#2 鉄の狂刃
【戦火の兆し #2】
程なくして、アクセルリスたちはニューエントラル中央駅に降り立った。
「うっ……!」
ホームに立った瞬間に分かる、熱気と振動、破砕音。
「ッ!」
居ても立ってもいられず、アクセルリスは早足で跳び出した。
「……ひどい」
アクセルリスの銀の眼が映したのは、まさに地獄。
街中を走る紅蓮の炎。焦げ付く大地。燃え盛る音に混じって微かに聞こえてくる悲鳴。
「……っ」
その惨状は、彼女の記憶と重なる。無意識のうちに歯を打ち鳴らす。
そんな彼女に声がかかった。
「来たか」
「バシカルさん」
アクセルリスを待っていたのは邪悪魔女1iバシカル。
否。彼女だけではない。
シャーデンフロイデをはじめとし、グラバースニッチ、アーカシャ、アガルマト、ミクロマクロ、イヴィユ、ロゼストルム。即ち残酷魔女全員である。
そして、周囲には無数の兵士が待機していた。
「只今参上しました、バシカル様」
「ありがとうございます、姉様」
「では。私はお先に」
僅かな会話を交わし、カーネイルは燃える街に走っていった。
「姉様、って」
「ああ、カーネイルは私の姉だ。だが今はそんなことどうでもいい」
バシカルは街に向き直る。
「酷いザマだ。間違いなく魔女枢軸の仕業だろう」
「魔力検知は」
「も、もちろん行ったわぁァぁァぁ」
仮設拠点の元からアガルマトの声が上がる。
「私と、アーカシャの、共同作業で、ね」
アーカシャは眼鏡を整えながら、解析結果をまとめた紙を見る。
「解析の結果、現在のニューエントラルからは7つの強力な魔力が検知された」
「戦火の魔女のものはあったのか」
食い入るようにグラバースニッチが問う。
「微弱ながらも。ただ……」
「ただ、本物がいたとしたら、この程度の魔力で収まるわけない。だよね?」
「私のセリフ取らないで、ミクロマクロ」
「へへ、悪いね」
悪戯気に笑うミクロマクロ。絶好調ではあるが、それは奔放な彼女さえウトウトできない状況であることを裏付けている。
「となると、何らかの魔法による複製か」
「おおよそ、ゲデヒトニスの魔法だろうね。やっぱりあいつが最重要だ」
どこか悲しげにそう言うとアーカシャは立ち上がる。これ以上語ることはない、という合図でもある。
「……大方の情報は伝わったようだな。では私から任務の指令を下す」
シャーデンフロイデの言葉に、一同の表情が強張る。
「我々の任務は《魔女枢軸の撃退》並びに《生存者の救助》だ」
冷たく鋭い声が粛々と響く。
「推定されている敵は7人。現在判明している魔女枢軸の構成員は5人。ゲデヒトニス、ゲブラッヘ、バズゼッジ、コフュン、そして戦火の魔女だ」
指折り数える。
「その内バズゼッジとコフュンは既に死亡が確認されている。戦火の魔女は今回は未確認。よって、ゲデヒトニスとゲブラッヘのほか、5人の未知なる魔女がいると考えられる」
5人。どれだけの力を持つものか。アクセルリスは微かに身震いする。
「だが、今回の任務は《処分》ではない。あくまでも《撃退》、そして《救助》を最優先に動け。敵の素性が判明すれば儲けものだと思え。けして深追いはするな」
シャーデンフロイデの瞳が細められる。違反したものがどうなるか、想像したくもない。
「それぞれ残酷隊を連れ、生存者を見つけ次第救助せよ。以上だ! 行け!」
「了解!!」
殺伐たる指令の元、残酷魔女の機動部隊は動いた。
◆
──それとほぼ同時刻。
禍中のニューエントラル、その街の中に彼女たちは立っていた。
炎の中、そのシルエットが陽炎にくすむ。
「戦況/報告/第一波」
ゲデヒトニスの声を聴き、頭上を飛ぶ飛竜の背から一人の魔女が下りる。
「上々。必要以上の働きはできてる」
「バースデイ/上出来→攻撃/継続」
「了解だよーっと」
バースデイと呼ばれたその魔女は地に手を付ける。すると、空間に穴が開くかのように闇が広がり、そこから眼の無い飛竜が飛び出す。
「んじゃーぼちぼち。先行きますわ」
そう言い残して飛び立った。
「我々も/行動開始」
バースデイを見送ったのち、ゲデヒトニスは振り返る。
その場に残っている魔女はゲデヒトニスを除き4人。
「アントホッパー/何処」
「勝手にどっか行っちゃったよ、彼女なら」
答えたのはゲブラッヘ。
「もともとボクたちでも完全に制御できなかったんだ、好き放題暴れさせておくのが吉と提言しておくよ」
「提言/保留」
