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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
19話 戦火の兆し
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#3 それぞれの炎、そして答え

【#3】


 硝煙を掻き分けながら真っ直ぐに走るグラバースニッチ。

 彼女の鼻はこのような救助活動には最適だった。

 焦げ付く炎の臭い、充満する濃厚な魔力の臭い、それらの中から『生』の匂いを的確に嗅ぎ分け、多くの命を救っていた。


「……この周囲にはもう生存者はいねェか。次は南に……」


 方角を変え向き直ったとき、彼女は新たな匂いを察知した。

 それは、今までのどれとも異なる匂いだ。


「ッ!」


 匂いの元に顔を向ける。

 遠いが、人影が見えた。

 身の丈よりも大きな旗を掲げる、一つの影だ。


「あれは……」


 グラバースニッチの鼻は、そこから『魔女』の匂いを導き出していた。


「お出ましか。本当ならすぐにでも喉笛喰いちぎってやりたいところだが」


 本能のままに駆け出そうとする足を理性で抑える。


「今は『待て』されてるからな。向こうから来ない限りはどうも出来ん」


 愚痴をこぼしながら再び鼻を凝らす。


「この匂いは……嗅ぎ覚えがあるな」


 目を閉じ、記憶の深くに語り掛ける。


「……なるほど《御旗の魔女》か」


 再び目を開けると既に御旗の魔女──ソルトマーチの影は無くなっていた。

 獲物を狙う獣の眼差しに感付いたのだろうか。


「フン! 魔女枢軸め、これまた厄介な奴を味方につけたモンだ」


 獣の本能が疼く。が、今はまだその時ではない。グラバースニッチ自身もそのことを熟知している。

 今はただ、目の前の命を救う。そのためにグラバースニッチは走るのだ。



 耳を澄ませながら走るロゼストルム。

 彼女は今『風の声』を聞いていた。


 業火を掻き分け吹く熱帯びた風。

 その流れや勢いから、目に見える世界を超えた世界を捕捉しているのだ。

 コウモリは闇の中を超音波の反射で見通すというが、それに近い。

 風の魔法を極める道のさなか会得したロゼストルムの特技である。


 この力をもって彼女は救助活動を進めていた。

 

 そして、ある時だった。


「──」


 ロゼストルムは感じた。

 風の囁きを。


 本来ならば、それを頼りにまた救援を行う──のだが。


(──なんですの? この声──この、邪な風は──)


 これまでとは異なる風の声。邪なる声。


(左──)


 風の導くまま、向きを変えるロゼストルム。


 そして、彼女が目にしたもの。

 祈りを捧げている、一つの影。


「人!? 助け……」


 だが、動き出したロゼストルムの脚は、疑念に固められすぐに止まる。


(……なぜこんな危険な場所に? 要救助者ならばすぐに逃げ出しているべきでは?)


 そして最も強かったのは、風の囁きだった。


(間違いなく、あの邪な風はあそこから……あの影の傍から流れてきたもの……ならば、あれは!)


 戸惑い、足は止まる。呆然と思考の海に漂流し、世界が黒化する。


「……はっ」


 ロゼストルムが我に返った時には、既にその影はその場から消えていた。

 残っていたのは、どこまでも邪悪な風の声だけだった。


「……」


 ロゼストルムは足早にそこを後にした。

 まるで、逃げるように。



 走るミクロマクロ。

 のんびり屋の彼女は今、普段の怠惰な姿を感じさせぬほどの熱さに満ちていた。


(──私は目も鼻も耳も利かない。頼りにできるのは、このカンだけ──)


 ミクロマクロは己の武器を熟知している。

 他のメンバーと比べて身体的特長がない彼女にとっては、そのカンこそが戦い抜くための長物である。

 事実、これまで彼女はカンだけで救助活動を行っていた。


 そして今、再び彼女が何かに感づいた。


「ッ」


 バッと顔を上げる。


「ミクロマクロさん?」

「ああ、気にしないでおくれ。この近くにもいるね、生存者。君たちはその救助を頼んだ」

「了解です。では、ミクロマクロさんは?」

「私はちょっと、辺りを見てくる」


 救助を残酷隊に任せ、ミクロマクロは何かに背を押されるように進んでいく。

 そして見つけたもの。


「あれは」


 石畳を濡らす鮮血。


「血痕だ、それも新しい」


 その線を辿っていき、ミクロマクロは角を曲がる。

 そして彼女が目にしたもの。


 血塗れの一つの影。


「──」


 彼女がそれを目にして、瞬間的に選んだ行動。

 《救助》ではなく《攻撃》だった。


 鉄輪を標準サイズに戻し投擲。

 真っ直ぐ投げられたそれは寸分の狂いもなく目標を穿つ。

 が、鉄輪が触れると同時に、血塗れは癇癪玉のように弾けた。

 その痕には、深い血痕が残るのみ。


「──遅かったか、こいつはかなり厄介な奴だな」


 また面倒ごとが増える、と言いたげな表情をしたが、言葉には出さず飲み込んだ。


「弱音は吐いてられないな。ま、やれることからやっていくのが私だし。立場は分かってるつもりだし」


 自分にそう言い聞かせながら、ミクロマクロはその場を後にした。



 バシカルもまた、救助に走っていた。

 無闇にではない。彼女は一つの痕跡を追いながら進んでいた。

 その痕跡とは、姉カーネイルのもの。


(姉ちゃん……一体どこへ)


 カーネイルは合流するや否や街に走っていった。伝気石を渡す間もなく、だ。


(姉ちゃんはせっかちなところがある。目の前で多くの命が消えかけているのなら猶更だろう。だからこそ、心配だ)


