#2 ふたつのいのちのかたち
【#2】
「よっと」
華麗に着地を決めたのはシャーカッハ。腰まである長い桃色の髪を靡かせた、優雅な着地である。
「良い着地ね。うん。90点あげちゃおうかしら」
「ハァーハハハ! 今ので90点とは! 残酷魔女殿は随分と自分に甘いのだな!」
すぐ側から声がする。シャーカッハは眼だけを動かしてそちらを見た。
「あら、貴女は……眼帯ちゃん?」
「スカーアイズ! だ! ものの数秒で名前も忘れるのか!?」
立っていたのは傭兵三人衆の一角、スカーアイズ。
「ふふ、冗談よ。それにしても、速かったわね?」
「スプリントには自信があるのでな!」
飛ぶシャーカッハを超スピードで追いかけたのにも拘らず、スカーアイズの呼吸に乱れは見られない。しっかりと鍛えている証拠だ。
そのふるまいを見て、シャーカッハはやや感心する。
「口だけじゃなかったのね、傭兵サン」
「当然だろうが! 全く、貴様は何処までも他者を不快にさせる才能に長けているな!」
「それはどうも。悪いけれど、元来こういう性根なものなのよ」
「くそったれめ! ロクな死に方しないぞ、貴様!」
『死に方』。その言葉に反応するように、シャーカッハの瞳が細められた。
「……そうね。いったい私はどんな死に様になるのかしら。今から楽しみだわ」
「心配するな、すぐに教えてやるさ!」
そう言ってスカーアイズがどこからともなく取り出したのは──
──どう、名状すればよいのか。
大量の歯車や廃材が集い固まった棒状の武器。
「へぇ、面白そうね」
「だろうッ! 私の自慢の愛用の専用の武器なのだ!」
自慢気にそれを見せびらかす。
「驚くのは、まだ、はやい!」
屈託のない笑顔のまま、柄を強く握り、魔力を注ぎ込む。
すると。
異常な音を立ててそれが蠢き出した。
ギアやジャンクパーツが軋み、噛み合い、悍ましい駆動音を辺りに響かせる。
その音に怯え、周囲にいた獣や鳥たちが逃げてゆく。
「どうだ!? 恐ろしいだろう!? 慄くだろうッー!?」
ありとあらゆる形状が破壊に特化した《武器》──否、《暴力》。
それを動かし、スカーアイズは高らかに吠える。
「これこそがッ! 貴様を殺す我が力なりーッ! ハーッハッハッハッハハァ!」
が。
「まぁまぁまぁ、よくできたオモチャね」
シャーカッハは、優しく、静かに、しかし悪意がパンパンに満ちた声音でそう言った。
「──なんだと?」
「うんうん。お似合いよ。あなたのようなアカチャンには」
嘲笑。人間の形をとったものが、ここまで邪悪な表情が出来るのかというほど。
「────ふざけるなァ!」
激昂。《暴力》を振り被り、走る。
「お前は! 確実に! 殺す!」
その武器はやはりというべきか、スカーアイズの身では収まらぬ代物の様で、重々しく引き摺りながら迫る。
「お望み通りッ! 死ねェーッ!」
「おっとと」
あまりにも大振りな一撃。シャーカッハは易々と身を躱した。
しかし。
「怖気づいたかァ! だが、もう遅いーッ!」
スカーアイズの左目、その眼帯の下から真紅の光が血のように漏れる。
「『捕捉』ァ!」
すると、どうだ。
空を斬った筈の《暴力》が、まるで磁石のように、シャーカッハの顔へと吸い寄せられた。
「え──」
「これが! 《隻眼の魔女》の魔法だァーッ!」
スカーアイズは喝采を叫ぶ。
「──」
悍ましい音を立て、シャーカッハの顔面が抉り取られる。
「ハーッハハハハァ! 痛みは!? 痛みは感じるかァー!?」
