
会議は終わったものの、どうにも帰る気分が起きず、92階の展望デッキからヴェルペルギースの街並みを眺めていたのだ。
〈主〉
「どったのトガネ」
〈これからどうなるんだろうな〉
「……どうにもならないでしょ」
投げやりな答えにトガネは面食らう。
〈なんだそりゃ……主らしくないぞ?〉
「そう?」
〈主は今何考えてるんだ?〉
「んー……これからのこととか……お師匠サマのこととか……戦火の魔女のこととか」
夜風を受けて銀の髪が揺れる。
「私は……私は戦火の魔女を殺す」
〈うん〉
「けどそのあと……私はどうなるんだろうって、ふと思ったんだ」
軽く髪をかき上げ、憂いを眼に浮かばせる。
「今の私は『戦火の魔女を殺す』ことを何よりの目標にしてる。でも、その目標は、私にとってあまりにも大きいものなんだ」
〈だろうな、人生の復讐なんだから〉
「だから怖いんだ」
〈怖い?〉
「大きな大きな目標を達成した後、私は何を目標として、何をして生きるのか、が」
銀の瞳が映しているのは、少し先の未来と、それよりさらに先の未来。
「私が生きる理由は、まだわかってなかったんだ。ただ眼前の目標に向かって走ってるだけ、って気付いたんだ」
脳裏に浮かぶはかつての日々。ただ生きることを生きる理由としていた、残酷そのものだった幼い日の自分。
「だからある意味、戦火の魔女は私に生きる意味を与えた魔女なんだ」
〈……ヒニクだな〉
「でしょ? 今のアクセルリス・アルジェントを作ったのは、お師匠サマと戦火の魔女の二人。すべてを与えた者とすべてを奪ったもの。二律背反の生殺与奪」
〈なんかよくわからなくなってきた……〉
アクセルリスの思考はトガネの処理能力を超えようとしていた。
〈要するに、戦火の魔女を殺した後のビジョンが見えない、ってことだな?〉
「うん、そだね。トガネも賢くなったね」
〈元から賢いんだよオレは! ……っと、そんなことは置いといて〉
「お、お利口だ」
〈ま、先のことなんてそれこそどうにもならないぜ。その時のことはその時になってから考えればいいさ〉
「まあそれが結論なんだけど……」
〈一人で悩むこともねぇしな。オレも、創造主もいるんだから〉
「……そっか」
〈みんなで見つけていけばいいんだ! オレたちは家族だろ〉
トガネの言葉に、アクセルリスは心を打たれた。
「家族……私と、お師匠サマと、トガネが?」
〈そうだ。違うか?〉
「違くない……違わないよ……!」
アクセルリスは俯く。その肩はやや震えている。
〈……主? 泣いて……?〉
「…………ありがとね、トガネ」
バッ、と夜空を見上げる。その瞳に曇りはなく、どこまでも澄み通った銀が満ちていた。
「よしっ! 帰ろう!」
〈え、急だな!?〉
「お腹空いたからね! これから忙しくなる、お腹は満たしておかないと!」
〈お、おう! 何かすっげーいきなりだけど、いつもの主だな!〉
影の中に赤い灯火を宿した鋼の魔女は、生命力の導くままに駆けた。
(そうだ──私たちは、家族なんだ)
そして、抱いた。何よりも残酷で、何よりも強い、決意。
──これから待ち受ける過酷な定めを、そして全てを殺し、喰らい、生きる、その決意を。
【戦火の残滓 おわり】