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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
20話 戦火の残滓
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#1 Side:F

【戦火の残滓 #1】


 ──あれから、数日。


 クリファトレシカ92階、大会議室。

 この部屋が使用されるのは実に数百年ぶりであるという。


 おおよその構造は99階の邪悪魔女会議室と似ているが、用途は全く異なる。

  

 現在、この部屋には百人にも達するほどの魔女が集っていた。

 邪悪魔女10名は当然のこと、残酷魔女全員、それぞれの部門の有力な魔女、極めつけにはキュイラヌート専属の魔女も多く集っている。

 特に注目すべきはマーキナー。彼女は本来、魔女機関に保管されている膨大な情報を処理するため、日夜問わず情報処理室にて働いている多忙な魔女。

 そんな彼女でさえも、その業務を中断し、会議に参加しなければならないほどの緊急事態なのである。


〈────由々しき、事態だ〉


 キュイラヌートの声が響く。


〈我も、このように、座している訳にもいかない〉


 キュイラヌートの装置が音を立てる。聞きなれない音を。


〈故に〉


 装置に隙間が生まれ、激しい冷気が噴出する。

 そして。


 球状装置から重々しい音が響く。その内部で何らかの変動が成されているのだろう。

 そして、その暫く後。重低音を奏でながら、装置の外殻も変形をし始める。


「──」


 アクセルリスは息を呑む。魔女機関総督、そのベールが、今。


〈故に。この様に〉 


 外殻が、開いた。

 内部からさらに強い冷気が迸り、壁掛けの灯火を消し去る。


 そして、姿を見せたのは。


〈我も、この身体に働いてもらうこととする〉


 端的に言うのなら、それは『球状装置を人型に変形させたもの』であった。

 無論、言うまでもなく、その中にはキュイラヌートの真の肉体が眠っている。


〈初めて目にする者もいるだろう。これが我の肉体である〉


 通常の装置を鎧状に小型化し、肉体を覆った、キュイラヌートの活動形態。

 彼女自身『肉体』と呼称したが、実際に露出してる部分は左右と後方、3本の束ねた髪のみである。


〈各々様々な感情はあるだろう。だが、この場において我の姿などどうでも良い〉


 玉座へと姿を変えた球状装置に座し、キュイラヌートは命を下す。


〈議題は言うまでもなく、先日の《ニューエントラル襲撃事件》である。まずはバシカル、被害状況は如何ほどか〉

「は」


 執行官バシカルは一同を見渡したのち、厳かに喉を震わせる。


「最終的な損害はニューエントラルの75%。無傷の建物は皆無。しかして略奪の痕跡はなし」

〈完全に破壊が目的というわけ、か〉


 無機質な音声の裏に籠っているのは呆れ、だろうか。


「遺体の回収も終わり、現在は残骸の処分及び復興の準備を行っています」

〈死者は、どれほどだ〉

「……約8000人ほどと」

〈そうか〉


 感情の読めない声でそう言い、キュイラヌートは首を別の方へ向けた。


〈ではアクセルリス、ニューエントラル再建の見積もりは進んでいるか〉

「はい、先程研究部門及び情報管理官と共同で行った演算結果が出されました」


 環境部門アクセルリスは手元の資料に目を向け、緊張で弾きあがりそうな心臓を抑えながら読み上げた。


「現在の魔女機関が保有する財政的及び人的リソースを考慮したペースで復興を進めた場合、ニューエントラルが95%復興するのに──635年の歳月を要します」

「──」


 辺りがざわつく。凡そ覚悟していたが、それでも──600年超というのは、あまりにも長すぎる。

 そしてそれはアクセルリス自身もまた然り。


 既に数百年の年月を生きてきたであろうアイヤツバスや数多の魔女たちに対し、アクセルリスはまだ28年しか生きていないちっぽけな存在なのだ。そのうえ精神的にはまだ18歳の生娘。600年など、想像もつかない。