シャーカッハは言葉を発さない。否。発することが出来ないのだろう。
既に《暴力》はシャーカッハの脳ミソにまで達していた。
「ハァーハッハッハハハハ! ハ! ハァ! 己の死さえ理解する間もなく死ぬか! 哀れだ、実に哀れだなァ!」
《暴力》を振り抜く。シャーカッハの顔と頭は左から半分以上が抉られ、止め処ない血と細切れに掻き混ぜられた中身が滴る。
「ハ! 邪悪魔女とは言え、我が力の前では虫ケラも同然だったというわけだ! ハァーハハハ!」
既に殺した相手には興味ない。それがスカーアイズの美学。
さっさとその場を後にしようと、背を向けた。
その時だ。
「──!」
彼女は背後に気配を感じた。
「どういうことだ……!?」
訝しみながら振り返る。そこには確かに、シャーカッハが立っていた。
頭の左半分が喪失した、シャーカッハが立っていた。生きて。
「痛みなんて、もう感じない」
辛うじて形を成していた右の眼孔が崩れ、眼球がぽろり落ちる。
「空虚な入れ物。中身は何処かへ」
信じられない、といった顔でシャーカッハの顔を見るスカーアイズ。
「……!」
息を飲む。
その顔は絶えず動いている。
断面から肉・筋肉・神経が伸び、絡み合い、形を取ってゆく。
だんだんと。何もなかったそこに、元の姿を築き上げてゆく。
『再生している』。
「《再生の魔女》。私の称号。知らなかった?」
筋繊維剥きだしの顔で微笑みかける。
(し──知らない筈が無い。そんな筈はないのだ!)
だがスカーアイズは恐怖していた。己の想像を遥かに絶していた。
(こいつに、致命傷はないのか!?)
「──さて」
数十秒。たったそれだけの時間で、シャーカッハの顔は元の妖艶な貌を取り戻した。
「それで──貴女は、私を、どうやって、殺してくれるのかしら?」
地に落ちた旧い目玉を踏み潰し、ゆっくりと歩み寄る。
「…………」
恐ろしいモノを見る目で後ずさったスカーアイズ。
「う──うおおおおおおおおおッ!」
恐怖、あるいは蛮勇の絶叫と共に、彼女は駆け出した。
◆
──一方その頃。
「よーいしょっと」
大きな大きな帽子に風を受けてふわりふわり舞い降りるはケムダフだ。
ゆったりと着地し、呑気そうに帽子を揺らしながら空を仰ぐ。
「あっちはよろしくやってるかな」
「人の心配をしている場合ではナイダろうヨ」
背後からの声。ケムダフは大げさに振り向きそちらを見た。
「およ。君は……誰だっけ」
「インペール、だ。人の名前クライ覚えル努力をシロ」
立っていたのは傭兵三人衆の一角、インペール。
「あはは、ごめんね」
口では謝るケムダフだが、全く悪びれる様子が無い。
「どうでもいいんだよね、君たちの名前なんか」
「フン、すぐにどうでもよくなくなるサ。貴様の命を屠る者の名前なのだからナ」
「雄弁だねぇ。少しは期待しておくよ」
「ああ。きっト、期待に応えらレルと思うゾ」
両者は不敵に微笑んだ。
と、その時。
二人の頭上を数匹の小鳥が飛んだ。
「──ッ!」
それを見たインペールの行動は素早かった。
バシュッ、とマスクを展開して口から何かを伸ばす。
それは《舌》だ。
細長く鋭利。不可思議で不気味なその舌は、飛ぶ鳥全てを貫き、インペールの元に戻る。
「フム、悪い味でハナいナ」
ぐちゃりぐちゃりと纏めて咀嚼しながら、そう言った。
──まさに神速。
ケムダフは呆れたように首を振る。
「やれやれ、随分と悪食なんだねぇ君は」
「悪食ナのは、あんたもダロウ? 《暴食の魔女》ケムダフよ」
