#4 鋼の軌跡、至るまで
【#4】
──しばらく時間を巻き戻し、アクセルリスの軌跡を辿ろう。
カイトラに放り投げられたのち。
「あぎゃーっ!」
無様な声を上げながらも、着地はカンペキなアクセルリスだ。
重々しい大地との触れ合いは彼女の体に激震をもたらす。
その衝撃で影の住人も目を覚ました様子。
「うう、足がしびれるっ!」
〈な、なにがあったんだー!?〉
「おはようトガネ! 私にもわからない! なんかいきなり投げられた!」
〈主なにしたの!? なんか怒らせるようなことしたのか!? 出世が危ういぞ!?〉
「別に私は出世に興味ないし!」
魔装束の砂埃を払い、落ち着きを取り戻す。
「なんかね、敵が出たの。そしたらいきなりカイトラさんに投げられた」
〈敵が? ますます謎だな、一緒に戦えばよかったのに〉
「うん、だからすっごい困惑してる今」
魔女と使い魔、両者の頭には『?』が浮かぶのみ。
「まあ、考えてても始まらないし、とりあえず合流しよっか」
歩きだそうとしたアクセルリスを制止するトガネ。
〈……っと待て、なんか──いる〉
「え?」
アクセルリスも何かを感じ取り、振り返る。
その直後。
「SSHHYYYYYYYRRRRRRR!!」
茂みを散らして現れたのは大蛇だ。
それもただの蛇ではない──腹部が異様に肥大化した、その存在は。
「え……《テテュノーク》!?」
そう。最も凶暴な蛇と恐れられている魔物、テテュノークである。
それも今回の個体はやたら大きい。
極めつけは、その体色。ドギついピンクの鱗は迷彩など必要ない、という王者の衣か。
──いずれにせよ、その姿はアクセルリスの背筋を凍らすのに十分だった。
「よし逃げよう」
アクセルリスは迷わず逃げた。が。
「SYAARRRR!!」
〈おい! 奴さん、追っかけてくるぞ!〉
「ナンデ!?」
〈わからない! とにかく走れーっ!〉
「なんでこんな目にいいいいいいっ!」
泣き言を撒き散らしながらも、アクセルリスは走った。
◆
どれだけ走っただろうか。
「だああああああっ!」
必死のアクセルリスが飛び出したのは、二人の魔女が睨み合う戦場。
「あら、アクセルリス。速かったわね」
「シャーカッハさん!?」
転がり着地の後、立ち上がる。すぐに状況確認。
余裕そうにに立ち振る舞うシャーカッハ。
そして、それとは対照的な傭兵魔女。肩で息をし、その眼は焦点が定まってない。
「あれはたしか……スカーアイズ」
「ッ!? わ、私の名を呼んだのかァーッ!?」
彼女はアクセルリスの声に過敏な反応を見せる。
〈……何か様子が変だな〉
「シャーカッハさん、何かしたんですか?」
「さあね? ほら、余計なこと考えてる暇はなさそうよ?」
見るとそこには、あからさまに危険な武器を振りかざし迫るスカーアイズ。
「アアアアアアアアッ!」
「うっわーあっぶないッ!」
大振りな一撃を前転で躱し、臨戦態勢を取る。
「なんだあの武器!?」
〈ヒエッおっかねー……〉
既にこの傭兵に正気は無いようだ。
「ハァーッ……逃げるなァ!!」
迫り来るスカーアイズ。
「あれはやばいな……内側から崩すか」
即座に戦術を判断し、指令を出す。
「トガネ! 解析!」
〈合点承知!〉
トガネは全ての感覚を眼に寄せ集める。
放たれる赤い光は《暴力》を照らし出し、その内部の精密部分を把握する。
〈読めたぜ!〉
「速い! さすがは私の使い魔ね!」
〈アレはオレに任せろ!〉
「了解ーッ!」
アクセルリスは親指大の鋼塊を生み出し、その影にトガネを宿らせる。
「いってらっしゃい!」
そしてそれを弾丸のように撃ち出した。
「小賢しい……小賢しいいいいいいッ!」
吼えるスカーアイズ。《暴力》を振り、鋼を弾く。
だが、トガネの制御下に置かれた鋼は極めて精密な挙動を取り、その内部に入り込む。
「何……!?」