「ちぇっ。じゃあボクも好きにやらせてもらうよ。そろそろ頃合いだと思うし」
ゲデヒトニスが制止する間もなくゲブラッヘは姿を消した。理由はおおよそ言わずもがな。
「────」
ゲデヒトニスは僅かに目を細める。どいつもこいつも。
「──作戦/指令」
気を取り直し、残った三人に向き直る。
三人──魔女機関はその名を知る由もないが、読者諸君は既にその名を目にしたことがあるはずだ。
《御旗の魔女ソルトマーチ》、《慈愛の魔女メラキー》、《吸血の魔女クラウンハンズ》である。
彼女たちはみな、言葉を発することなく、ゲデヒトニスを見る。
「指令/単純」
ゲデヒトニスは手を掲げ、言った。
「破壊/破壊/破壊」
◆
アクセルリスは燃え盛る街を走っていた。その影では目を覚ました赤い光が絶え間なく動き回り、あらゆる方向に視線を送る。僅かな動き一つ、生命の鼓動を見逃さぬよう。
〈いたぜ、右だ! 複数いる!〉
また一つ見つけたようだ。
「よし! 救助に向かってください!」
「了解!」
彼女が連れる残酷隊のうち数名が隊列を離れ瓦礫へと向かった。
「寝起き早々悪いね、トガネ」
〈気にすんなって! 主のためだからな!〉
トガネの眼はやはり鋭く、これまでに多くの生存者を見つけていた。
そんな彼の眼は、これまでとは違う動きを観測した。
それは、空に。
〈──主! 上!〉
「上!?」
とっさに立ち止まり、バックステップ。
直後。彼女の体一つ分前に、長刀が降り、石畳に突き刺さる。
その柄には鉄の鎖が巻き付いていた。
「……この刀は」
アクセルリスがその刀に一つの見当を付けた途端、刀は時が巻き戻されるかのように引き抜かれる。
〈あ……あいつ!〉
鎖が巻き上がった先、辛うじて形を成している建物の屋根に立つ一人の魔女。
「やあ。久しぶり、かな」
素っ気ない挨拶の言葉とともに、アクセルリスの眼の先に降り立った彼女の名は。
「……ゲブラッヘ」
「キミが来るのは分かってたよ。だからこそボクはここにいる」
ゲブラッヘは長刀を逆手に持ち、誘うように光らせる。
「さあ。殺しあおうじゃないか」
だがアクセルリスは彼女から視線を外し、己の影を見る。
「……トガネ」
〈なんだ!〉
「残酷隊のみんなを連れて、救助活動を続けて」
〈え? じゃあ主は〉
「ゲブラッヘは私がどうにかする。どうせあいつの目的は私を殺すことだから」
〈……わかった。死ぬなよ、主〉
「バカ、私を誰だと思ってんの」
そう言ってアクセルリスは笑った。トガネもまた、笑っていた。
「さ、行ってきて!」
〈合点招致!〉
トガネはアクセルリスの影を離れる。
〈ほら、こっちだぜあんたら!〉
「りょ、了解!」
素早く影を泳ぎ、残酷隊を先導し、すぐに見えなくなった。
「……これでよし、と」
優しい視線で使い魔を見送る。そしてすぐに残酷な視線でゲブラッヘを見た。
「おまたせ。殺す」
「生き残るチャンスを自ら逃すかい」
「ここで逃げるよりも、お前をやっつけたほうが簡単に生き残れるからね」
「……ハハ、言ってくれるじゃあないか!」
楔鎖を数本放つ。もはやアクセルリスは全く動じることなく、それを弾く。
「さあ、死合おうか」
鎖を伝って迫り来るゲブラッヘ。
それに対してアクセルリスはいつものとは異なる、短めの槍を放つ。手数重視だ。
「甘い、甘い!」
だがゲブラッヘは右に左に巧みに躱し、槍の幕を抜ける。
「はぁ!」
飛び上がり、重力に任せ長刀を振り下ろす。アクセルリスは槍で迎え撃つ。
ギャリと重みのある金属音が響き、共に顔をしかめる。
「……ッ」
飛びのいたのはゲブラッヘだった。むろん、アクセルリスは攻撃の手を緩めない。
「せいッ!」
二度三度と槍を震わせる。しかしゲブラッヘとて二流ではない。その全てをことごとく、的確に、防御する。
(──手ごたえはまずまず。だけど、私の方が強い)
激しい斬り結びの中、アクセルリスは残酷に彼我の力量を見定めていた。
(このまま押し切りたいけど、そう上手くやらせてくれる相手じゃない──)
この状況下にあっても、アクセルリスはどこまでも慎重に、どこまでも冷静にあった。
「そろそろ反撃させてもらうよ」
手を翳すゲブラッヘの背後から無数の楔が現れ、アクセルリスを狙って飛ぶ。
「こんなもの!」
一本の槍で軽々と弾いていく。だが、その手応えが軽いことに気付く。同時に、その理由にも。
「楔、だけ……」
「その通り。やっぱり目ざといね、キミってやつは」