〈635年後。魔女歴6188年か〉

「は──はい」

〈流石に──長すぎるな。割くリソースを再考慮せねばなるまい。ひとまず、演算ご苦労だった〉

「はい。ありがとうございます」


 キュイラヌートの言葉で、ひとまずアクセルリスは胸を撫で下ろす。だが、根本的な重荷は圧し掛かったままである。


〈ケムダフよ、生き残った者たちの所在はどのようになっている〉

「ヴェルペルギース内の公園や広場を避難所とし、そこに滞在させています。が、スペースが足りず、一部の者はニューエントラルに作った仮設避難所の方に」


 防衛部門ケムダフは真剣なまなざしでそう言った。普段の軽い感じの彼女はここにはいない。


「現状は、何とかどうにかなっている、といった所でしょう」

「──だけど」


 口を挟んだのは医療部門シャーカッハだ。


「このままじゃ長くは持たないわね。食事の配給は可能な限りコストを切り詰めているけど、日を追うごとに倍々ゲームのごとく増えていく」


 切れ長の眼は苦しい現実を確かに掌握していた。


「それだけじゃない。加えて怪我人の手当てもしないといけないから。今は医療部門と薬学部門が協力して対応してるけど──」


 シャーカッハは横目で薬学部門アディスハハを見る。彼女も繰り返し頷いている。


「足りないわ。人も、カネも」

〈──だろうな〉


 魔女機関は巨大な組織だ。多少のアクシデントには十分対応できるように運営されている。


 ──だが、今回の事件は、彼女らの予測の範囲を遥かに上回っている規模。

 それほどまでに、魔女枢軸並びに戦火の魔女の規格外さをまざまざと見せつけられたのだ。


〈ならば調整するしかあるまいが〉


 キュイラヌートは目を向ける。


〈カイトラ、いけるか〉

「無論で。このカイトラ、全力で務めさせて頂きます」


 財政部門カイトラは、いつもの様に、どこまでも愚直にあった。


「わたしにしかできない仕事。この身が砕け滅びようとも、魔女機関の力となりましょう」

「まったく……相変わらずのどマジメね」


 シャーカッハはそう言って笑った。ケムダフもまた。


〈では、人的リソースの方は〉

「アタシだろ?」


 指を鳴らしたのは威力部門シェリルス。キュイラヌートの冷気で消えた灯火が蘇る。


「大丈夫ッスよ。アタシもいつも通り、上手く話つけて来るンで」


 衛星組織や外部組織との折り合いをつけるのが威力部門の仕事だ。


〈ああ。信頼しているぞ、シェリルス〉

「へっ、照れるッスよ」


 嬉しそうに笑うシェリルス。

 彼女自身、ある方向から向けられた冷たく鋭い眼差しを感じていたが、気にしないように励んでいた。



〈これで目下の指針は立った。次は──〉

「──待ってください」


 キュイラヌートの進行を妨げたのは、法務官イェーレリーだった。


〈如何した、イェーレリー〉

「私にも……私にも何かできることは」


 その眼差しには焦りの色が見られる。

 元々正義感・使命感の強いイェーレリーだ。このような緊急時に、何もできない自分を呪っているに違いない。


 だが、キュイラヌートは、無常に。


〈ない〉


 とだけ言った。


「……ッ」


 イェーレリーは歯噛みする。総督の言葉だ、そこには絶対的な力が籠る。


〈──いや、少し言葉を間違えたな。『何もやるべきことがない』のではない。『何もしなくてよい』のだ〉

「……なにも?」


 訝しむイェーレリー。おそらくは、この場に居合わせた殆どの魔女が同じような感情を抱いただろう。


〈法務官という役職は、外道魔女を裁くことが使命ではない。『そこにある』のが使命なのだ〉

「……」

〈法務官である汝は、『ただそこにいるだけ』で使命を果たしている。絶対的な法の番人がいるからこそ、このような混乱状況でも民は確固たる足場をそこに見出すことができる〉


 顔を上げたイェーレリーの眼に迷いはなかった。


〈だからこそ我は汝に『そのままであれ』と命じる〉

「──了解しました」


 決然としたイェーレリーは、そのまま黙して座した。


【続く】

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