鋼に宿ったトガネはある一点目がけてただ突き進む。
〈捕らえたぜ! 歪みの一点を!〉
「……だからどうしたあああああッ! お前は、死ねええええええええッ!」
悍ましい音を立てながら《暴力》が振り上げられる。
だがアクセルリスは動じない。トガネを信じているからだ。
「ああああああッ!」
《暴力》が最高点まで達した、その時だった。
その呻き声が、変わる。
「な……あッ!?」
それにいち早く気づいたのはスカーアイズであった。
「貴様……何を!?」
アクセルリスは答えなかった。否、答える必要が無かった。
《暴力》は嫌な軋み方をし、やがてその駆動が止まる。
「バ……バカなァッ!? 私の……暴力が!?」
「へん! おまえの暴力とやらも、大したもんじゃなかったってことね」
〈そうだぜ!〉
赤い光が舞い戻る。
〈複雑な機構が複数絡み合ってる分、崩すのも簡単だったぜ!〉
「だ、そうだよ」
アクセルリスの顔は嘲笑の色に染まる。恐らくトガネもだろう。
「ふ……ふざけるなあああああッ!」
スカーアイズは空しく吼える。
動きが止まろうと知ったことではない。磨り潰してしまえばすべて同じもの。
力任せに止まった《暴力》を振り下ろした。
──が。
「ふん!」
最大の特長である残虐駆動が失われた今、これは単なる棒に過ぎない。
ゆえに、鋼の拳に軽々と砕かれてしまうのだ。
「──」
隻眼は言葉を失う。
「残念ながら、私の暴力の方が強かったみたいだ」
そう言って笑みを見せる鋼の拳にキズはない。
「──アアアアアアアアッ!」
スカーアイズは叫んだ。もはや、全てをかなぐり捨てるほかない。
《暴力》を投げ捨て、その身一つでアクセルリスに迫る。
「散れえええええッ!」
自らの魔法により躱されることは無いが、ダメージを逃がすこともできない。まさに諸刃の、頭突き攻撃。
だが。
「おらあッ!」
「ぐあ……ッ!」
強くよろめいたのはスカーアイズだった。
「そっちから来てくれるなら好都合だ!」
敵が突っ込んでくるのならば、真っ向から突き返す。それがこの魔女、アクセルリスである。
「あ……」
元々捨て身で突っ込んだ一撃。真逆からの強烈な一撃との力が合算した場合の威力は、想像したくもない。
「あ」
白目を剥き、額からは流血。
そしてそのまま倒れ伏す。無事気絶である。
「ふぃ、いっちょあがり」
〈おっつおっつー〉
一息つくアクセルリス。そんな彼女にシャーカッハが歩み寄る。
「お疲れ様、アクセルリス。助かったわよ、私も有効打が無かったから」
「あ、いえいえ。私もテテュノークに追われてたまたまここに来ただ……け……」
ふと、アクセルリスは脳裏に引っ掛かるモノを摘み上げる。
「……そういえばシャーカッハさん、さっき『速かった』って言って……」
「あら、やっぱり目ざといわね貴女は」
シャーカッハはいつものように、不敵そうにクスクス笑う。
「ええそうよ、あの子──テテュノークは私の使い魔」
「え、えええ」
驚愕のアクセルリス。
〈俺たちをここに連れてくるように仕向けたのか……?〉
「賢い使い魔ね。流石はアイヤツバス謹製」
「回りくどすぎでは?」
「といってもねえ、伝気石も持ってなかったし、この位しか手はなかったのよ……っと」
言葉を中途で切り、シャーカッハは髪を掻き上げる。
「お喋りが過ぎたわね。次はケムダフの番」
「そっか、ケムダフさんも同じ状況ですもんね」
「というわけで……ほら」
振り向くシャーカッハ。アクセルリスもそれに倣い振り向くと。
「え゛」
いつの間にかそこに立っていたのは三つ首の大狼。
即ち《カーバロソ》である。
「ウソでしょ……」
「じゃ、気張ってね~」
がっくりと肩を落とすアクセルリス。シャーカッハは楽しそうな表情で手を振る。
「…………GUGGOOOOOO!!!」
「もうやだあああああーっ!」
カーバロソに追われるように、再びアクセルリスは駆けだした。
