#5 月輪の祝祷
【#5】
プレゲーの消滅に合わせて、彼女から発せられた毒も浄化されたようだ。
「お疲れさん、アクセルリス」
背後からフネネラルが声をかける。
「最初は驚いたよ、何故あんなことをしたのかって」
「でも、私のやりたいことが伝わって良かったです!」
にっこりと笑顔を見せた。それを見て、フネネラルもまた、仮面を外し微笑んだ。
「あなたとは仲良くなれそうな気がするよ。今度はゆっくり、お茶でも飲みながらお喋りしようね」
「ぜひ!」
「それじゃ──っと、忘れてた。私の名前はすぐに忘れた方がいいよ」
唐突なセリフの差し込みに疑問符が浮かぶ。
「……それ今言う必要あります?」
「ないよ。決め台詞だからね、言っておかないとしっくりこないんだ」
「ええ……」
ふと、アクセルリスは思い至る。
「……『その任務ゆえ、存在はおろか名前を聞くことすら不吉』っていう評判、もしかしてフネネラルさんが自分で広めたものなんじゃ……」
「しーっ」
アクセルリスの唇に指を当て、言葉を封じる。
「それ以上言うのは野暮ってものなのさ」
アクセルリスは微笑する。こういう生き方も、ステキなものだ、と思った。
「それじゃ改めて、またね!」
「はい! さよならー!」
手を振り去ってゆくフネネラル。その後ろ姿が見えなくなるまでアクセルリスも手を振り続けていた。
「どうやら、また無茶したみたいね」
次いでアイヤツバスが語り掛ける。
「はいっ!」
満面の笑みでそう返した。
「ふふっ。流石は、我が弟子ね。偉いわ」
「ありがとうございますーっ!」
〈全く、マジで心配したんだぞお!? オレがいなくても大丈夫だったか!? 一人で大丈夫だったかあ!?〉
トガネは矢継ぎ早にまくし立てる。
「大丈夫だよ! なめんな!」
〈ああああるじいいいいいいー!〉
叫びながらアクセルリスの影に飛び込んだ。
「……ありがとね、トガネ」
とアクセルリスは微笑んだ。
「無事なようで何よりだ。では、私は一足先に戻る」
「おや、もう帰っちゃうのかい?」
シャーデンフロイデとミクロマクロ。
「お前も知っているだろう。今回の件は私にとっては蚊帳の外も外だと」
「へいへい、そうでしたねーっと」
「お前達も事が済み次第、帰還せよ。寄り道などもっての外だぞ」
「りょーかい、りょーかい」
「了解です!」
シャーデンフロイデは足早に去っていった。
「ま、するけどね」
とミクロマクロは悪戯っぽく笑った。
アクセルリスも同じく笑った。
「……そういえば、なんで私にプレゲーが取り憑いていることを教えてくれなかったんですか?」
安寧を取り戻したアクセルリスは、捨て置いておいた疑問を拾い上げる。
「簡単な話だ。化けの皮が剥されたとき、プレゲーはどんな手段を取ると思う?」
彼女は少しの思考で答えに辿り着いた。
「……自爆……とか」
「そう! その通りだ」
ミクロマクロは嬉しそうに言った。
「自らの正体が暴かれたとなれば、奴は形振り構わない行動をするだろう。それこそ、破滅への道まっしぐらなものをね」
「私の……体で?」
「そうだ」
アクセルリスはゾッとする。ミクロマクロが早期に気付いていなければ、思慮の深い判断を下していなければ、自分は間違いなく死んでいただろう。
「だからこそ、君の中に潜んでいたプレゲーに感づかれることなく、君を追い詰めなければならなかった。そのために、フネネラルやディサイシヴの協力も必要だったのさ」
「ディサイシヴさん……そう言えば、今どこに?」
「もう仕事に戻ったよ。魔行列車の管理は忙しいからね、お忙しい中恐縮ですがって奴だね」
「あの方も、残酷魔女だったんですね」
「そうだ。本来は極秘なんだけどね、今回はやむを得なかった」
ミクロマクロは遠い眼をした。
「……それにしても、アクセルリスも大変だっただろ」
「そうですね……マジで死ぬかと思いました」
目を細めるアクセルリス。先の苦労はもう二度と味わいたくない。
「あっでも訓練だと思えばいい経験になったと思います!」
「いや、ポジティブすぎるだろ……っと」
会話の途中、ミクロマクロは何かを感じ取った様子。
「なんだ?」
ミクロマクロは懐から伝気石を取り出す。
「もしもし?」
〈〈こちらアーカシャ。ミクロマクロ、早く帰って来ないとシャーデンフロイデが怒るぞ〉〉
「ええ……あいつ、もう戻ったのか……」
〈〈さもなくばおやつ抜きだと〉〉
「おおっとそいつは困る! ってなもんで、私もここでおさらばだ! じゃあねー!」
ミクロマクロは走って出ていった。
「あはは……」
苦笑。その直後。
豪快にアクセルリスの腹の虫が叫んだ。
「……あ」
「ふふっ、はらぺこだったのね?」
「そうですね……」
恥ずかしそうに笑う。
「死に物狂いでしたし、安心したらお腹が……」
「それなら早く帰りましょう。時間もそろそろいい感じね」
「そうですね! とっても豪勢なご飯、楽しみです!」
〈オレもー!〉
「うふふ。じゃあ、帰りましょう」
「はいっ!」
彼女たちは家路に付いた。
──アクセルリスは心中で深く感じた。
(帰る場所があるって。待ってくれている人がいるって。すっごい、幸せなんだ)
その足は自然と早くなる。
(しばらく忘れてた。こんな気持ち。私は、今──)
夜空の元に躍り出る。
見上げる。魔性の月が、煌びやかな輝きを放っていた。
(──生きているんだ)
【ミスティク・イノセント おわり】