「私は私に必要なものしか食べない」
「グルメ気取りか」
「そうさ。私たちはグルメな魔女なのさ」
その言葉を耳にしたインペールは、瞳を鋭く細める。
「笑わセル。私たちは、誰一人、例外なく、何もかもヲ貪り、そして朽ちテいく。そうイウ生き物なノだ」
「じゃあ──もしも、その生き物の枠組みから外れた者がいたとしたら?」
「私が全て食い散らかシてヤる」
そう言いながら、インペールは再びマスクを展開していた。
「──」
ケムダフはそれを視認していた。避けようともした。
だが。それはあまりにも速かった。
「ぐ」
解き放たれた舌がケムダフの胸を穿ち、少し経ってからバシュッという風切り音が鳴った。
「こんな風に、ダ」
「──へぇ」
インペールは舌を引き抜く。そこには綺麗に抉り取られたケムダフの心臓があった。
「あぅ」
心臓を抜き取られたケムダフの意識は、一瞬にして暗黒に沈む。
その様子を目に納めながら、インペールはその心臓を舌ごと口内に納め、ぐちゃりぐちゃりと噛み締める。
「ンッンー。美食魔女だのパーティーメイカーズだの言うものの、その心臓は悪味であるナ」
咀嚼を繰り返し、味を確かめる。
「これはまるで味のないゼリー。全くの素人が作ったプリン。そう形容できるナ」
飲み込む。その顔は見るからに不機嫌。
「──まァ、死人に言っても無駄でアルカ」
倒れるケムダフを冷たい眼で見下し、その場を立ち去ろうとした、その時。
「当たり前でしょ。料理するのは得意じゃないんだから」
「!」
声。反射的に振り向き舌を構えるが、ケムダフは俄然死んだまま。
「幻聴? ワタシにしてはらしくナイ」
「幻聴じゃないよ」
「ナニ……?」
声を発していたのは、『帽子』だった。
「なんダ? いったイドういうウ事なのダ!」
「すぐに分かる」
ケムダフの帽子は口を大きく開く。
その奥から、腕が伸びた。細い腕。
それはまるで、今ここに倒れているケムダフの腕と、ちょうど同じような。
「──」
余りの光景にインペールは閉口する。
ずるりと口内から這い出たそれは、《ケムダフ》以外の何物でもなかった。
「ふう……っと」
新生したケムダフは、体中の唾液を軽く拭き取ったのち、死んだケムダフの魔装束を剥ぎ取りそのまま着た。
そして、その帽子を再び元あるべき場所へと戻した。
「貴様……何ナノだ、一体!?」
「私は私。ケムダフ・アイオーン。それ以上の何物でもない」
「ふザケルな! 普通の魔女ガ、心臓を抜カレて生き返る筈が無イ!」
インペールの挙動に余裕はもはやない。
「……はぁ」
ケムダフは気だるげに溜息つく。
「じゃあ、改めて名乗らせてもらうね」
躰のケムダフは自らを指差し、こう言った。
「《暴食の魔女 ケムダフ》その体裁」
「そして」
帽子のケムダフは自らを指差し、こう言った。
「《帽子ょくの魔女 ケムダフ》その本体」
インペールは驚愕に目を見開く。
「……馬鹿ナ……」
「まあ、こっちが本体ってわけよ」
どこか諦めたような仕草で続けた。
「昔起こった不幸な事故でね、私の魂はこの帽子に移ったのさ」
「ふ……ふざケルなッ! そンな戯言、信じラれるとデモ……!?」
声を荒げるインペール。
「信じさせる。この私の存在そのものが証明だからね」
「認めン……認めンぞ……!」
「全く、これだから頭が固い奴は……」
「貴様の存在は、ワタシが否定してヤるッ!」
再度舌を伸ばす。
ケムダフは、それを見て、ただただ不敵に微笑んでいた。
【続く】