◆
どれだけ走っただろうか。
「どああああああっ!」
必死のアクセルリスが飛び出したのは、二人の魔女が睨み合う戦場。
「お、きたきた」
「ケムダフ……さん……」
滑り着地の後、立ち上がる。肩で息をしながら状況確認。
余裕そうにに立ち振る舞うケムダフ。
そして、それとは対照的な傭兵魔女。目を大きく見開き、その呼吸は荒い。
「あれはたしか……インペール」
「追手か……!? この状況デ……クソ、ツいテイない……!」
後ずさるインペールを見て、トガネは呟いた。
〈さっきの奴よりは落ち着いてそうだな〉
「だね。ま、いずれにせよぶっ飛ばすだけだけど」
「そりゃ頼もしい。じゃ、よろしくぅ」
「はいっ!」
ケムダフに背を押され、アクセルリスは駆け出す。
「ハァァァー……ッ」
バシュッと音を立ててインペールのマスクが開く。
〈何か来そうだ、気をつけろ!〉
「言われんでも!」
迷うことなく、真正面から突っ込む。
「バカめ……ヨいカモだ……!」
インペールは目を大きく見開く。
そして、次の瞬間。
「シャアッ!」
その口内から、神速の貫舌が伸びる。
「うおおっ、速!」
音を突き破るほどの速度を誇るインペールの舌。まさに一撃必殺の舌技。
だが、影の眼はそれよりも上手だった。
〈見切ったぜ!〉
アクセルリスは迫りくる舌を、極めて最小限の動きで躱した。
「ナニ!? バカナ!」
己の必勝戦術が破られたインペールは、狼狽しながらも舌を巻き戻す。
が、その動作は既に遅きに失していた。
「逃がさないよ!」
舌は帰路の途中でアクセルリスに掴まれ、その動きを止める。
「ウげッ!」
えずくインペール。舌を思い切り掴まれたのだから無理もない。
「確かに優れた武器だね。でも……」
アクセルリスは容赦なく舌を引っ張る。
「弱点でもあるという点はナンセンスだ!」
「ウエゲゲゲゲーッ!」
さらに激しくえずく。その体は痙攣し、眼からは涙が滲み出す。
「楽にしてあげる! トガネ!」
〈合点招致!〉
赤い光は伸びた舌の影を伝い、インペールの影に侵入し、その動きをさらに束縛する。
「ア、アアアやメロ!」
「痛いのは一瞬だから! 力抜けよ!」
舌を放り投げ、アクセルリスは全速力で迫る。
「う、う、あああアアワアアアアああ!」
「どっせーいッ!」
アクセルリスが選んだ攻撃は、頭突きだった。
鋼のように固い意志を映したかのような一撃は、インペールの頭を強く揺らし、そして気絶させる。
「あ……」
額から血を流し、無様に白目を剥く。
トガネが開放すると同時に倒れる。無事気絶である。
「よっし、いっちょ上がり!」
〈……頭突き、気に入ったのか?〉
「ん? まあねー。なんか、すごい強烈な一撃をぶちかましてる感じがして、好い」
〈おおよそ魔女の発言とは思えないな……〉
「えっ今更じゃない?」
一息つくアクセルリス。そんな彼女にケムダフが歩み寄る。
「アクセルリスおつかれー。いやあ悪いね、わざわざ」
「いえいえ。にしても、もう少しまともな案内の方法はなかったんですか?」
「なかった!」
「断言!?」
「いやぁ、ねえ。シャーカッハから聞いたと思うけど、これが今は最善だと思ったのよ……っと」
言葉を中途で切り、ケムダフは帽子を深く被り直す。
「私の話はこの辺にして。次はカイトラだね。あの子のことだからあまり心配することはないと思うけど」
「……これ、まさか」
「そのまさか、かもね」
振り向くシャーカッハ。アクセルリスもそれに倣い振り向くと。
「……」
いつの間にかそこに立っていたのは巨大な触腕。
「カイトラの体の一部だね、これは」
「…………」
「じゃ、気張ってね~」
がっくりと肩を落とすアクセルリス。ケムダフは嬉しそうな表情で手を振る。
「ちくしょおおおおーっ!」
触手にに追われるように、再びアクセルリスは駆けだした。
【続く】