ゲブラッヘは楔に鎖を繋ぐことなく、単発の投擲武器として放っているのだった。
それはまるで。
「パクったな、お前?」
「それでは言い方が悪い。リスペクトってやつさ」
クスクスと笑うゲブラッヘ。アクセルリスが察した通り、この楔射出はアクセルリスの槍射出を参考に編み出されたものらしい。
「最近気づいたんだけど、どうにもボクとキミの魔法は似ている。鋼を操るか、鉄を操るかの違いでしかない」
「ふざけろ。私のほうが、強い」
鋼の盾を生成し、楔の弾幕から逃れるアクセルリス。
そして、そのままゲブラッヘの足元へ鋼を注ぎ込む。
すると。
「ぐっ!?」
石畳を砕き生えてきた鋼の塔が強くゲブラッヘを打ち上げた。
「痛いだろ。結構な量割いたからな」
「ぐあっ」
ゲブラッヘは墜落し地に伏す。
「ぐ……は、ははは」
「何がおかしい?」
「確かに、キミの言う通りだ。ボクの魔法は融通が利かない。汎用性に欠ける」
ふらふらと立ち上がるゲブラッヘだが、その口元には依然として不敵な笑みが浮かべられている。
「だからこそ、ボクはそれ以外の魔法を教わり、補っているのさ」
「教わる……ってことは」
「そう。ボクの師匠、《戦火の魔女》直伝でね」
「ッ……」
戦火の魔女。その名を聞き、アクセルリスの表情が一層強張る。
「怖いかい。怖いだろう。なにせ、キミから全てを奪った魔女から教わった力なのだから」
「……黙れ」
銀の眼光がより強い光を見せる。
「そりゃあ怖いさ。戦火の魔女はあの時の私から何もかもを奪い去った。生きる意味さえ、も」
僅かに悲しげな表情を見せるが、直ぐに掻き消え、希望に満ちた眼差しへと変わる。
「でも、そんな私に生きる意味をくれた人がいる」
「アイヤツバス・ゴグムアゴグ、か」
「お師匠サマは……私にとって、他の誰よりも偉大な魔女なんだ」
強く強く思いを込める。
「そんな人に育てられた私が、負けるわけない。例えそれが戦火の魔女であっても、その弟子であってもだ!」
「ハ。見上げた師匠思いだ。なら試してみようか」
ゲブラッヘが開いた掌の上に魔法陣が生まれる。
その魔法陣はだんだんと赤色へと偏移していく。赤みが濃くなるにつれて熱も帯びていく。
「炎魔法……」
アクセルリスにとっては相性が悪い。以前のプルガトリオを思い出すと分かり易いが、魔法の炎はアクセルリスの鋼をも軽々溶かす。
だが、臆することはない。
「……」
無言のまま、静かに、身構える。
誰でも会得できるような汎用の魔法といえど、限度がある。
《鉄の魔女》であるゲブラッヘが炎魔法を習得できるのならば、ランクの低い単発火球程度だろう。
ならば、衝撃波で弾いてしまえば良い。
そのために、一瞬のタイミングを逃すことなく、見極める。
それがアクセルリスの作戦だった。
(本当ならこういうのはトガネの仕事なんだけど……ないものねだりは出来ない)
身構えたまま、どこまでも鋭くゲブラッヘを睨み続ける。
──と、ゲブラッヘがおかしなことを口走った。
「そうだ、ひとつ聞いてくれるかい?」
当然アクセルリスは返事をしない。だがゲブラッヘはお構いなしに話を続ける。
「今までボクは、キミを殺すためだけに行動していた。裏を返せば、キミを殺すことと関係のないことはすべて切り捨ててきたんだ」
つらつらと身の上話を語るゲブラッヘ。
「でもね。ふとボクは考えを改めたんだ」
自嘲を孕んだ笑みを浮かべる。乾いた瞳がアクセルリスを見る。
「一見何の関係もない行動でも、それは形を変えてキミを殺しうるものとして巡ってくるんじゃないか、って」
「────」
アクセルリスは何か不気味なものを感じ取った。その一瞬、集中が途切れたが、幸いにもゲブラッヘは攻撃を行わなかった。
──だが、その真意にアクセルリスはすぐ気付くこととなる。
「──フフ」
ゲブラッヘは不意に視線を外し、右を向いた。
その予想だにしない行動に、アクセルリスも釣られてそちらに目を向ける。
銀の瞳に映ったのは。
「……うう、ひぐっ」
崩れかけの瓦礫の中、啜り泣きながら立ち尽くす幼い少女。
「お前、何を」
「そう。ボクはこの行動がいつかキミの殺害に繋がると信じて! 実行する!」
そうとだけ言うと、躊躇う素振りも全く見せず、少女目掛けて火球を放った。
「ハハ! ハハハ!」
狂気により生み出されたさらなる狂気。
「──ッ!」
それを目の当たりにした、保身の化身、残酷のアクセルリスがとった行動は──言うまでもなかった。
【続く】