 生まれた時から共に歩んできた双子の姉。魔力の痕跡を探るなど容易も容易。

 バシカルがカーネイルの元に辿り着くのも、時間の問題であった。


「姉ちゃんッ!」


 角を飛び出す。その黒い眼が捉えたのは、二人の魔女。


 ひとり。カーネイル。

 そしてもうひとり。それは。


「バシカル」


 カーネイルが此方に気付き、振り向く。

 それと同時に、まみえていたもう一人の魔女は一瞬にして姿を消した。


「無事だった!?」

「うん、問題ないよ」

「そうか、よかった」


 ほっと胸を撫で下ろす。だが、懸念材料は潰えない。


「今のは……」

「うん。外道魔女ゲデヒトニス」


 カーネイルが会敵していたのは記憶の魔女ゲデヒトニスだ。


「睨み合いになったから、いつもみたいに隙を見つけてブスリと行きたかったんだけど……あの魔女、瞬きどころか身じろぎ一つしないの! キモい!」

「ゲデヒトニス……どこまでも不気味な魔女だ」


 二人してゲデヒトニスのいた虚空を眺める。


 すると、その空の向こうから青い人形が飛んでくるのが映った。


「あれは、アガルマトの」

「ああ。どうやら頃合いのようだ。戻ろう」

「そうだね!」


 火の手が苦しいほどに盛り始めた街を、冷たき姉妹は駆け抜けた。




「そう。ボクはこの行動がいつかキミの殺害に繋がると信じて! 実行する! ハハ! ハハハ!」


 ゲブラッヘの放った火球は、すすり泣く少女へと真っ直ぐに飛び、そして──


 爆発音。崩れかけだった瓦礫の山は、完全に崩落し、爆風と砂埃を立ち上げる。


「……ふ。いや──あまり気持ちのいいものではないね、無用な殺生は」


 乾ききった笑みを張り付けたまま、ゲブラッヘは正面に向き直る。たった今相対していたアクセルリスへと。


 だが、そこにアクセルリスの姿はなかった。


「……何?」


 破られた笑いの下から明らかな困惑が生まれる。

 その直後、崩落した瓦礫が空へと跳ね上がる。


「な──」


 その下から出て来たのは。

 少女を守るように抱きかかえるアクセルリスだった。


「バカな……キミが!?」


 焦燥を露わに声にするゲブラッヘ。アクセルリスはそれを鋭く睨み、言った。


「黙ってろ」

「……ッ」


 剥き出しの残酷をもってゲブラッヘを黙らせたのち、優しい声で少女に語り掛けた。


「きみ、だいじょうぶ?」

「え……おねえちゃん、まもってくれたの……?」

「仕事だからね、へへっ」

「おねえちゃん、けがは……!?」

「大丈夫だよ。私は鋼の魔女だからねっ」


 屈託のない笑顔を少女に見せ、その心を安らげる。


「待っててね、今きみを安全な場所に連れて行くから」

「う、うん」

「ふうー……」


 深く息を吸い、そして叫んだ。


「トガネッ!!!」


 咆哮が響いた1秒のち、どこからか赤い光が瞬く間に姿を現す。


〈呼んだか主!〉

「この娘、安全な場所に!」

〈わかったぜ!〉


 最低限の会話、最低限の情報共有。アクセルリスとトガネの信頼があってこそ成せるものだ。


〈嬢ちゃん、こっちだ!〉

「うん……!」


 少女はトガネに導かれて拠点のほうへと進んでいった。

 ゲブラッヘは訝しみの眼差しでその後姿とアクセルリスを交互に見ることしかできなかった。


「何故……何故キミが自らの危険を顧みずに他者を助けるなど……? キミは自らが生き延びる為に他のすべてを投げ打つような残酷の権化と聞いていたが」

「何故かって? 思ったんだよ。『一見何の関係もない行動でも、それは形を変えて私を生かすものとして巡ってくるんじゃないか』って」

「ッ……!」


 目を見開くゲブラッヘ。


「そうだね。要するに──パクらせてもらった。お前のそのヘンテコな理屈を、な」

「……フ。ハハハ! やってくれる」


 ゲブラッヘは髪をかき上げる。先程までの焦りは消え、いつもの様なニヒリズムまみれの眼差しが宿る。


「面白い。本当にキミという生き物は、面白い」

「人を珍獣みたいに。まあいいよ。その珍獣が、お前の喉元を噛み千切る」


 身を屈め臨戦態勢に移行するアクセルリス。だがゲブラッヘは戦う素振りを見せない。


「もっとキミを観察していたかったが、残念かな、時間のようだ」

「時間だと?」


 アクセルリスが訝しんだのも束の間、二人の間に何かが墜落する。


「う……何?」


 砂埃の中から現れたのは、両手両足で大地を掴み着地したグラバースニッチであった。


「グラバースニッチさん」

「潮時だ、アクセルリス。撤退するぞ」

「……」


 アクセルリスは細めた目でゲブラッヘを睨んだ。


「了解です」

「うん。ボク的にもいいタイミングだと思うよ。これ以上好き勝手してるとまたゲデヒトニスがやって来るからね」


 ゲブラッヘもまた、背を向け、撤退の意志を見せる。


「行くぞ」


 拠点のほうへと駆け出すグラバースニッチ。

 アクセルリスもそれに続く。


 が。


「──それじゃあ、また後で」

「何……?」


 去り際にそう言ったゲブラッヘ。アクセルリスは何か不穏なものを感じ、踏み止まろうとした。


「止まるな! 今の指令は《撤退》だぞ!」

「ッ……」


 だが、グラバースニッチの声を浴び、そのまま走り続けた。


「ハハハ……ハハハ」


 鉄の魔女の薄ら笑いを背に向けたまま。


【続く】

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